100.今日から私は!
前回の話
イスラはレティシアの凶行により王城で倒れたのだった。
(ここは一体……?)
気が付くと俺は真っ黒な暗闇の中にいた。
真っ暗な暗闇の中で自分の体さえも見えず、意識だけがここにある。
俺はこの場所を知っている。
ここは前世で死んだ後にやって来た死後の世界だ。
ということはつまり……。
『おめでとうございます!! あなたは見事やり遂げたのです!!』
機嫌の良さそうな女の声が頭の中に響く。
この声のことも俺は知っている。
俺を転生させた張本人である自称女神だ。
「やり遂げた、とはどういうことだ?」
『あなたが身をもって王子に女性の危険性を示してくれたおかげで、あの後王子は女性と一切関わることなく一生を終えました。私の最初の依頼である王子が子を残さないようにしてほしいという条件をあなたはクリアしてみせたのです!』
自称女神の話によると、俺はどうやら不本意ながらも彼女の依頼を達成できたみたいだ。
だからこそ、再びここに来れたのか。
『それでは約束通り、あなたの次の転生先を決めましょう』
そしてそういえばこの依頼を達成すれば、次の人生も好きに決められるという話だったことを思い出した。
あまり興味のない内容だったので忘れていたが、好きな転生先を選べるというのは悪くない話ではないだろうか。
生まれながらにして富、名声、力、あらゆるものを持った人生を過ごすのはどうか?
いや、今度は男に生まれて美女を侍らせるか?
しかし、どの人生も幸せになれる気がしない。
最終的にどの人生も腹を刺されて終わるような気がした。
(俺は、何のために生きるのか?)
そう考えると全てが空しい。
思い返すとイスラ・ヴィースラーとしての人生も他人を利用すること以外に何もしてこなかった。
(……いや、違う)
そういえば、レティシアのことだけは最後まで手放すことができなかった。
その甘さが致命傷になったというのに、不思議と俺はレティシアのことを嫌いになっていない。
(俺は、レティシアのことをどう思っていたのだろう?)
誰よりも美しく、優しく、高潔で、それなのに二人の時は妙に子供っぽいところや強引なところもあった年相応に可愛らしい女の子。
しかし、思い出されるは死ぬ直前に見た狂気に満ちた顔だ。
最期に見たのがそんな顔だというのはひどい話だ。
せめてもう一度だけでも、俺は彼女の笑顔が見たい。
いや、欲を言えば彼女にはずっと笑っていてほしい。
そんな簡単なことに死んでから気が付くなんて自分でも呆れるくらい間抜けな話だが、幸いにも今ならまだ間に合う。
そうなれば答えは一つだ。
「もう一度イスラ・ヴィースラーとしての人生をやり直させてくれないか?」
『いいのですか? 今度は次の転生は保証しませんよ?』
「構わない」
『そこまで言うなら構いません。本来、同じ世界への転生はできないのですが、私の権能で全く同じような世界を作り、そこに生まれ変わってもらうということなら可能です。あくまで極めて似た世界、ですので今度はアバン王子の子作りを阻止する必要もありません。自由にあの世界を満喫してください。……それでは、次こそ満足のいく人生を送れることを祈っています』
自称女神の言葉が終わる時、俺の意識は深い闇の底に落ちた。
次に目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。
勢いよく飛び起き、周囲を確認する。
ここは間違いなくイスラ・ヴィースラーの私室だ。
ベッドから下りて部屋の中を確認しようとして違和感に気づく。
(歩幅が小さくなっている)
歩く感覚がおかしい。
まるで体が縮んでいるかのような。
そこまで考えて俺は慌てて鏡を見た。
背中のあたりまで伸びた黒い髪に白い肌。
俺の良く知るイスラ・ヴィースラーの容姿そのものだが、明らかに若い。
恐らく10代前半だ。
「おはようございます、イスラお嬢様。今日もお早いですね」
自分の容姿に驚いていると、侍女のメッツが部屋に入って来た。
俺は思わずメッツに聞いた。
「メッツ、私は今何歳だったかしら?」
「14歳ですが……いきなりどうされたのですか?」
「なんでもないわ。それより、今日の私の予定はどうなっていたかしら?」
「本日はイスラお嬢様の社交界デビューで、アバン王子とお会いになると仰っていましたよね? もしかして、具合でも悪いのでしょうか?」
「ごめんなさい、少しだけ寝ぼけていたようね。体調は大丈夫だから、予定通りお茶会には出席するわ」
メッツは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
メッツに心配をかけただけあって、俺もようやく今の状況を正しく理解できた。
(今日は初めてレティシアと会った日だ)
つまり今日から俺はまたレティシアと出会い、関係を持つことができる。
今度こそ俺はレティシアに心から笑ってもらえる日々を与えてやりたい。
そのためには、まずは前世と同じく友人関係から始めるのがいいだろう。
だが、その先が同じでは結局二の舞を演じるだけだ。
変わらなければならないのだ。
俺は…………いや、私は。
考えてみれば“俺”というのは二つ前の前世で詐欺師だった男の名残でしかない。
今の私はイスラ・ヴィースラー子爵令嬢という可憐な少女だ。
自分のことを”俺”という必要なんてない。
”私”は、”私”としてレティシアと向き合う。
そしてそのためにも、もう他の誰かを騙したり、陥れたりはしない。
そんな方法で得られたものなど、空しい結果に繋がるだけだと前世の最期で身に染みて理解した。
詐欺師はもう終わりにしよう。
しかしそうなると、私は一体何者なのだろう。
ただの貴族令嬢?
いや、レティシアを笑顔にするということは、最終的にはアバン王子の婚約者をやめてもらうしかないだろう。
あの王子と結婚して幸せになれる女などいない。
そうなると、結局は他人の婚約破棄のために行動するという悪事を働くことになってしまう。
とはいえ、これはただの悪人ではない。
レティシアに幸せになってもらうために、あえて悪を働くということだ。
悪役に徹する、とも言い換えられるかもしれない。
(悪役…………悪役令嬢!)
そうだ。
悪役令嬢というのがしっくりくる。
国のトップである王子と侯爵令嬢の婚約を破談にするために暗躍し、それでいて誰かを傷つけることなく立ち振る舞う女。
(待っていて、レティシア。今度こそあなたを……)
心の中で静かに決意する。
今日から私は、悪役令嬢だ!
次回投稿日:6月25日(火)予定
次回から第三章『悪役令嬢編』開幕です
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