14話 『雪の物語と』
アイリスに見つめられながらの朝食を終えると、トリシャは一足先に自室へ戻と戻った。彼女は朝食の後片づけを行うみたいで、手伝うと申し出たのだが却下されてしまった。
その時のアイリスは血相を変えて、仕事を奪われると存在意義を失うのだと強く主張されたのだ。
というのも、人の手で造られた魔人は人に使われる為に生まれてきたのだから、仕事を奪ってしまうと存在を否定されるのと同義になるとの事だった。
彼女たちと接していると時折忘れてしまうのだが、彼女たちは見た目とは裏腹に魔人という存在なのだ。
そこまで言われると、流石に手伝うことなど出来るはずもなく、トリシャはこうして一人で部屋に戻ってきた次第である。
「失礼します」
しばらくすると、ノックと共にアイリスが部屋に入ってくる。その手には何冊かの本を抱えていた。
トリシャはこれから彼女が何をしようとするのか察しが付いてしまう。
「夜は眠くなってしまうとの事なので、午前中に文字の勉強を行いたいと思います」
アイリスはそういうと、机の上に本を置く。
その内の一つを手に取ってみたが、トリシャに書いている内容がわかるはずもなく、そっと元に戻すのだ。
「私が付いていますので始めましょうか。まずは簡単な本を読めるところから始めましょう」
トリシャは椅子に座るとアイリスから本を渡される。
ページをめくると、何が書いているか分からない事に変わりはないが、先程開いた本より文字が大きめで見やすい。
本を数ページ捲ってみると、時折挿絵が見受けられた。
柔らかなタッチで描かれた絵を見ると、渡された本が絵本みたいだと思うトリシャであった。
「これって絵本?」
「はい。ルミエから全く読むことが出来ないと聞いていたので、比較的読みやすい物を持って参りました」
アイリスが用意した本はどれも挿絵の割合が半分以上、もしくは全てのページが絵と文字を混同させた本ばかりだった。
「どの本がおすすめかな?」
「そうですね……これとかどうですか? 『雪人形と雪の花』初めて読むものとして文字数、内容共にピッタリかと」
アイリスに手渡された本を見る。表紙には一人の幼い女の子と雪だるまみたいな雪で作られた人形の絵が描かれている。
「じゃあこれにするよ」
おすすめを聞いといてそれを選ばないわけにはいかない。何よりも、右や左も分からない現時点において、自身で選ぶよりも教鞭をとってもらうアイリスに選んでもらう方が適切だと言えよう。
トリシャが本を広げると、一文字ずつ丁寧にアイリスに教えてもらう。しかし、規則性を見つけ出せずに最初の方は苦戦する。
やっとの思いで読めた一文は「真っ白い雪の中で遊ぶ女の子の名前はリリー」だった。
たった一文を読むだけで十数分かかってしまう。先行きが思いやられるが、へこたれても仕方がない。
トリシャは頭を抱えながら、引き続きアイリスにマンツーマンで文字を教えてもうのであった。
絵本を読み進めると内容が少しずつ分かっていく。どうやら、リリーという名前の女の子と少女が作った雪人形の話みたいだ。
初めは文字を覚えるための道具として絵本を開いたに過ぎなかったが、読み進めるにつれトリシャは物語の世界観にどっぷりと浸かっていく。
「アイリスゥ、この絵本良い話だね」
数時間をかけて絵本を読み終えると、トリシャの目尻には涙が溜まっていた。涙が零れ落ちることは無かったが、目に溜まっていることは明白だった。
「私もそう思います」
アイリスはスカートに付いたポケットからハンカチを取り出すと、それをトリシャに手渡す。
それを受け取ったトリシャは、零れ落ちそうな涙を拭うと、もう一度絵本に目を通し始めるのだ。
リリーという名の少女は友達が欲しくて魔法で雪の人形を作る。その雪の人形にユーリと名付け、一緒に遊び過ごしていく。
しかし、女の子は大きくなるにつれ人間の友達が増えていき、いつの間にか雪人形ユーリの事を忘れていってしまった。
ユーリは毎年夏になると溶けてしまう。だから冬の間だけ雪人形の姿になり、何年も女の子の事を待ち続けた。
リリーは少女となり恋をし、大人となり結婚をする。ユーリの事を忘れてしまったリリーは、ある冬の日に雪人形を発見する。初めは喋る雪人形を見て驚き逃げてしまった。
しかし、幼いころに一緒に遊んだ友達の事を思い出す。ユーリの事を思い出したリリーは、今まで忘れていたことを謝り再び友達として一緒の時を過ごす。
だが、幸せな時間は長く続かなかった。ユーリに施された魔法の効力が薄れ、春の雪解けと共にユーリは姿を消してしまった。泣き崩れるリリーにユーリは感謝と一輪の花を残す。
氷の様に透明に輝く美しい花は夏になっても解けることは無く、リリーの部屋にいつまでも飾られることになる。
実に読み応えのある内容だ。トリシャは既にこの絵本を気に入ってしまっていた。まだ読んだのはこの本だけだが、文字が読める様になった嬉しさからか何度も何度も読み返す。
トリシャは他の本には目もくれずに当初の目的も忘れて読みふけってしまうのだった。
部屋の扉を叩く音が聞こえると、外から少女の声が聞こえてくる。
