15話 『ピンクのリボンとツインテールと』
食事を終えて自室に戻ったトリシャは、早速部屋にある服を取り出してみる。
白、青、紺に紫と、寒色系を中心に赤やピンクなど様々な色の服を並べていく。
取り出してみて改めて思うのは、服装自体は可愛らしい。だが、アリアやアイリスが着ている分には良いと思うが、自分が着るとなれば話は別だ。
しかし、眺めるために購入したのではなく、着るために購入したはずだ。今更恥ずかしがっても遅いわけで着用してみようと腹をくくった。
「どれを着用なさるのですか?」
ベッドの上に並べられた服を見ながら、アイリスが問いかける。服の事で頭がいっぱいだったが、彼女が一緒に部屋に戻っていた事を忘れかけていた。
「うーん。どれがいいかな?」
困ったときはアイリスに任せるに限る。この服を購入した時もアリアに任せたのだ。
彼女も白いブラウスに、フリルやレースのあしらわれた紺色をしたハイウエストのジャンパースカートを着用している。
自分のセンスを信じるよりも彼女にコーディネートしてもらう方が堅実だとみるべきだ。
「そうですね……この服とかいかがでしょうか?」
アイリスが選んだのは全体が白い色をしたジャンパースカートだった。
胸元にある淡いピンクのリボンが特徴的で、腰回りにある花型のレースが連なった生地と、スカートを囲うようにあしらわれたローズピンク色の花の模様が清純さを醸し出している。白い生地に淡く咲く花は慎ましさの中に可憐さを備えていた。
「僕に似合うのかなぁ?」
自分に自信が持てないのも当然と言えるだろう。未だに自身の精神と外観の差異に違和感が付きまとうのだから。
「心配しなくとも大丈夫です。トリシャに必ず似合いますから着てみてください」
アイリスは自信満々にすすめてくれる。彼女に任せたのだから選んでくれた服を着てみようと思うのであった。
「せっかく着替えをされるので入浴されてはいかがですか?」
そのまま着替えようと考えていたトリシャに、その発想は無かった。
言われてみれば、入浴した後に着替えた方が良いのだろう。トリシャは少女の提案を受けることにする。
「では、先に行ってお湯を沸かしておきますね。」
「あっ……」
トリシャの返事を待たずに、少女は浴室へと行ってしまった。部屋に残されたトリシャは着る予定の服を携えると、少女の向かった浴室へと足を運ぶのであった。
浴室へ行くと脱衣所には、何故か下着姿になっているアイリスの姿があった。少女は服をたたんでいる途中で、それが終わると服を台の上へと置く。
アイリスは脱衣所に入ってきたトリシャに気が付くと、側まで駆け寄ってきた。
「何で服脱いでるの?」
トリシャは下着姿の少女を直視することが出来ずに、横に目を逸らすので精一杯だった。
「何故と言われましても、これから入浴されるので必要な事かと」
この少女は昨日みたいに中まで入ってくるつもりなのだろうか? きっとまたお世話を任されたので、と言うに違いない。
アイリスの仕事に対する熱意に目を見張るものがあるが、その過剰ともとれる献身ぶりには頭が上がらない。
「着替えを手伝いますので新しい服をお預かりいたします」
トリシャが迷っていると、アイリスのペースに持ち込まれていく。先ほど選んだ服を預けると少女は台の上に丁寧に置き、再びトリシャの元へと戻ってくる。
「それでは着替えを手伝わせていただきます」
一度経験しているのだから二度目も同じだと自分に言い聞かせる。この手の羞恥心は消える事は無いのだろうが、彼女たちから存在意義とまで言われた仕事を奪うほど酷な事はできない。
だからなのだろう、例え恥ずかしくても彼女たちの献身を受け入れてしまうトリシャであった。
羞恥心に塗れた着替えを済ませると浴室に移動する。昨日と同様に服から下着の全ての着替えをアイリスに手伝ってもらった。
羞恥に塗れたトリシャは顔や体が熱くなるのを抑えることが出来ない。
「お背中流しますね」
当然の様に後を付いてくるアイリスに、もう何も言うことは無い。トリシャは諦めに近い感情で彼女の行動を黙認する。
泡を付けた手で体を洗われる。なされるが儘に全身を少女の手が隅々まで洗いつくされる。
