開けてばったり
玄関を出て一歩、私は家のすぐ前の歩道に居た人と眼が合った。
「先に言う。俺じゃない」
その人が眼で示す箇所には、割れて土がこぼれた白い鉢植えが三つ。
六月ごろに、母さんが知り合いの誰かから貰ったという球根が植えてあったものだ。誰から貰ったもので、何が植えてあったのかは、ガーデニングにさして興味の無い私の記憶には残っていないけど。
「えぇ、多分そうでしょうね」
私はその人の言葉に頷いた。
眉を寄せて立ち尽くす生徒副会長の両手には、スーパーの袋が下げられているから。
「……とりあえず、おはようございます」
一言目はこっちだったなと思いながら、私は挨拶をした。
胸中では、八時に起きてて良かった、パジャマじゃなくて良かった、と自分を褒めつつ。
「あぁ。笠見さん、だったか?」
生徒副会長が私の名前を知っていたことに驚いたけど、すぐに表札からかと納得する。
「雨里から、話は聞いてる」
違った。
というか話って。本人の知らないところで何言っちゃってるんですか。
「ここ、あんたの家か?」
「そうです。これ、また猫がやったんですね」
こぼれた土の上に残る足跡を見て、やれやれと息を吐く。
今までにも何度か、この辺りをうろついている猫に鉢植えが壊されたことがある。網戸を爪とぎでぼろぼろにされたことも。
「中身、一つにまとめた。破片はこれに入れるといい」
しゃがんで鉢の破片を集めていると、生徒副会長が袋を差し出してくれた。
言葉の通り、さっきまで両手に持っていたスーパーの袋が、今は一つになっている。その代わりに袋の表面はすっかり伸びきっていて、今にも破れそうなくらいにぱんぱんである。とても持ちにくそうだ。
というか、その大量のお菓子はどうするんだろう。
「ありがとうございます。あ、布袋、貸しましょうか」
「いや、いい。また返さないといけなくなるし、学校までならもつだろ」
まるまるとした袋を腕に抱えた生徒副会長に、私は首を傾げる。
「これから学校、ですか?」
「生徒会の仕事でな。買出しで、菓子が安い『しろだスーパー』まで行って来たとこだ」
袋に押し詰められたお菓子は、生徒副会長の私物じゃないらしい。
いやそれよりも。
「……その服、私服ですよね?」
青いTシャツと薄手の上着、ジーンズ。
追記すると、北一の制服は男女ともブレザーである。
「ああ、私服だ」
生徒副会長がお菓子ダルマの袋を置いてしゃがみ込んだ。私が疑問符を浮かべている間に、欠片を集めるのを手伝い始める。慌てて「すみません」と頭を下げた。
そんな私に気にするなと首を振ってから、手を土で汚しつつ生徒副会長は切り出した。
「これは、まぁ、雨里がな」
――なんとなく予想はしてました、なんとなく。
「『制服をクリーニングに出せる絶好の機会なのに、学生が特に汗臭くなる時期だというのに、先生は俺たちに制服を洗うなとおっしゃるのかっ!』
って、生徒会担当の教員に捲くし立ててな。休み中、生徒会活動のために学校に来るときは、制服じゃなくてもいいってことにした――……させたんだ」
「あぁ、思い浮かぶ……」
思わず頷く私に、欠片を入れた袋の口を縛った生徒副会長が、だろ、と呆れた顔をした。
その袋を受け取りながら、私は「あ、」と声を出す。
『生徒会の活動のために学校に来るとき』ならダメかもしれない。けど、一応確認だ。
「それってやっぱり、生徒会活動以外には適応されませんよね?」
「補習のときの私服はマズイと思うぞ」
「補習じゃないんですけど……、図書室利用のときも、……マズイですよね」
私の言葉に、何故か生徒副会長は笑った。
「本を借りるためだけに学校に行こうと思ってるのか? 雨里の話どおりだな」
だからもう何言っちゃってんですか中谷会長。
私がため息を吐いていると、その心中を察したらしい生徒副会長が苦笑した。
土を一塊にまとめ、それをすくって近くのプランターの上にかける。その隣で、土から出てきた球根を私が回収していく。
作業を終えて手をはらった生徒副会長に、
「洗面所貸します。手、洗ってください」
と玄関を開けると、
「さっきの話だけど。だったら、一緒に来るか?」
お菓子の袋を腕に抱えながら、生徒副会長がそう提案した。
「さっきのって、制服の、ですか?」
「あぁ。俺と一緒に学校行けば、生徒会関係だと思われるだろ。どうせ生徒会の仕事の中でも図書室に資料取りに行くことがあるだろうし。何なら、菓子でも喰いながら生徒会室で読書していってもいいぞ」
それはかなり嬉しいお誘いだ。
「え、……いいんですか」
「いい。生徒副会長が許す。生徒会長もどうせ許す。問題ないだろ?」
そう言って笑う生徒副会長が、少し中谷会長と重なって見えた。




