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96.嘘つきを濡らす雨(2)

前回の話

ユフィーが突然選考を辞退した。

昨日はあんなことがあったので、俺の選考についても一旦保留となったわけだが、そんなことよりも王城はユフィーの噂で持ち切りらしい。


曰く、気がふれてしまったとか、曰く酒でも飲んで酔っ払っていたのではないかとか、あるいはライバルである俺が無理やり辞退を迫ったのではないか、とか様々な憶測が飛び交っているそうだ。


彼女が選考をいきなり辞退した本当の理由は俺にも分からないが、一つだけ真実と思われる噂もあった。

それはユフィーの奇行に激怒したグリーア伯爵がその日のうちにユフィーを勘当して無一文で屋敷を追い出したというものだ。


ユフィーはいいやつではあるが、元貴族のお嬢様がいきなり一人で生きていけるほど世の中は甘くない。

このままいけば、きっとどこかで野垂れ死ぬことだろう。


(…………気に入らないな)


しかしそれでは俺の気が収まらない。

元々俺はユフィーのことは嫌いではなかったのもあるが、あのような一方的な物言いをされたまま勝手にいなくなるのは、何となく癇に障った。


「メッツ、お願いがあるのだけれど」


そう。だからこれはただの自己満足だ。

そう自分に言い聞かせ、俺は侍女のメッツに指示を出した。


三日後。


俺はお菓子やおもちゃを入れた袋を持って孤児院に向かっていた。

今にも降りだしそうなどんよりとした曇り空の下で俺は車を走らせた。


孤児院に到着して中に入ると、職員は皆とても忙しそうにしていた。

リウラを排除する際に、彼女の息のかかっていた職員もまとめて粛清した結果、現在孤児院では人手不足が深刻であることは聞いていたが、いざ現状を目の当たりにすると噂が真実であったことが実感できた。


「あ、イスラ様」


不意に声をかけられたので、声の主を確認したら顔見知りの職員であるサリーだった。


「こんにちは、サリーさん。今度は名前を覚えてもらえていたみたいね」

「その節は失礼いたしました。それよりも今日は寄付品を持ってきてくださったんですか? ありがとうございます!」


以前に来た時は俺の名前を忘れていたが、三回目ともなると流石に覚えてくれていたようだ。

サリーは早速俺の手に持っていた袋を見やると、寄付の礼を口にした。


「子供たちのためだもの。喜んでくれるといいけれど」

「きっと大喜びですよ。リウラ院長の一件があって以来、孤児院への寄付も減ってしまっていて」

「そうだったのね」


孤児院の近況を語るサリーの顔はどこか疲れたものを感じた。

自分は真面目に働いていても、孤児院自体が違法薬物の取引を行っていたことでいろいろと思うところや苦しかったこともあったのだろう。


「そういえばイスラ様、先日ご紹介いただいたユフィーさんですけど、お会いになっていかれますか?」


サリーは思い出したかのように話題を変えてきた。

それはユフィーのことだった。


俺はメッツに協力してもらいながら、路頭に迷っているユフィーの居場所の特定、孤児院で引き取ってもらえるようにする交渉を進めて彼女がここで働けるよう手配したのだ。

もはやユフィーに会う必要はないが、無事にここで働いているようで安心した。


「別にいいわ。……彼女は上手くやっている?」

「はい。元貴族の方と聞いて身構えていましたが、私達職員にも子供たちにも偉そうにすることなく接してくれるので、安心しました。来て間もないのに、子供たちはすっかり懐いたみたいですよ。多分今も子供たちと遊んでくれています」


ユフィーは貴族とは思えないほど上下関係に無頓着なやつだったが、それが幸いしたのか平民となった今でもその人当たりの良さは健在みたいだ。

子供に人気みたいだが、ユフィー自身が子供みたいなものだからある意味当たり前なのかもしれない。


「それなら、その様子だけ少し見て行こうかしら」

「分かりました。こちらです」


雨も降りそうだし、もう帰るつもりだったが、興味本位で平民になったユフィーの様子を見たくなってしまったので、もう少しだけ滞在することを申し出たが、サリーは快く俺を案内してくれた。


「こちらです」


サリーが案内してくれたのは、孤児院の奥にある屋外の小さな庭のようなスペースだった。

そこでは子供たちに囲まれて笑顔を浮かべるユフィーの姿があった。


来ている服はドレスではなく、みすぼらしいものになっているし、装飾や化粧などは一切ないが、それでも彼女の輝きは健在だった。


「天職ね」

「本人も言っていました。貴族をやっていた頃よりも今の方が性に合っていると」


今のユフィーは貴族の頃よりも生き生きしているようにも見える。

思えば最近の彼女は王子の婚約者候補としてしたくもない勉強を強いられて窮屈そうにしていることが多かった気がするのだが、それに比べると子供たちと遊ぶことが仕事になるというのは彼女の気質に合っている。


「そろそろ帰るわ」

「ユフィーさんにお声をかけなくてもいいのですか?」

「別に構わないわ。元気でやっているのは分かったから」


これでここに来た目的は達成できた。

ユフィーが苦しみなく生きていけるのであれば後のことがどうでもいい。

俺はサリーに礼を言って孤児院の入り口へと向かった。


(降ってきたか……)