すると、背中にこれまでと違う柔らかい感触が当たる。慌てて確認をすると、いつの間にかアイリスは一糸まとわぬ姿になっているではないか。
「アイリス、何で脱いでるの?」
「昨日と同じようにしようと思ったのですが、いけませんでした?」
振り返ると、少女の小ぶりだが張りのある2つの膨らみが視界に入る。トリシャは慌てて正面に向き直るが、少女の白い肌が脳裏に過ってしまう。
「女の子同士なので、そんなに恥ずかしがることありませんわ」
前を向いたまま固まってしまったトリシャにお構いなく、アイリスは体を洗うのを再開する。こうなれば置物と同じで、玩具の様にされるがまま、トリシャはアイリスのお世話を受け入れていく。
「僕には刺激が強すぎるよ。毎日こんな風にされたら、アイリスと顔を合わせらんなくなる」
「そんなの嫌です。どうすればいいでしょうか?」
体を洗い終えると泡をお湯で洗い流すのだが、とうとう羞恥心に押しつぶされてしまったトリシャは、遠回しに改善を要求する。
「着替えを手伝ってくれるのはまだいいけど、お風呂くらいは1人でゆっくり入りたいかな」
トリシャはようやく本心を告げることが出来た。
お風呂やトイレといった空間は他人の目を気にせずに1人でのんびりと寛ぎたいものだ。それが例え気の許した相手であっても一定の距離が必要だと考える。
尽くしてくれるのは有り難い事だが、過剰になり過ぎると途端に有難味が薄れてしまうものだ。
トリシャは体を屈めてアイリスの方を向く事も無く話をする。
「嫌な思いをさせてしまっていたのですね。これからは気を付けます」
アイリスは今にも泣きそうな勢いで落ち込んでいく。横目で少女の様子を伺うと、酷く気を落としているのが手に取る様に分かった。
「嫌だとは思ったことは無いよ。ただ、恥ずかしいから控えてくれると助かるかな」
トリシャの言葉を聞き、アイリスの顔は少しだけ明るさを取り戻す。すると、少女は嬉しさのあまり、トリシャの背中に抱き着くのだった。
「これからも嫌われない様に努めますので、どうか見捨てないで下さいね」
背中越しに触れる少女の柔肌が心地良く、話の流れも相まって注意どころか反応をすることすら気兼ねしてしまう。
「見捨てたりはしないよ。もういいから髪の毛も洗ってよ」
「はい」
アイリスはトリシャの要望を聞くと、優しく丁寧に髪の毛を洗ってくれる。長い髪を傷めない様に気を使ってくれている様子を見ると、トリシャは髪の毛だけでも毎日洗ってくれたら助かるなと頭に浮かぶ。
だが、自分で断った手前、この気持ちをアイリスに伝えることは無かった。
髪の毛を洗い終えるとようやく湯船に浸かることが出来る。足を延ばしても余裕のある湯船は全身を温めてくれると同時に疲れを癒してくれる。
朝から特に何かをしていたわけではないが、ゆったりとした空間が心地良く感じた。
アイリスは髪を洗い終えると同時に先に浴槽を後にしていた。明日から自分でこの長い髪の毛を洗うと思うと、アイリスのお世話を断らなくても良かったかなと思いなおすが、それは心の内に秘めておく。
今までがアイリスやアリアにお世話になり過ぎていたのだろう。アイリスがしてくれたみたいに洗っていこうと考えるトリシャであった。
浴室を出ると、アイリスがタオルで体の水気を拭ってくれる。一瞬断ろうと考えるもトリシャはアイリスに任せることにした。
彼女は髪の毛に付いた水分も綺麗に拭き取ってくれる。櫛を使って丁寧に髪を空いてくれると自分でやるよりも遥かに上手に整えてくれるのだ。
こればかりは、アイリスの真似をできそうにない。もし明日も着替えを手伝ってくれるのなら、これからも髪の毛の手入れだけはお願いしようと決めるトリシャであった。
髪の毛を乾かし終えると、衣服を着用していく。今まで通り、アイリスの助力を受けながら用意した服を身に着ける。
全ての服を身に着けた後、トリシャは自然と視線を鏡に映すのだった。
透き通るような白い肌を桃の花の様に赤く色づける。全身を真っ白な服装に身を包み、花の形をした刺繍やレースがキャンパスの様な白い服に彩りと華やかさをそっと添える。
