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私が傍観者な妹になった理由~番外編  作者: 夏澄
本編の裏話的なもの
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2/16

恭平:水鉄砲のあの日

お気に入り件数5500件突破記念。その1。


もし那智と恭平が兄妹になる前に出会っていたら。

[水鉄砲のあの日]


 炎天下の日の下、揺らめくアスファルト。

 コンクリートは熱く、放射されてくる熱は小さな背丈では上から降り注いでくる日差しと同様にきつく当たってくる。

 それを避けるように逃げ込んだ芝生の植えられた公園は、ここまでの道のりよりは少しだけ涼しかった。


 樹の緑に遮断されて日陰となった場所に木製のベンチが置かれている。焼き付けるような日差しから逃れて、持ってきた国語の宿題ノートをそこに広げた。


「暑いな……」


 それでも家にいるよりはましだった。

 早朝まで飲み歩いていた母親が帰ってきている。実の子供であるのにも関わらずそこにいるだけで苛立たれて、外で遊んでこいと言われてしまった。それが哀しくても母親の言いつけを素直に聞いてしまうのは、まだ淡い期待を持っていたからだった。


 まだ自分は愛されている。でなければ家に戻ってきてはくれないだろう。


 削ってきた鉛筆の先が丸くなっていく。

 国語の宿題は漢字の書き取り。習ったばかりの漢字を延々と綴っていくものだ。熱さでぼうっとする頭ではあまり考えながらしなくてもよい。

(あとどれくらいしたら帰ってもいいのかな……)

