美味しい御飯
*
私には、面倒くさがりなところもある。
「私、絶対にジェントルマンさんを探し出すよ」
「……頑張ってね」
意気込んでいる夕香を見て、まぁわざわざ説明するのも面倒だし、と考えた。
夕香が自分でジェントルマンさんを見つけ出して満足感を得られるなら、その方がいいとも思うし。
「ちゃんとお礼言って返すんだよ」
コロッケを箸でつまみながら夕香に忠告する。
教室の前の方には男子がかたまって円をつくり、後ろにはいくつかのグループに分かれた女子が。そんな昼休みのいつもの光景の中、私達もいつものように夕香の机の上に二人分の弁当を広げている。
スパゲティを頬張っていた夕香は頷いて、それを飲み下してから深刻そうな声で言った。
「ねぇ、やっぱりお礼の品でも準備して渡した方がいいのかな?」
「無くていいんじゃないの。傘、壊したり汚したりしてないんでしょ」
――だってあの人の場合、そんなことしたら、気を使ってまた倍返しでもしてきそうだ。
そんな相手の性格を知らない夕香は、箸を唇に当てたまま、うーんと考え込む。
それが『くわえ箸』になるのかどうかは分からないけど、あまり行儀がいいとは言えない。少し険しい顔をすると、夕香は慌てて食事を再開した。
「じゃあね? お礼じゃなくて、嬉しかった気持ちを表すために準備するのも、駄目?」
「いや、駄目じゃないし、夕香の思った通りにすればいいと思うけど、――……」
言いながら、手元にあるふりかけのかかったご飯に向けていた目線を夕香へと移す。
夕香が何でそこまで拘るのかを考えて、ふと思い至ったのだ。
「…………ひとめぼれ?」
お米の種類じゃない方の意味で。
確認するように口に出してみれば、夕香は口を閉じて俯いた。
普段から血色のいい夕香の頬が、ほんのりと更に赤くなっている気がする。……思わず箸を落としそうになった。箸が転げても笑える年頃とはよく言ったものだけど、笑えない。
「いい人だったし、それに、格好良かったんだよ!」
私の友人は、「好きなタイプは?」と尋ねられると、ほぼ「優しい人」と答える。
これは決まりかもしれない。
……いや、たぶん決まりだ。
それにしても、と頭を抱えたくなった。夕香まであの天然の毒牙にかかるとは。
もちろん『ジェントルマンさん』の行動は厚意からのものであって、……毒牙と呼ぶのはあまりにも失礼だろう。分かっている、それは分かっているんだけど、それでも。
「やっぱり、颯子は駄目だと思う?」
何も言わない私が怒っていると思ったのか、夕香はちらりとこちらを伺っている。
「別に私、反対はしてないよ。さっきも言ったけど、夕香の思った通りにすればいい」
「でも颯子は、その人のこと危ない人じゃないかって疑ってるんでしょ?」
あぁ。それはもういい。疑ってない。
最後の一口を食べ終えて、箸をケースにしまう。
「受けた親切にお礼をしようとする夕香は、いい子だと思うよ。もしも危ない人だったら、強烈なスマッシュにも即座に対応出来る夕香の足で逃げればいい」
私の夕香の足への賞賛に、
「へへ、ありがとうございます」
と、やはり照れて敬語で答えてから、夕香も弁当を食べるスピードを上げた。
それを横目で見ながら、私は読みかけの本を取り出して栞を挟んだページを開く。
「でもね、私、一目惚れなんて初めてなんだよ。どうしよう、颯子」
「……私に聞かれても。それこそ、どうしろって言うの」
本の中の主人公は、古くからの親しい友人に、自分の抱える悩みを吐露していた。
なかなか重いその悩みの内容に――、
「えーと。じゃあ、きっと私、颯子にいろいろ相談するから、一緒に考えてね?」
――私は主人公ではなく、その友人へとエールを送りたくなる。
大事な人の相談相手になるのは結構大変ですよね。あなたも頑張ってください。