初対面、意気投合。
ちょっとした過去の話だ。
滝長桜也は、中学を卒業したのと同時にこの県へ引っ越してきた。
それまで住んでいた県にある私立の高校を滑り止めで受け、本命の高校は引越し先の新居の最寄り駅から四つ離れた、北第一高等学校を選んだ。正直英語に自信が無かったが、一般入試の結果、見事合格。
今は、その学校の二年生として通っている。
滝長桜也が、彼、中谷雨里と出会ったのは、今から一年と数ヶ月前の、入学して二日目のことだった。
つまり入学式の次の日、実質的な高校生活スタートの日である。
その日の一時限目、滝長桜也のクラス一年四組では、初日にありがちな「じゃあ、まずは自己紹介してもらおうか」というものは無かった。そのため、一時限目を終えた後の十分間休憩は、教室のあちこちで、同じ中学からの友達が少ないこの新天地で新たな交友関係を築こうとしている会話が飛び交っていた。
すなわち、
「ねぇ、名前教えて?」
「私、○○○○。一年間、よろしくね」
「こっちこそよろしく! えっと、私の名前は――」
と、いうような。
滝長桜也はそんな教室の様子を眺めつつ、まぁ自分はおいおいでいいと考えていた。
高校生活に慣れていくうちに、空き時間につるむような相手も見つかっていくだろうと。
しかしその相手は、想像以上に早く見つかった。
「あー、えぇと、名前は知らないけど隣のひとー」
「……俺?」
左隣からの声にそちらを向けば、
「そうそう!」
と、笑顔で頷く男子生徒の姿があった。
入学して始めの頃の席は出席番号順になっている。
『滝長』である自分よりもあとの席であることから、その男子生徒の苗字がタ行以降だということは分かるが、名前は知らない。
男子生徒はニッと笑い、それから滝長桜也に尋ねた。
「俺よりも前ってことはナ行以前なんだろうけどそれ以外分からないし、名前を知らないとただ呼びかけるのにも不便だから名前をお聞かせ願いたいんだけど、お名前は?」
えらくフレンドリーなやつだと思いながらも、滝長桜也は自分の名前を口にする。
「滝長桜也」
「オーヤ? へー、なんかかっこいいねぇ。漢字は?」
「『おう』は『さくら』。『や』は漢文とかに出てくる『なり』だ」
桜が満開な時期に産まれたから、という、母がつけた名前だ。
ちなみに十二月生まれの兄は雪彦で、八月生まれの妹は海である。自分の名前に文句があるわけではないが、安直なネーミングではないだろうかと思う。
本人の言葉から考えるにナ行の苗字なのだろう男子生徒は、滝長桜也の説明に謎の声を上げた。
「おぉ、『さくら』! 俺の進化系!」
「は?」
進化系?
「俺は中谷雨里。ほら、イノシシの子供って『ウリ坊』って言って、」
嬉しそうにはしゃぐ、中谷雨里というらしい男子生徒に首を傾げる。
「で、イノシシの肉って『さくら肉』って言うじゃん!」
「……………イノシシの肉は『ぼたん』だろ」
『さくら』は馬の肉だ。
「あっれ、そうだっけ」
中谷雨里は、博識アピール失敗、とさして恥ずかしそうでも無く言った。
そんな、つい先ほどまでは名前も知らなかった相手に、滝長桜也は変なやつだと思いながらも笑う。
「美味しいよねぇ、ぼたん鍋。じいちゃんが好きで、冬によく喰うんだけどさ」
「よく喰うのに知らなかったのか?」
「まぁ正直旨けりゃ名前はどうでもいいし。俺、鍋物好きなんだよねぇ。桜也は鍋物で何が好き?」
その後二人の間で続いたのは、桜の舞う時期からも外れ、またおおよそ初めて知り合った者同士がするような会話からもズレたような会話だったが、
「湯豆腐……だな」
「湯豆腐いいよね! 味噌乗っけてさ、ポン酢もいいけど!」
「俺は、まずは何も付けずにそのまま喰うけどな」
「えーそれって冷奴――……ん? あ、冷えてないからいいのかな?」
「……中谷は冷奴に何もかけないのか? 醤油も?」
「かけないかけない。でも生姜は乗っける」
「じゃあ目玉焼きに「断然、塩コショウかケチャップだね、桜也は?」「俺は醤油だな」
今となって考えるに、二人らしさ溢れるものでもあったと言える。
ともかく、それが後の生徒会長と生徒副会長となる二人のファーストコンタクトであった。