ピンクローズに色付く花弁は撫子色に染まる髪の毛と同調し麗しい雰囲気を醸し出す。こうして鏡で自身の姿を確認するたびに自分の体じゃないみたいに映る。
見た目だけならば、アイリスやアリアにも劣らない美貌を携えていた。この鏡の中の少女が自身の今の姿だと言うのは未だに受け入れがたい事実だった。
「やはり私の目に狂いは有りませんね。お美しいですよ」
トリシャはアイリスから贈られる賛辞に素直に喜びを表せなかった。何故なら、その美しい美貌は自身の本来の物では無いからだ。
しかし、そんな複雑な気持ちとは裏腹に、心の底では喜んでいる自分に僅かばかりの戸惑いを感じてしまうのだ。
「せっかくだから髪の毛を結んで欲しいんだけど、いいかな?」
長い髪の毛は時折煩わしさを感じる時もある。特に食事の時に顕著に表れる。
食べ物を口に運ぶときに一緒に髪の毛を咥えてしまう事もあったり、耳に引っ掛けても何度も目の前にずれ落ちてきたりしてしまう。
こうした面倒を解消したくて髪を結ぶ考えに至るが、自分では上手く結べそうにない。
「かしこまりました。希望される髪型は有りますか?」
アイリスは快く引き受けてくれた。
「ツインテールって言ってわかるかな? 耳の上で左右にそれぞれ結ぶんだけど――」
「この高さでよろしいですか?」
アイリスは自身の髪の毛の結び目に手をかけると片方だけ解き、後ろに垂らしていた髪の毛と合わせて一つの束を作って見せる。
「そうそう、そんな感じ。それを左右同じ高さに結ぶ髪型にしたいんだけど、お願いできるかな?」
「もちろんです。髪留めを探してくるので先に部屋に戻っていてください」
アイリスは再び髪の毛を結び直すと、髪飾りを探しにどこかへ行ってしまった。
1人残されたトリシャは、彼女に言われたとおり部屋に戻ることにした。
トリシャは自室に戻ると鏡台の前に座る。改めて部屋にある鏡で自分の姿を確認するが、自身の体じゃないみたいに綺麗な少女がそこには存在する。
そうして鏡の中の自分と、にらめっこしているうちにアイリスが戻ってくるのだ。
「お待たせしました。色々取ってきたのですが、どの髪留めがお好みですか?」
アイリスが持ってきてくれた髪留めは、幅のあるリボンから細い紐状のリボンに花の形をした髪留めなど、多種多様な髪留めを取って来てくれた。
種類が多くて悩むところだが、トリシャはピンク色をした細めのリボンを選ぶことにした。
「このリボンにしようかな」
「かしこまりました。では髪を結わせていただきますね」
トリシャが鏡台に向き直ると、アイリスは後ろから髪の毛に触れる。櫛で溶かしながら一束に纏めると、右の耳の上辺りに結び目を作り始めた。
細かく櫛を入れ、髪の毛同士が絡まらない様にすくと、紐状のリボンでそれらを結んでいく。片方が出来上がると、もう片方を同じ要領で結っていく。
脱衣所で見た時も思ったが、髪を結ぶアイリスの手際は良く、あっという間にツインテールが出来上がってしまった。トリシャが感心しながら鏡をみていると、先ほどまでとは雰囲気が変わった少女が移っている。
髪を結ぶと幼い顔つきが顕著に表れる。左右に首を振ってみると、自分の首筋を初めて拝む事となるのだ。
首を振っても髪の毛が顔にかかることはなく、今まで煩わしいと感じていた事柄が解消された喜びを噛みしめる。
「アイリス、ありがとう。」
トリシャがお礼を言うと、少女は嬉しそうにはにかんだ。
リボンはしっかりと結ばれているようで、少しくらいの負荷がかかっても解けそうにない。トリシャは早くもこの髪型を気に入っていた。
「そうだ。アリアに見せてあげましょう」
唐突に閃いたのか、アイリスが急に提案を始める。
「あの子もきっと、今のトリシャの姿を見たら喜びますわ」
見せて喜ぶのであれば見せてあげたいところだが、自ら見せに行くのは少しばかり照れが生じる。
「ほんとに喜んでくれるかなぁ?」
「喜ばないわけがありません。今すぐにでも見せに行かれてはどうですか?」
アイリスがあまりに楽しそうに言うから、トリシャはアリアの元へ行くことにした。例え少女が素っ気ない反応をしたとしても、少女の様子が気になっていたトリシャは、その少女の元へと足を運ぶのであった。