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残響  作者: アイアンリバー


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1/2

第1章 ファイブスター

1

「おい、けんた!それ俺のパンだろ!」

放課後の教室に、テツの大きな声が響いた。

「え?何のこと?」

けんたは、口いっぱいにパンを頬張りながら、とぼけた顔をしている。

「お前、今食ってるやつ!」

「これ?俺のだけど?」

「袋に俺の名前書いてあるだろ!」

テツが机の上に置かれたパンの袋を指さした。そこには、黒いペンで大きく「テツ」と書かれている。

「……あ、本当だ」

けんたは一度袋を確認すると、悪びれる様子もなく笑った。

「まあ、もう食べちゃったし」

「ふざけんな!」

テツがけんたの頭を軽く叩く。

「痛っ!暴力反対!」

「人のパン食うな!」

その様子を見ていたカイは、参考書から目を離さずに言った。

「毎日同じことでケンカして、よく飽きないな」

「カイ、お前も何か言ってやれよ!」

テツが助けを求める。

「けんたが悪い」

「ほら見ろ!」

「でも、名前を書いて机に置いておいたテツにも問題がある」

「なんで俺まで怒られるんだよ!」

教室に笑い声が広がった。

そうすけは、そんな3人を見ながら自分のカバンを開けた。

「まあまあ。テツ、これ食べなよ」

そう言って、そうすけは自分のお菓子を差し出した。

「おお、ありがとう」

「そうすけ、優しいな!」

けんたがすかさず手を伸ばす。

「お前にはあげない」

「なんでだよ!」

再び笑い声が起こった。

そのとき、窓際の席に座っていたコウジが、声を上げて笑った。

「お前ら、本当に毎日楽しそうだな」

コウジはいつも笑っていた。

誰かが冗談を言えば、誰よりも大きく笑う。誰かが落ち込んでいれば、何も聞かずに隣へ座る。

特別に目立とうとするわけではない。

けれど、コウジがいるだけで、その場の空気は自然と明るくなった。

「なあ、コウジ。お前も何か言ってくれよ」

テツが言った。

「何を?」

「けんたが悪いって」

「うーん……」

コウジは少し考えるふりをしてから、けんたの肩を叩いた。

「けんた、今度からテツのパンには毒が入ってると思って食べろよ」

「なんで俺が毒入りなんだよ!」

「だって、そんなに怒ってるんだから」

また教室に笑い声が広がった。

コウジは、いつもこんな調子だった。

誰かを傷つけるような冗談は言わない。相手の表情をよく見て、みんなが笑えるところで話を止める。

そのことを、本人は特に意識していなかった。

ただ、みんなと一緒にいる時間が好きだった。


2

放課後、5人はいつものように一緒に帰った。

校門を出ると、夕日が道路を赤く染めていた。

「今日どうする?」

けんたが聞いた。

「どうするって?」

そうすけが答える。

「このあと。ゲーセン行かない?」

「俺はいいけど」

テツがすぐに反応した。

「お前、また金ないんじゃないの?」

カイが言った。

「いや、今日はある!」

「先週も同じこと言ってたぞ」

「今日は本当にあるって!」

「じゃあ、けんたが全部払ってくれるらしい」

コウジが笑いながら言った。

「えっ、なんでそうなるの?」

「お金あるんだろ?」

「あるけど、全部じゃない!」

そんな会話をしながら、5人は歩いていった。

途中、小さな公園の前を通りかかったときだった。

ベンチの近くで、一人の小学生がうつむいていた。

コウジは歩く速度を落とした。

「どうしたんだろう?」

「さあ?」

けんたが振り返る。

コウジは少し考えてから、小学生に近づいた。

「どうした?迷子?」

小学生は首を横に振った。

「違う……」

「そっか。じゃあ、何かあった?」

小学生は少し迷ったあと、小さな声で答えた。

「友達とケンカした」

「そっか」

コウジは無理に理由を聞かなかった。

「仲直りしたい?」

小学生はうなずいた。

「じゃあ、明日話してみたら?今日すぐに無理でもいいじゃん」

「でも、怒ってると思う」

「大丈夫だって。俺もよく友達とケンカするけど、次の日には普通に話してるし」

コウジは笑った。

「友達って、そういうもんじゃない?」

小学生の表情が少しだけ和らいだ。

「ありがとう」

「おう。またな!」

コウジは軽く手を振って、4人のところへ戻ってきた。

「何してたんだよ?」

テツが聞いた。

「ちょっと相談に乗ってた」

「お前、本当に誰にでも話しかけるな」

「いいじゃん。困ってる人がいたら、話くらい聞くだろ」

そう言ってコウジは笑った。

そうすけが、少し感心したように言った。

「コウジって、そういうところあるよね」

「どういうところ?」

「人のこと、よく見てるところ」

「そうかな?」

コウジは照れくさそうに頭をかいた。

「まあ、俺はみんなと楽しく過ごしたいだけだよ」

その言葉に、誰も何も返さなかった。

ただ、5人はまた並んで歩き始めた。


3

