101.変わらない世界と変わる私
前回の話
イスラは14歳の頃の自分に再度転生し、クリーンな生き方でレティシアを笑顔にする決心をした。
この国の貴族は14歳の誕生日を迎えると、社交界にデビューするしきたりがある。
私、イスラ・ヴィースラーも今まさにその時を向けようとしているが、前世で同じ日を迎えた時とは同じこともあれば違うこともある。
違うことがあるとすれば、目的と手段だ。
前世ではアバン王子と接触して婚約者となるという目的のために彼の婚約者であるレティシア・フローリア公爵令嬢と親しくなったり、外道な策略で他者を陥れたりした。
しかし、これからの私の人生においての目的はアバン王子ではなく、レティシアの方だ。
私の願いは彼女に幸せになってもらうということであり、そのための手段として他社を傷つけるようなことはしないことを誓った。
その代わりに、ひとつ前の前世では17歳まで生きた私にとって、これから出会うであろう人々のことは概ね理解しているという情報のアドバンテージはある。
(できるの……? 本当に、そんなことが)
今までの私は二つ前の前世である詐欺師の男のやり方を踏襲して他人が大切にしているものを平気で踏みにじったり、息をするように嘘を吐いていた。
そのやり方を封印して、全く別の方法で王子の婚約者にアプローチすることへの不安はある。
(だけど……やるしかない!)
私は決意を胸にこの人生では初めてのお茶会に向かった。
侍女のメッツに支度を手伝ってもらい支度を済ませると、私は馬車に乗って王城を目指した。
見慣れた街並み、見慣れた景色を眺めつつもお茶会の会場である王城の中庭までたどり着いた。
前世でも全く同じ手順でここまで来たので、レティシアの居場所は分かっている。
今は取り巻き達と談笑しているが、そのうちアバン王子がやって来て彼女を連れて行ってしまう。
時間はあまりない。
すぐに行動しよう。
記憶を頼りに会場の中を移動すると、レティシアのことをすぐに見つけることができた。
比類ない美しさ、上品な所作、控えめな笑みを絶やさない優美さ、その何もかもが懐かしい。
しかし今の彼女はまだ誰にも心を開いていない、上辺だけの作り笑顔で周囲に接している状態だ。
そのことを知っている身としては些かもどかしく思う。
だけど、きっとすぐにその仮面を剥がしてみせる。
「ご機嫌よう、レティシア様。突然のご挨拶をお許しください。私はヴィースラー子爵家の娘でイスラと申します」
前世の時と同じように私はレティシアに話しかけた。
レティシアは突然話しかけられたにも関わらず、笑顔で私の相手をしてくれた。
「ご機嫌よう、イスラちゃん。初めて見る顔ね」
「この前14歳になったばかりで今日は初めての社交界です」
「やっぱり今日が初めてだったのね。こんな可愛らしい子なら一度見たら忘れないもの」
私が前世の言動をなぞると、目の前のレティシアは記憶の中のレティシアと一言一句同じ返答を返してくれた。
自称女神の言っていた限りなく同じ世界、という言葉に相違はなさそうだ。
ということは、このままレティシアと友人関係になるまでは前世の行動を模倣するだけでいいのだが、そのことに反発する気持ちが湧きあがってきた。
(私は、私の人生を生きると決めたはずだ)
このままでは詐欺師だった頃と何も変わっていない。
気持ちだけ変わっていても、それが行動に反映されていなければ変わっていないのと同じだ。
変わろう。
今、この瞬間から。
前世ではこの後、様子見のためにお世辞を並べたが、私は自分の気持ちをそのままレティシアに伝えることにした。
「レティシア様!」
「!? 何かしら、イスラちゃん!?」
景気づけに大き目の声でレティシアの名を呼ぶと、彼女は少し驚いたような表情を見せた。
大きく息を吸い込み私は宣言した。
「私はきっと、レティシア様のことをもっと幸せにしてみせます!」
「ええっと……ありがとう?」
私の大胆な発言を聞いたレティシアは明らかに動揺している。
確かに客観的に見れば今の私はかなり頭のおかしいことをしている。
初対面かつ自分より身分の高い相手にこんなことを言うなど失礼以外の何物でもない。
実際、レティシアの隣に立っている取り巻きのラスカル・マテリアル侯爵令嬢は親の仇のような目で私のことを睨んでいる。
しかし、不思議と悪い気はしない。
ようやく詐欺師の人生のしがらみを断ち切れたような気さえしてきた。
異様な雰囲気の中で私達に近づいてくる人の気配があった。
「レティシア、待たせたな。……その女の子は?」
その人物はレティシアの婚約者であるアバン王子だ。
