第92話 最たる一手
「動くな!!」
部屋に響き渡ったその声によって、亜人の動きがピタリと止まる。
「おい、御子神、てめぇ、何のつもりだ!」
ハデスが怒りの矛先を向けたのは、光亮さんに対してだった。
そう、あの声は間違いなく、この戦いの最中も静観していた、光亮さんの声だ。
「どうもこうも、俺が魔狼だからだぜ?ずっと言ってるだろ」
ここへ来た時もそう言っていた。
自分がガルムだからだと。
どういうことだ?
「ああそうだ、お前は俺らガルムの一員だ。なのになんでお前は今このガキ共を助けてやがる」
ハデスは語気を強め、光亮さんを思いっきり睨みつける。
「俺らなんて括らんで欲しいわ。お前らなんぞただのチンピラの集まり、ガルムでもなんでもねぇよ」
「んだと?クソジジイから俺が奪い取った組織、それがガルム、俺の組織だ!」
「そもそもガルムを組織だと思ってるのが間違いなんだよ。ガルムとは総称だ、ダンジョンに潜る奴らを冒険者と呼ぶのとかわんねぇ」
「あ?なんだそりゃ」
光亮さんが何を話しているのか分からない。
状況が理解できず、皆が2人の会話に息を飲む中、漆原さんがゆっくりと前に歩みでる。
「あなたの祖父、堂坂 平八郎さんは、確かにガルムでした。だけどそれは組織名でも二つ名でもないわ。ガルムとはダンジョン黎明期に国が混乱を治める為に集めた様々な専門家の方々につけられた総称。言わばダンジョンの侵略から国を守るために集められた防人の事をガルムと呼んでいるのよ」
冒険者とは違う、国が集めた専門家?
そんなの聞いたこともないが、ダンジョン黎明期の頃の話は、何となく皆話さないようにしている節がある。
きっと何かがあったのだろう。
「なんだそれ、ジジイはそんな事、一言も言って無かったぞ!組織を作ってお山の大将気取ってるだけの堅物が、んな英雄みたいな扱いされるわけがねぇ!」
「あの人は間違いなくガルムだったよ。あの頃混乱渦巻く世界で、路頭に迷った奴らを束ねて、国を守るための道を示した。少々荒くれもんばかりが集まるところはあったが、真悟さんも、皆平八さんのことは慕ってた。その一遍すらあんたには引き継がれなかったみたいだけどな」
ハデスが奥歯を噛み締め、恨めしそうに光亮さんを睨む。
「つまり、お前はこの状況になるのを待ってたわけだ、俺がこのフロアに隠し球であるコイツらを呼ぶのを」
「あぁ、バラバラにいるやつらに順番に命令をしても、どっかで間違いなく気付かれるからな。ハデスの力を考えて源志達をここに来るように仕向けたのも、俺と杏香さんの作戦だぜ?」
な!?
やっぱり師匠も一枚かんでたのか!
いや知ってたけど!
てかそうだよ、光亮さんがここにいるのもあの人ならやりそうな事じゃねぇか。
「どうやら、これで本当にチェックメイトのようだな。大人しく投降しろ、堂坂」
風間さんがそう言ってハデスに歩み寄る。
「ハッ!巫山戯んじゃねぇよ、どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって、何がガルムだ、ただの国の犬どもじゃねぇか!俺は違うぞ、俺が、俺が全部喰らい尽くす!」
「ギャウ!!」
「この山猿めが」
一瞬の出来事、今まででいちばん早いんじゃないかという動きで、白虎がハデスの首を手刀ではねとばす。
「源志くん!」
一瞬の出来事に誰も、俺も反応できなかった。
『ちょ、お前の気持ちも分かるが、今首を落とすのは』
『駄目じゃ、間に合わなんだ、ここは最下層にも関わらずマナが薄すぎる、その理由を考えるべきじゃった』
『お前、何言って』
『すまん最悪の事態じゃ、ここはもうあの方の手から離れておる、逃げろ』
白虎が何を言ってるのか分からないが、どうやら相当まずい状況らしい。
「こやつは死んでおらん!死にたくなければ全員この場から離れるんじゃ!」
『すまぬ、我はここまでじゃ、きついじゃろうが逃げてくれ』
そう言葉を残し、意識が身体に戻ると、一気に倦怠感が押し寄せてくる。
だがここで蹲る訳には行かない。
「源志くん、どういうこと?」
「分からない、が、信じてくれ!全員この建物から退避だ!」
「いや、もう遅い」
声が床の方から響く。
その声の主の方を向くと、そこには生首が転がっている。
「なんで喋ってんだ、気持ちわりぃ」
千國がそう言葉にすると、生首はニヤリと笑い、コロコロと転がって胴体へと近づいていく。
「さっきから何起ぎでらんだが、わっきゃ、何信ずだっきゃ」
光亮さん以外疲労も限界を迎えている。
だがここで今逃げようものなら、そいつからやられる。
それが分かっているのか、それともただ全員で生き残る道を誰もが模索しているのか、誰もその場から動けない。
「賢明な判断だな、なればこそ、首を差し出すことでソナタらの愚行を許そう」
「その化け物を狩れ!お前たち!」
光亮さんの一言で、亜人達が一斉にハデスだったものに襲いかかる。
「ああ、哀れなり」
亜人達からの攻撃を受けてなお、一切微動だにせず首を拾い上げると、それをゆっくりと身体に付け直す。
その途端、身につけているものが別の物に置き換わる。
麻の小袖に身を包んだ、何処と無く厳かで荒々しい風貌。
小脇には見慣れない形の剣を携えている。
「悲しき性を持って産まれしもの達よ、ただ一思いに逝くがいい」
それはただ撫でるように剣をひと振りすると、亜人達の首がその場に転がり落ちる。
「おいおい、アイツら、フロアボス級の強さなんだろ?どうなってやがる」
千國もみんなも一応戦闘態勢を取っているが、これは絶望的だろ。
そう思った瞬間、目の前にそれは立っていた。
あ、これは、死んだかもしれないな。
読んでいただきありがとうございます。
光亮さんは敵じゃなかった!
そう思ったのも束の間、源志くんの首が胴体とおさらばしそうです。