「昼食の準備が整いました。食堂へお越しください」
時計を見ると、いつの間にかに昼食を食べるような時間になっていた。スペードのマークの様に先の尖った針は真上の方を指している。
トリシャは絵本を読むのに夢中になるあまり、時間の経過を忘れてしまっていた。本を閉じて机に置くと、アイリスと一緒に食堂へと向かうのであった。
食堂の中へ入るとルミエーラの姿があり、食卓の席に着くとアリアが料理を運んでくる。
ハムや野菜やチーズが挟まったパンに、丸く厚めにスライスされたポテトフライが横に並ぶ。パンは外側がカリッと焼きあげられており、中に入ったチーズがとろけ食欲がそそられる。
品数は少ないが、具材をたくさん詰め込んだパンは食べ応えがあり、それだけで十分食欲を満たしてくれる。
「午前中は文字の勉強をする予定だときいたが、はかどったか?」
食事以外で顔を合わすことが少ないので、ルミエーラはトリシャの様子を気に掛ける。
文字が読めないのは、後々に支障をきたすだろう。早めに読めるようになるのに越したことは無い。
「まずまずかな。内容に夢中になり過ぎて1冊しか読めていないんですけどね」
トリシャの中では1冊読めただけで十分な成果だと思うのだが、1冊しか読まなかったに近い状況だったので控えめに報告する。
「ほう、何の本だ?」
「ええっと、『雪少女と雪人形』だったかな」
「トリシャ『雪人形と雪の花』ですよ」
トリシャの間違いにアイリスが訂正を加える。
そういえば内容ばかり見ていてタイトルを読んでいない事に今更気が付く。道理でタイトルがうろ覚えなわけだと一人納得をするトリシャであった。
「ああ、その本か懐かしいな。まだ取ってあるとは思わなかったよ」
「絵本を読むなんて意外ですね」
失礼かもしれないが、ルミエーラが絵本を読んでいるところを想像することが出来ない。
アリアやアイリスなら読んでいても可愛らしく、寧ろ似合いそうにも見えるわけだが。彼女が絵本を読んでいる姿は到底想像がつかなかった。
「私が読んでいたわけじゃないぞ。昔に子供に読み聞かせることがあっただけで、その時に買っただけだ」
寧ろそっちの方が意外だとトリシャは内心思う。ルミエーラは従者こそ従えているが、トリシャが来る前は独りで暮らしているように見えたからだ。
必要以上に男性を毛嫌いしている様子から、子供もあまり好きではない気がした。
「あ、私が子供と仲良くできないと思っただろ。」
考えていた事と少しずれているが、彼女が言っていることは概ね間違ってはいない。
「いやー、だって想像できないし」
「男は嫌いだが汚れる前の子供は好きだぞ」
ルミエーラは胸を張る様にして言い張った。
理由はどうあれ絵本を持っている事実に変わりはない。トリシャは彼女の意外な一面を見て、親近感が湧いたのだった。
「そうそう、午後から私は出かけるが、アリアとアイリスは残して行くから何かあったら彼女たちを頼れ」
「どこに行くの?」
昨日は買い物に同行したが、今日は1人で外出するらしい。外出先が気になったトリシャは彼女に質問をするのだ。
「ちょっと仕事にな。金には困ってないが、昨日使った分くらいは稼ぐつもりだ」
「仕事って何をしてるんですか?」
昨日の買い物で洋服や家具を大量に買ってもらったのだ。それを1日で稼ごうとしているのだから、その仕事内容が気になるのは必然である。
魔女の仕事とは何なのか、トリシャの好奇心がくすぐられる。
「まぁ、そのうち分かるよ。上の部屋に入らなければ何しても構わないから余計な詮索はするな」
この突き動かされた好奇心はどうすればいいのか。トリシャは行き場の失った感情をどうすることも出来ずに気を落とす。
出会ったばかりの人間に何でも話してくれるはずが無いのだ、と自身を納得するしか無いのである。
「そういえば、トリシャは家にいる時、ずっとその服を着ているつもりなのか? せっかく色々な服を買ってあげたのに、もう少し服装に気を付けた方がいいんじゃないか?」
ルミエーラの指摘に一理あると思うと同時に、自分だっていつも同じ服を着ているではないのか、と言いたくなる。
いつも水着の様に布面積の少ない服を着ている自分こそ、バリエーションが少ないのではないかと思わざるを得なかった。
「自分だって同じような服装ばっかり……」
「私はいいんだよ。可愛い服はお前たちみたいな可愛らしい見た目の奴が着てたら良いんだから」
なんとも、ルミエーラらしい身勝手な理由だ。まぁ、せっかく買ってもらった服をタンスの肥やしにしてしまってはもったいない。
トリシャは服装に気を使っていこうと考える。
「わかりました。せっかく買ってくれたんですし、色々着てみる事にします」
「そうかそうか、分かってくれたか。次は何を着てくれるのか楽しみにしておくよ」
ルミエーラは分かりやすくご機嫌になる。
スカートを履くのは、まだ気恥ずかしさが残る所ではあるのだけれども購入してもらった手前、無下にするのも憚られる。
どの道、これからはスカートを履く機会も増えていくのだ。早めに慣れるために、普段から着用していく必要があるのだと、トリシャは自分に言い聞かせることにした。




