災難
これほど新月を待ち望む日はないだろう。と朔は妖怪だらけの道を進みながら思った。
頭の中には月からの指令が届いている。ただ途中でデータが破損しているのか言語にはなっていない。
それでも自身に埋め込まれた快楽を刺激するには充分だった。
「・・・あー誰かをぶった斬りてぇ」
殺気を感じているのか妖怪達は遠くでこちらを見てるだけで何もしようとしない。いっそ加速して近づいて斬り倒してやろうかと思ってしまう。
殺人衝動、これも月に居た時に頭に埋め込まれた物だ。
人というの必要以上に生物を殺す事に抵抗があるらしい。だが朔は人を殺すために作られた物なのに人を殺す事に抵抗を感じてはいけない。
だから埋め込んだ。殺人を快楽に感じるようになる感情を。
「・・・あーもう!!」
イライラしてきて思わず近くの木を切り倒す。妖怪達はやばいと思ったのかそそくさと何処かへ飛んでいく。
実際に戦ったら負けるのは朔の方なのに。
「・・・くそ!」
このままだとこの辺りの木を切り尽くしてしまいそうなので家に向かって走り出す。
その後ろで何かが光ったが、朔は気付くことは出来なかった。
「・・・あー懐かしい」
朔はようやく自分の家の前へと戻る事ができた。我が家が一番落ち着くからか衝動も少し収まった気もする。
「ただいまだ安心かーん!」
玄関の扉を開けていきなりそんな事を口走る。そんな事でもしないとやってられないからなのだが。
と、いきなり足元に穴が空き、垂直に落下する。
朔は特に驚くことなく着地するのを待つと、落ちた先は客この家の客室だった。
そこに居たのは紫と藍と妖夢。紫はリラックスしていて藍は行儀良く、妖夢はいきなり朔が出てきた事に驚いているようだ。
「頭は大丈夫?」
紫は開口一番に取りようによっては失礼な事を言ってくる。
「大丈夫かどうかは俺の眼を見れば分かりますよ」
そういう朔の眼は紅く染まっていた。
その眼を見て紫はやれやれと言った感じに溜息を吐く。
「そのままじゃあ駄目ね」
「なにが?」
それに紫が答える前に妖夢が割り込んで言ってくる。
「それより怪我は大丈夫なのですか?」
「へ? ああほれほれ平気平気」
腕を振り回して元気を主張する。ちなみに朔は色々ありすぎて自身が怪我した理由も良く覚えていない。
「それは良かったです。あの時は本当に死んでしまったかと・・・」
「え? ・・・そんな酷かったのか?」
「割と真面目に」
「・・・・・俺が何をしたんだろうなー。ほんとマジで」
何だか泣きたくなってきたが懸命に堪える。
妖夢は申し訳なさそうにしてるが朔は気づいていない。
「で、結局なんで紫さんがいるんですか? 真面目な顔をしてるから遊びに来たわけでもなさそうですし」
「現状を確認しに来たのよ。そして駄目ね」
「・・・どういった意味で?」
「理解して言ってるでしょ?」
「・・・・・・」
言われなくてもある程度の予想は出来た。紫は朔の衝動について言っているのだ。
「ああでも半分は良好ね。これなら問題無いわ」
「半分?」
「というわけで修行編スタートでーす♪」
「何がというわけ・・・って何だか嫌な予感しかしないんですが紫さんやい?」
紫はニコニコ笑っているだけで何も言わない。ちらりと藍を見ると視線だけで「頑張れ」と言っていた。
全力で逃げ出したいのを堪える。というか朔からすればいい加減寝たいしゆっくりくつろぎたいのだ。
昨日も一昨日も寝たというよりは気絶していたが正しいため眠気が消えるわけもない。
更に言えば修行だのなんだので出てくるのはいつもあの男・・・。
「おっす」
「・・・・ほらやっぱりだよちくしょう」
卓袱台に穴が空きそこから元が顔だけ出てきた。少し気持ち悪い。
「紫さん?せめて何で修行するのかを教えてはくれま」
「自分で考えなさい」
「・・・・・あれ?なんか目の前がぼやけてきた」
「よーし。じゃあボッシュートだー!」
朔の足元にスキマが開きいきなり落ちていくが、朔はもう抵抗する気も無くなっていた。
朔が落ちて行った後元もスキマの穴に入って消える。
残ったのは紫と藍、そして現状を理解出来ていない妖夢。
妖夢は紫に聞く。
「紫様、どういうことなんですか?」
「あら? 何がかしら妖夢」
「朔さんですよ! 彼は怪我が治ったばかりなんですよ!? 博麗の巫女みたいなのならともかく、彼は普通の人間です。紫様の考えは私には分かりませんが少しは彼を休ませてあげてもいいじゃないですか!」
勢い良く喋り出す妖夢に気圧され紫は少し後ろに下がる。
藍がそれを収めようと口を開きかけるが紫がそれを制す。
「ねえ妖夢?」
「・・なんですか紫様」
紫の真面目な顔に、妖夢も少し落ち着きを取り戻す。
少しの沈黙が続き、紫がゆっくりと、しかしはっきりと言う。
「そんなに彼の事好きになっちゃった?」
「ぶぶっ!?」
言われた妖夢は勢い良く立ち上がり、勢い良くそのまま転げた。
転がったまま妖夢は叫びに近い声を出す。
「な、何をみょんなことを言ってるんですか紫様!? あ、会って数日の人に恋するなんてあるわけないでしょう!!」
「あら?どうしたの妖夢顔が真っ赤よ♪」
「紫様のせいですよ!!」
「妖夢、少しは落ち着け」
「ら、藍さん・・・」
「ちゃんと応援してやるから」
「違いますからね!? というか藍さんまでですか!?」
自身の半霊にしがみつきながら立ち上がる妖夢。妖夢が見たのは必死に笑いを堪える紫と申し訳なさそうにしている藍だった。
「あのですね紫様!! そもそも私と彼は全く違います! そんな私と彼に恋愛感情ができるわけがないじゃないですか!!」
「あら? 悪くない物件だとは思うのだけど? 顔もどちらかといえば良い方だし知識も私が教えたから人並み以上にあるし」
「そもそもの寿命が違いますからね!? 彼と私が一緒になった所で幸せな家庭など築けるわけが・・・!」
「妖夢・・・貴方寿命とか云々だけで自分の気持ちを一言も言ってないわよ?」
「っ!!」
「ほらほら言っちゃいなさいよ♪ 好きか嫌いかを〜♪」
「っ〜〜!!」
妖夢が勢い良く背中の剣を引き抜き紫に斬りかかろうとするのを藍が必死に止めて、紫は堪えきれなかった笑いを爆発させた。
しばらくしてようやく妖夢が落ち着いた、というよりは暴れる体力がなくなった。
「紫様、結局本題に入れていません」
「・・・そうね。十分楽しんだし、そろそろ本題へ入りましょう」
真面目な顔で紫は言う。
「妖夢、貴方に頼みたい事があるのよ」
「真面目な話ですか?」
「凄く真面目な話で、これは貴方にしか頼めないことよ」
「私だけ、ですか?」
自分にしか出来ないこと、という言葉に妖夢は興味を持つ。
だけど、聞かないほうが良かったかもしれないと、後で妖夢は後悔した。
「・・・津後森朔の殺害をお願いするわ」