顔はいいものの、生まれながらの権力者として過ごしているせいか精神的には打たれ弱く、また好みの女のタイプが自分に従順で自己主張をしない性格という身勝手な部分を私は知っているので、もはや一ミリも尊敬することができない。
とはいえ、この国でトップの権威を持っているので失礼な態度を取るわけにもいかない。
レティシアは多少ぎこちないながらも作り笑顔で王子の相手をした。
「子爵令嬢のイスラ・ヴィースラーちゃんです。先ほど……知り合いになったんです」
レティシアは俺のことを知り合いと評したが、前世の時は『お友達』と言ってくれた気がする。
やはりおかしなやつだと思われたのかもしれない。
私は気を取り直してアバン王子にも挨拶をした。
「お初にお目にかかります。ご紹介に預かりましたヴィースラー子爵令嬢のイスラと申します」
「そうか。それよりもレティシア、向こうにお前に紹介したい者がいる。付いてきてくれ」
「かしこまりました」
そして前世と同じようにアバン王子はレティシアを連れていってしまった。
ここまではほとんど予定通りの流れだ。
あとはレティシアに接近するように手紙を送り続けるだけだ。
そうすれば約2か月後には再び会うことができるはず。
しかし、今回は2か月も待つ必要はなかった。
初めてレティシアに合ってから1か月後、私はレティシアの屋敷に呼ばれていた。
「イスラちゃん、よく来てくれたわね」
「お邪魔いたします、レティシア様」
レティシアの屋敷の客間に通され、私は彼女と二人で相対した。
ここに来るのも久しぶりだが、記憶の中の間取り通りだ。
レティシアは張り付けた笑顔で私に問いかけた。
「早速だけど、この前私に言ったこと、覚えている?」
「はい。レティシア様のことをもっと幸せにしてみせます、と申し上げました」
「あれはどういう意味だったのかしら?」
レティシアは顔には穏やかな笑みを浮かべているものの、目はこちらを射抜くような真剣さを含んでいる。
この感覚も懐かしい。
彼女は他人の本質を判断するのが上手かった。
前世では詐欺師としての本質を見抜かれないよう必死に抵抗したが、今はその必要はない。
私の思うがままをぶつけるだけだ。
「どういう意味も何も、言葉通りです。レティシア様には幸せになっていただきたいのです」
「それは、どうやって? イスラちゃんは何をするつもりなの?」
「特別なことは何もしません。私が側にいるだけで、レティシア様はきっと心強く思うはずです」
「大した自信ね。それと幸せになってほしい、と言ったけれど、イスラちゃんから見て、私はそんなに不幸せそうかしら?」
「そんなことはありません。ただ、今のレティシア様はより大きな幸福を知らないだけなのです。私がそれを示してみせます」
レティシアは私の発言の細かな点をも丁寧に確認した。
恐らくレティシア自身も何か私の言葉に引っかかるものを感じたのだろう。
そして一通りの質問を終えると、一呼吸置いて最後の質問に移った。
「最後に、どうして私にそんなにこだわるのかしら?」
「私がレティシア様のことを大切に思っているからです」
「この前初めて会ったばかりなのに?」
「はい」
私は終始レティシアから目を逸らさずに思いを伝えた。
自分の気持ちを偽らずに正面から伝えるのは初めてのことだったが、思ったよりも緊張してドキドキした。
私の回答を聞いたレティシアは難しい顔で何かを考えた後に結論を述べた。
「イスラちゃんは変わった子ね」
どうやら私の正直な気持ちは伝わり切らなかったようだ。
予想以上に悲しい気持ちが湧きあがる。
(そうか、人に気持ちを伝えるのって、大変なんだな)
いままではずっと逃げてきたことに向き合うのは苦しいこともある。
それは分かっていたはずだけど、実際にその苦しみを味わうと心が折れそうになる。
「そんな顔しないで、イスラちゃん。あなたが悪い子じゃないことは伝わって来たから」
思わず黙ってしまった私にレティシアがフォローの言葉をかけてくれた。
そんなにしけた顔をしていたのかと自分でも驚いた。
レティシアはさらに続けた。
「イスラちゃんは裏心なしで、本当に私のことを思ってくれているような気がする。だけど、それが何でかは分からない。だから、しばらくは様子見をさせて。まずは他のお友達も集まるお茶会なんかに参加してみてもらえるかしら?」
「もちろんです。是非参加させてください!」
手順が多少変わりはしたが、今回の人生でもまずはレティシアの取り巻きとなることには成功した。
汚い手段でなくてもできることはある。
この調子で、この人生では上手くやってみせる!
次回投稿予定日:6月28日(金)
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