公園に着くと、5人はいつものベンチに座った。

ここは、学校帰りに何度も集まった場所だった。

特に何をするわけでもない。

くだらない話をして、笑って、気づけば暗くなっている。

そんな時間が、5人にとっては何より楽しかった。

「なあ、卒業したらどうする?」

けんたが突然聞いた。

「急にどうした?」

テツが答える。

「いや、もうすぐ卒業じゃん。みんなバラバラになるのかなって」

そうすけが少し考えてから言った。

「俺は就職かな。家のこともあるし」

「俺も働くと思う」

テツが続けた。

「カイは?」

「まだ決めてない」

「お前なら何でもできそうだけどな」

けんたが笑う。

「そんなことない」

カイは短く答えた。

「じゃあ、コウジは?」

そうすけが聞いた。

「俺?俺も普通に働くよ。とりあえず、生活できればいいかな」

「夢とかないの?」

けんたが聞いた。

コウジは空を見上げた。

「夢か……」

少し考えてから、笑顔で言った。

「いつかみんなで海外旅行とか行きたいな」

「海外?」

テツが聞き返す。

「そう。みんなで行ったら楽しそうじゃん」

「いいね!」

けんたがすぐに乗った。

「俺、海外行ってみたい!」

「お前はどこでもいいんだろ」

カイが言った。

「そうだけど!」

コウジは笑った。

「じゃあ、いつか5人で行こうぜ。絶対な」

「いいな、それ」

そうすけがうなずいた。

テツも笑いながら手を上げる。

「約束な!」

5人は、何となく手を重ねた。

それが本当に実現するかどうかなんて、誰も考えていなかった。

そのときは、5人でいられる未来が当たり前のように続くと思っていた。


4

それから数年が経った。

5人は高校を卒業し、それぞれ社会人になった。

住む場所も、仕事も、生活の時間も少しずつ変わっていった。

それでも、4人は定期的に集まっていた。

コウジも、もちろんその中にいた。

しかし、一年前。

その日常は突然終わった。

コウジは通勤途中、原付バイクで交通事故に遭った。

ただ、いつもと同じように仕事へ向かっていた朝に、突然事故が起きた。

知らせを聞いた4人は、最初、何を言われているのか理解できなかった。

「嘘だろ……」

テツは何度もそう繰り返した。

「昨日、普通に連絡したじゃん……」

けんたはスマホを握りしめたまま、動けなかった。

カイは何も言わず、ただ下を向いていた。

そうすけは、涙をこらえることができなかった。

葬儀の日。

4人は並んで立っていた。

コウジの写真は、いつもの笑顔だった。

その写真を見るたびに、そうすけは胸が苦しくなった。

「また明日な」

最後に会ったとき、コウジはいつものようにそう言って笑っていた。

その明日は、もう来なかった。


5

現在。

カイは、都内の会社でパソコンの画面を見つめていた。

時計は午後9時を過ぎている。

周囲の席はほとんど空になっていた。

「カイさん、まだ帰らないんですか?」

同僚が声をかけた。

「ああ、これだけ終わらせてから帰る」

「大変ですね」

同僚はそう言って帰っていった。

カイは画面に目を戻した。

仕事は嫌いではない。

むしろ、周囲からの評価も悪くなかった。

ただ、毎日同じことを繰り返す生活に、少しずつ飽きていた。

何かを変えたい。

そう思うことはあっても、何をすればいいのか分からなかった。

カイはパソコンを閉じ、椅子にもたれた。

「……このままでいいのか」

小さくつぶやいた。

一方、そうすけは職場で上司に呼び止められていた。

「そうすけ君、悪いんだけど、この仕事もお願いできるかな?」

「はい、大丈夫です」

反射的に返事をしていた。

本当は、今日は早く帰りたかった。

しかし、困っている人を見ると断れない。

昔からそうだった。

仕事が終わった頃には、外はすっかり暗くなっていた。

そうすけは駅まで歩きながら、スマホを取り出した。

グループチャットには、しばらく新しいメッセージが届いていない。

4人で集まることも、以前より少なくなっていた。

「またみんなで飲みたいな」

そう思いながら、スマホをポケットにしまった。

テツは、工場の休憩室で缶コーヒーを飲んでいた。

「お前、今日も残業?」

同僚が聞いた。

「まあな」

「大変だな」

「別に」

テツは短く答えた。

仕事に不満がないわけではない。

毎日同じ作業を繰り返し、給料も大きく変わらない。

頑張っても、何かが変わる気がしなかった。

「何のために働いてんだろうな」

テツは缶コーヒーを飲み干した。

そして、けんた。

けんたは自宅のソファに寝転がり、スマホで動画を見ていた。

仕事は続けているものの、これといった目標はない。

友達と遊ぶことは好きだが、最近はそれぞれ忙しく、以前のように頻繁に会うこともなくなった。

「暇だな……」

けんたは動画を止めた。

ふと、昔の写真を見返す。

高校時代の5人の写真。

真ん中には、笑顔のコウジが写っていた。

「懐かしいな」

けんたは少し笑った。


6

その夜、けんたはグループチャットを開いた。

しばらく考えたあと、メッセージを送った。

けんた:

