99.詐欺師、還らず
前回の話
イスラはアバン王子との婚約を公式に宣言する式典に参加することになった。
初夏の日差しが降り注ぎ暑いとすら感じるその日は、朝から派手な装飾のたくさん付いたドレスで王城に向かった。
いよいよアバン王子との婚約を決める式典の日を迎えたのだ。
この式典が終われば、正式に俺が王族入りできることを貴族社会全体に発信できる。
そうなればもはやこの国自体が俺の手中に収まると言っても過言ではない。
地位、金、情報、美貌、人脈、あらゆるものが俺の思いのままなのだ。
一介の詐欺師からここまで成り上がったことに達成感を感じないではいられない。
俺は予定通りの時間に式典の会場に入った。
細長い部屋の奥にはアバン王子が待っており、入り口から王子のいる場所までは花道が作られている。
そしてその脇には多くの貴族たちがいた。
俺は貴族連中の視線を一心に受けながら、ゆっくりと花道を歩いた。
貴族たちの視線は嫉妬、羨望、敵意、打算など様々な感情が混ざっているが、王妃になった暁にはこいつらの処遇も思いのままなのだ。
今だけは自由にさせてやろう。
たっぷり時間をかけて歩き、アバン王子の目の前までやって来たが、王子は浮かない顔をしている。
まるで化け物でも見るかのような目で俺のことを見て来る。
しばしお互いを見つめ合う無言の時間が流れた。
「アバン王子、緊張しすぎですよ」
小声で進行を促すと、アバン王子は怯えたような顔になり、すぐに声を上げた。
「皆の者、よく集まってくれた。今日皆を呼んだのは他でもない。余の新しい婚約者が決まったので紹介しようと思う。余はこのイスラ・ヴィースラーと婚姻することをここに誓おう」
アバン王子は貴族連中に俺のことを宣言してくれた。
若干声に震えが混ざったが、及第点だ。
俺もまた声を張って挨拶をした。
「ご紹介に預かりました、イスラ・ヴィースラーです。未熟者ではございますが、精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします」
小さく礼をすると、会場内から拍手が上がった。
こんなものはお世辞のようなものであり、ただのお約束だとは分かっていても気分は高揚した。
悪い気分ではない。
ようやく全てを手に入れたという実感が湧いてきた。
だが、その時
そんな高揚感を一瞬で吹き飛ばす、信じられないものが目に入った。
「イスラちゃん!!!」
会場の入り口にレティシアが立っている。
しかもご丁寧に俺の名を叫んだことで、他の貴族連中やアバン王子も彼女の存在に気が付いた。
恐らく俺の屋敷に置いてあったドレスを着ており、かつての公爵令嬢時代に近い姿での登場だが、その手に握られた白く長い杖のようなものだけが異彩を放っている。
レティシアの狙いが何かは一切不明だが、今できる最善手を打つしかない。
「レティシア様……っ!!! よくぞご無事で!!!」
俺もまたレティシアの名を叫び彼女の方に駆け寄った。
切羽詰まった場面ではあるが、目に意識を集中して無理やり涙を流した。
久しぶりの演技だが、上手くいって良かった。
レティシアもまた、俺の方に駆け寄り、花道の真ん中あたりで俺達は熱い抱擁を交わした。
感動の再会を演出しつつ、俺は小声でレティシアに耳打ちした。
「レティシア、お願い。今は私に話を合わせて」
レティシアの考えは分からないが、彼女が俺を糾弾したらすべてが終わりだ。
彼女がまだ俺にチャンスをくれることを祈りつつ出方を伺った。
「イスラちゃん、もう大丈夫だよ。助けにくるのが遅くなってごめんね」
「レティシア、一体何を……」
「これからはずっと一緒だから、心配しないで」
レティシアが何を言っているのかはさっぱり分からないが、ここから上手く立ち回るにはどうしたらいいのか。
「……う“っ」
頭を全力で回転させていたら、腹の辺りに突然違和感を感じた。
視線を下げると、俺の腹に何か刃物のようなものが刺さっている。
一体何が起こっているのか分からない。
一瞬頭が真っ白になったが、どうやらレティシアが手に持っていた白い杖のようなものは杖ではなく、白い布を巻いた肉切り包丁だったことが分かった。
彼女はそれを俺の背中から思い切り突き刺したのだ。
俺の胴体を貫いた切っ先はそのままレティシア自身の腹にも突き刺さっている。
俺とレティシアは一本の刃物で串刺しになったということか。
「レティ……シア……どう、して……」
この世界には他者への暴力行為をしようとすると体が勝手に動かなくなる、通称『平和の神の祝福』という法則がある。
それにも関わらず、レティシアは俺にこのような仕打ちをすることができた。
その理由は、何だ?
俺は顔の向きを変えてレティシアの顔を見た。
「これで、イスラちゃんは私だけの……ゴホッ!」
レティシアの目は狂気に満ちており、まともな状態ではないことは良く分かった。
口から血を吐いているにも関わらず嬉しそうな顔をしている。
そしてその虚ろな目が俺の視線とぶつかった。
「ずっと、……一緒に……」
何かを呟いたと思ったら、レティシアは顔を近づけてきた。
そして血に染まる唇で口づけをしてきた。
俺の口の中がにわかに血の味で染まった。
(レティシアは、俺のことを殺そうとしたわけではない?)
ここにきてようやく以前モーリスが妹をぶった場面のことを思い出した。
その時にもモーリスは家族のことを思って自然と手が出たと言っていた。
『平和の神の祝福』は他人を害する意志には適用されるが、害意のない暴力行為には適用されない。
つまり、レティシアは俺を害する目的ではなく、俺との永遠を刻むという目的でこの凶行に及んだというのか?
しかし今更そんなことが分かっても仕方がない。
先ほどから刺された腹部が異常な熱を放っているように感じる。
その一方で手足の先が冷えて、まともに立っていられない。
「ゴホッ」
俺も口から血を吐き、膝から崩れ落ちた。
串刺しになっているレティシア共々、もつれるように床に転がった。
そして俺はこんな状況で前世の記憶を思い出した。
俺は前世でも腹を刺されたことがある。
金を貸していた債務者の男に金を返すから会ってくれと言われて、会いに行った際に刺されたのだ。
それが前世の俺の死因だったことを思い出して、思い至る。
(俺はこの後死ぬのか?)
前世で死んだ時と全く同じ感覚を今の俺も感じている。
つまり、このままいけば俺は死ぬのだろう。
「誰か……」
死にたくないと思い、最後の力を振り絞って放った助けを求める声も周囲の喧騒に消えた。
親しい者たちは全員破滅させたか、操り人形のように扱ってきたからこの場には真に俺の味方と呼べる人間は誰もいない。
この場には俺達を助けようとする者は、誰一人いなかった。
絶望の中、視界が段々狭くなってきた。
周囲の喧騒も聞こえない。
ただ、レティシアの狂気的な笑みが視界に入るだけだ。
(死にたくない……が…………ま…………)
そして遂に視界も真っ暗になり俺は意識を手放した。
次の話は同時投稿済です。
バッドエンドでは終わりません。
是非、続きを読んでいただくようお願いします。