 手だけが狂ったように文字を描いていく。黒い線が白いページを次々と埋めていく。カリカリという鉛筆の削れていく音は、自分の心まで削り取っていくみたいだ。


 ピチャッ


 水滴が頬に当たり、受け止めきれなかった水滴がノートに落ちていった。水滴の当たった部分がじわりと歪んでいく。

 一滴、二滴……

 歪んでいくそれを目で追っていると、


 ピチャッ ピチャッ


 二度目の水滴が今度は立て続けに額に当てられた。

 滲んでいくノート。文字がくねくねと踊りだす。まるでバカ正直に家を出てきた自分を笑っているみたいだ。

 かっとして水をかけた相手に怒鳴り散らそうとすると、


「あそぼっ」


 水鉄砲を持った女の子が不意打ちのように目に水をかけてきた。

「うわっ」

 顔はもうびちゃびちゃだ。ノートも乾かして使えるのならばまだ良いが、ヘタをすると買いなおさなければならなくなる。そうしたらまた一から書き直しだ。

「なにするんだよっ」

「あそぼっ」

 女の子は自分の怒りが分かっていないのか、にこにこと笑って同じことを繰り返した。

 阿呆なのかと思ったが、下の子がいないのでこれくらいの年の子ならこんなものなのだろうかと思った。

 女の子は4~5歳くらいで、小学生の自分よりは確実に小さい。シャツにハーフパンツ、サンダルといった出で立ち。お出かけという恰好ではないので、近所の子供なのだろう。

 肌は日焼けしていて、家に閉じこもりがちであまり日焼けをしていない自分と比べたら随分と健康的に見えた。

「ちっ。親はどこだよ」

 辺りを見渡すが、親らしき人間どころか大人も子供も自分たち以外には見あたらなかった。炎天下で出てこようという人間がそもそもおかしいのかもしれない。


「ママはおしごと。パパはいるけど、りょーちゃんと格ゲーしてる。きのうからずっと」

 自分に対して尋ねられたと思ったらしい。女の子はマシンガンのように自分の状況を説明し始めた。

「りょーちゃんはひぎを出したいけど、パパがコワザでふーいんするんだって。ヒキョーって言ってる。ナチはできないからつまんないって言ったけど、あとでって言われた」

 あとで、ということは「後で遊んでやるから」という意味だろう。それでつまらなくなって公園に来たということか。

「そんなこと聞いてないし……ってかりょーちゃんって誰だよ」

「りょーちゃんはおにーちゃん。みずでっぽうくれた」

 見せるためか、かかげられる水鉄砲。水色のそれは透明で、中に入った水がきらきらと涼しげにゆれていた。

 引き金が引かれ、ピシャッと水が勢いよく飛び出してくる。

「うわっ」

 人に向けている意識というものが欠けているのだろう。子供ってこんなに注意力のない生き物なのだろうか。

 無邪気さはときに残酷だ。

 外れたそれがベンチに置いていたノートにかかってしまった。今度こそ水浸しになって買いなおし決定の代物に成り代わる。

「あーあ。なんてことしてくれたんだよ。国語の宿題、明日提出なんだぞ!」

 声を荒げて言うと、小さな頭がシュンと下を向く。悪いことをしたということは分かったらしい。

「シュクダイごめんなさい。……はい」

 差し出される水鉄砲。何度か発射されたため、中の水は半分以下に減っている。それでも充分に発射できそうだった。

「ナチにかけていいよ」

 ぎゅっと目と口をつぶった顔は必死で、「さあ来い!」と覚悟をしている表情をしている。

 罰として自分に水をかけろということか。

 ならば、と二度。勢いよく引き金を引いてかけた水は見事命中して彼女の顔を濡らした。

「きゃあっ」

 それは悲鳴ではなく笑い声。

 自分をナチと呼ぶ子供は、罰だったそれが楽しかったのか「もっと」と笑って水鉄砲を指差してきた。

 もう一度かけてやると、手を叩いて笑い転げて芝生の上を走り出した。振り返る顔が「おいで」と言っている。

 さっき怒られたことはもう忘却のかなたに吹き飛んでしまったみたいだ。

「はあっ。もういいや」

 ノートは諦めて遊んでやることにする。あの子の相手をしてやれるのは、ここには自分しかいないから。


 一つの水鉄砲で、水をかけたりかけられたりしながら時間は過ぎていった。

 二人とも服も顔もびちょびちょで、それでも夏の空の下では水は心地良くて笑った。


 とても楽しかった。




「なーちぃーっ」


 遠くで迎えの声がかかる。それに瞬時に反応して駆けて行くナチ。

「りょーちゃんっ。アイス、アイスアイスー!」

 金髪のどう見ても不良のたぐいにしか見えない少年の腕に、はたから見ると違和感がある光景なのに、それでも嬉しそうにしがみつく。それだけ相手に信頼を寄せているのだろう。

 大好きと言っている目がさっきまでは自分に向けられていたのにと思うと、少し不愉快に思えた。


「ばいばーい」


 手を振ってくる彼女の目に溜まる水は、確かに自分といた時間は楽しかったのだと物語っていた。離れていく距離をさびしいと思ってもらえる自分の存在が嬉しいと感じた。

「ばいばい」

 手を振り返す。角を曲がって見えなくなるまで手を振り続けた。


 帰りは新しいノートを買って帰ろう。それと冷たいアイスを。

 同じ空の下であの子もきっと食べている。そう思うと、一人で食べることになってもいつもよりは少しだけ美味しいと感じることができるだろう。



――それは熱いアスファルトを抜けた先での一瞬の出会い。 

 互いに出遭ったことすら忘れた頃、二人は家族になる。


 ※ ※ ※


 高校生になって二度目の夏。

 炎天下の元、外に出る気にもなれずにエアコンをつけて麦茶を飲む。

 居間では那智と義理の従兄に当たる諒一が隣あって格闘ゲームという熱い戦いを繰り広げていた。

 来年高等部にあがるというのに、那智は諒一と遊ぶ時は子供のような遊びを選ぶ。

 コントローラーを握る手つきは年季の入ったものだ。指先の動きに目がついていかない。


「あー、俺の秘儀がぁ」

「あーって、秘儀を出されたら負けちゃうじゃん。小技で食い止めないと」

「秘儀の発動が見所なのに出さないともったいないだろ、卑怯者っ。秘儀を出すのが苦手だからって技が小ざかしいんだよ」

 格闘ゲームなのだから技の出し方がどうこうよりは相手を負かすことが重要なのだと思うが、二人は熱く技について語りだす。


 自分はゲームはしないので分からないのだが、どこかで聞いた覚えのあるやり取りに、後ろから画面を覗いた。

 ファイティングポーズをとるキャラクターが二体、画面の両端で身体を揺らしている。人気のあるゲームらしいが、さっぱり興味が湧かない。

「お兄ちゃんもやってみる?」

 那智が振り返って誘いをかけてくる。

「いや、僕はゲームは分かんないし……」

「ふふーん、もしや俺に負けるのがコワイんだな」 

 挑発的な諒一の視線に苛立ちを感じて那智からコントローラーを奪い取る。どうもこの義理の従兄には腹立ちを抑えきれない。


「おおっ。じゃあ負けたらアイスね」


 那智が広告の裏にマジックで三人のトーナメント表を作る。

 慣れない手つきの者が一人混じった勝負のゴングがカーンと鳴らされた。




 炎天下の日の下、揺らめくアスファルト。

 コンクリートは熱く、放射されてくる熱は上から降り注いでくる日差しと同様にきつく当たってくる。


「ごめんね、那智が負けたのに……」

「いいよ。那智一人に買いにいかせるなんてできないだろ」


 手に提げたアイスの入ったナイロン袋が冷たい雫を地面に垂らす。


「あー、アイスが溶けちゃう。早く帰ろうっ! ほらお兄ちゃん、早くっ」

 那智が先を急いで駆けていく。振り返る顔は「お兄ちゃんも急いで」と言っている。長く伸ばされた髪が左右に跳ねる。同時に自分が括り付けたリボンも風に乗る。

 蝉がジワジワと大きな声を重ねて歌っていた。その声は暑さに拍車をかける。音のあるなしでは随分と印象が異なるものだ。


「暑いな……」


 それでも二人なら少しだけ暑さは和らいで感じられた。



  



夏のアイスはすぐ溶けちゃうので、帰ってから一度冷蔵庫に入れてみんなで食べることに。

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