「みんな、久しぶりに飲まない?」

すぐにテツから返信が来た。

テツ:

「急だな笑」


けんた:

「たまにはいいだろ!」


そうすけ:

「いいね!いつにする?」


カイ:

「金曜なら空いてる」


けんた:

「じゃあ金曜な!」


たった数行のやり取りだった。

けれど、けんたは少し嬉しかった。

4人が揃うのは久しぶりだった。

金曜日。

4人は、昔からよく通っていた居酒屋に集まった。

「おー!久しぶり!」

けんたが店に入ってくる。

「お前、相変わらずうるさいな」

テツが笑った。

「元気が取り柄だからな!」

「それしかないだろ」

カイが冷静に返す。

そうすけも笑いながら席に着いた。

「みんな変わってないね」

「いや、俺は大人になったよ」

けんたが胸を張る。

「どこがだよ」

テツがすぐに突っ込んだ。

4人は昔と同じように笑った。

料理が運ばれ、酒が進む。

仕事の話、最近あった出来事、昔の失敗談。

話題は次々と変わっていった。

しばらくすると、そうすけがグラスを置いた。

「そういえばさ……」

3人がそうすけを見る。

「コウジがいたら、今ごろ何してたかな」

一瞬、テーブルが静かになった。

「絶対、けんたのパン勝手に食ってるだろ」

テツが言った。

「いや、俺のパンはコウジが守ってくれてたから!」

けんたが反論する。

「逆だろ。お前がいつも食われてたじゃん」

カイが笑った。

「そうそう。コウジ、よく俺のことも勝手に撮ってたよな」

そうすけが言った。

「変な写真ばっかりだったな」

テツが続ける。

4人は笑った。

懐かしい記憶が、次々と浮かんでくる。

コウジがいた頃の何気ない日常。

くだらない会話。

何度も繰り返した冗談。

もう二度と戻らない時間。

笑い声が落ち着いた頃、そうすけが小さく言った。

「もう一年か……」

「早いな」

カイが答えた。

「まだ、たまに連絡が来そうな気がするんだよな」

けんたはグラスを見つめた。

「分かる」

テツが短く答えた。

誰も、コウジのことを忘れたわけではなかった。


7

そのとき、店のテレビから聞き覚えのある言葉が流れてきた。

『今回取り上げるのは、海外で起きた大規模な銀行強盗事件です』

画面には、海外の銀行を映したニュース映像が流れていた。

『犯人たちは多額の現金を奪い、事件は世界中で大きく報道されました』

けんたはテレビに目を向けた。

「すげえな……」

テツがテレビを見る。

「何が?」

「いや、こんなこと本当にやる奴がいるんだなって」

カイはグラスを置いた。

「海外では、映画みたいな事件が実際に起きることもある」

「でもさ、もし成功したら人生変わるよな」

けんたが言った。

「また始まったよ」

テツが笑う。

「いや、もしもの話だって」

けんたはいつもの調子で続けた。

「例えばさ、銀行強盗で大金を手に入れたら、仕事なんかしなくていいんだぜ?」

「その前に捕まるだろ」

カイが冷静に答える。

「夢がないなあ」

「現実の話をしているんだ」

そうすけは少し困った顔で笑った。

「でも、みんなで海外に行くって話は昔してたよね」

その言葉に、けんたが反応した。

「そうそう!高校のとき、コウジと5人で行こうって約束したじゃん!」

「そんなことも言ってたな」

テツが懐かしそうに笑う。

「いつか行けたらいいな」

そうすけが言った。

カイはテレビを見つめたまま、静かに口を開いた。

「……人生を変える方法なんて、そう簡単には見つからないけどな」

けんたはグラスを置いた。

「でもさ、何かきっかけがあれば変わるかもしれないじゃん」

「きっかけねえ」

テツがつぶやく。

4人は、それ以上深く話さなかった。

その夜は、久しぶりに集まって酒を飲み、昔話をしただけだった。

店を出ると、夜風が少し冷たかった。

「また集まろうぜ」

けんたが言った。

「おう」

テツが答える。

そうすけも笑顔で手を振った。

カイは短くうなずいた。

4人は、それぞれの帰り道へ歩き出した。

そして、誰もいなくなった居酒屋のテレビでは、銀行強盗事件の特集がまだ続いていた。


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