弟とクラシックといちご飴
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珍しいことに、今日の翔の部屋に流れている曲はクラシックだった。
「楽譜とピカソの絵は同じくらい理解出来ないって言ってたのに、音楽に目覚めたの?」
「あ、おかえり。違う違う。今でも楽譜もピカソも分かんないって」
机に向かっていた翔は、振り返ってCDコンポの隣を指差した。
そこに近づき、翔が示しているのだろうCDのケースを手にとった。『集中したいときのクラシック30』。
「和喜が貸してくれた。お母さんが買ってきたんだってさ。和喜は『偽装表示だ、眠くなるだけだぞ』って言ってたけど、折角だから聞いてみてるんだ」
和喜というのは翔の友人で、翔とはクラスも部活も同じらしい。何度かうちにも遊びに来たことがある。
その時の記憶からすると、翔と比べると大人びた顔つきの男の子だった。
「へぇ。それで、効果は?」
「……微妙。まだ眠くはなってないけど、やる気は出ない、かな?」
それでもCDを変えないあたりに、翔の性格が表れている。
「姉ちゃん、今日は学校祭だったんだよな。どうだった? 楽しかった? お土産は?」
「あぁ、そうそう。翔にお土産があるよ」
「えっ、うそ。本気で言ったんじゃなかったんだけど」
「疲れた頭に糖分をどうぞ」
鞄から取り出したいちご飴を、仰々しく翔に手渡す。翔は思いのほか喜んで「うわ、ホントに? ありがとう姉ちゃん」と笑顔になった。
考えてみれば、夏祭りのりんご飴は必ず買ってるっけ、翔。
「そういえば、志望校、大阪の方の学校考えてるんだって?」
その話題を出すと、翔の顔は少し曇った。
「うん。近畿地方でぎりぎり大阪外だよ。……母さんから聞いた?」
頷いた私に、翔はため息を吐く。窺うような視線。
「やっぱり、姉ちゃんも反対?」
「確かに近畿の高校に行くならこの家を出ることになるだろうから、心配はしてる」
「……だよね」
「だけど。まぁ、翔がそこがいいっていうなら、そこの方がいいと思う。行きたい高校を目指してた方が、勉強にもやる気が出るでしょ。だから反対ではないよ」
「ほんと?」
「うん。で、そもそも、どうしてそこがいいの?」
翔は私を見上げて、きっぱりと言った。
「サッカーがしたい。本格的に体力もつけて、技術も磨きたい」
しばらく沈黙が続いた。
「……ごめん。傷つくかもしれないけど言わせて。――それだけの為に?」
だって私には考えられない。
わざわざ家から遠く離れた、しかも県外の高校を選ぶほどに熱中出来るものなんて、適当な理由が並んだ末に北一への進学を選択した私には無かった。