車を停めていた場所に向かっていると、元々曇っていた空から大粒の雨粒が落ちてきた。

早く帰ろうと足を早めようとしたその時


「イスラ、待ってくれ!!」


背後から聞きなれた声が聞こえた。

振り返るとユフィーが息を切らせて俺を追ってきた。


サリーのやつ、余計な気を利かせたな。

こうなった以上は別れを告げてやることにしよう。


「何かしら、ユフィー。それとあなたは平民なのだから、貴族である私を呼び捨てにしないでもらえる?」

「イスラ……?」

「だから、その呼び捨てをやめろと言っているの。言っていること、分からない?」


ユフィーは俺の態度の豹変に対して動揺を隠しきれていない。


彼女からしたら俺は友人だったかもしれないが、俺にとってのユフィーは利用価値のあった愛玩動物みたいなものだ。

そもそもの考え方が違う。


「イスラ、何でそんなこと言うんだ?」

「何でもなにも事実でしょう?」


縋るような目でこちらを見るユフィーをバッサリと切り捨てる。

ここまで言えばこの馬鹿女も自分の立場を理解できるだろう。


しかし俺の思惑とは裏腹にユフィーは寂し気な笑みを浮かべるだけだった。


「イスラがそう言うなら、もう私はイスラに関わらないようにするよ。だけど、最後にお礼を言わせてくれ」

「は?」


今度は俺が困惑する番だった。

予想外の反応が返ってきてどういうことか全く分からない。


「イスラは私がお父様に無理やり勉強させられていたのが不憫だったから私を自由にしてくれたんだろ?」


ユフィーは俺に礼を言う理由を教えてくれたが、それはあまりに都合のいい解釈だ。

世界はお前の頭の中ほど優しくはない。


「何を勘違いしているのか分からないけど、私は自分の目的のためにあなたを利用していたに過ぎないわ」

「私は馬鹿だからさ、イスラの目的が何かは分かんないけど、イスラはいつだって誰かのために行動してくれてた。レティシア様の件もイスラがやったんだろ?」

「え?」


またもや驚かされたのは俺の方だった。


こいつは今何と言った?

レティシア?

何故今その名前が出てくる?

まさか俺がレティシアの失踪に関係してることを知られている?


今更どうしてそのことを持ち出してくるのか。

頭が真っ白になり思考がまとまらない。


「レティシア様の別荘に泊まった時、夜にイスラとレティシア様が外で話をしているのに気が付いたんだ。何を話しているのかは聞こえなかったけど、あの後すぐにレティシア様がいなくなって、きっとイスラがやったんだなって思った。あの時のレティシア様は辛そうだったから、イスラが助け出したんだって。だから、今回の件も私のことを助けてくれたんだろ? 王妃になりたい理由は教えてもらえなかったけど、それも誰かのためなんだろ? イスラは優しいからな」


黙ることしかできない俺にユフィーは語り続けた。


まさかあの時の逢瀬に気が付かれていたとは予想外だった。

それならば、ユフィーはレティシア失踪の原因について心当たりがありつつも、それを誰にも言わずに秘密にしてくれていたというのか。


冷静さを取り戻すと同時に屈辱的な気持ちが湧きあがってくる。

ユフィーごときが俺の弱点を知りつつ、それを見て見ぬふりしていたなんて!


「ふざけないで! そんなの全部あなたの妄想でしょう? いい加減、あなたの馬鹿さ加減にはうんざりだわ。あなたは勘違いしているかもしれないけど、私は優しくなんてない。その証拠に、私はあなたのことを友人なんて思ったことは一度もないわ。都合のいい駒の一つ。それなのに、私のことを友人と思い込んで自ら貴族の立場を捨てたあなたの振る舞いは最高に笑えたわ」


感情に任せて思わずユフィーに強い言葉を浴びせてしまった。


この屈辱はユフィーの悲しみや怒りを踏みにじることでしか埋め合わせができそうにない。

さあ、泣け! 喚け! そして俺を満足させろ!


次第に強くなってきた雨のせいで、ユフィーが泣いているかはよく分からない。

ただ、ひどく傷ついたようで、今にも泣きだしそうな顔であることは間違いない。


思わず口角が上がる。

そうだ、このまま俺にその悲しみや怒りをぶつけてこい!

その全てを冷笑してやる!


悲しみに歪むユフィーの口元が動いた。

紡がれた言葉は静かなものだった。


「イスラは、……嘘つきなんだな」


消え入りそうな一言だったが、確かにユフィーはそう言った。

その顔は泣きそうな顔を無理やり笑顔にしようとして、それでも辛そうな、そんな顔だった。


この期に及んでユフィーは一切俺のことを責めてこない。

雨と涙で濡れた瞳は優しく俺を見つめている。


その視線に俺は耐えることができなかった。


「もう二度とその顔を見せるな、平民!!」


捨て台詞を残してユフィーに背を向けて逃げるように走り出した。

目的地などない。

ただ、一瞬でも早くあの場から遠ざかりたかった。


どこをどう走ったのか分からない。

しかし気が付くと俺は自分の屋敷の入り口にいた。


「戻ったわ」

「イスラお嬢様!? 大丈夫ですか? ずぶ濡れですよ!?」


入り口から中に入るとレティシア……もとい、レアが出迎えてくれた。

メッツとファラは手が空いていないのあろうか。


レアは俺の方へ駆け寄ると、ボーっと立ち尽くす俺の手を取った。


「こんなに冷たくなって……すぐにお風呂のご用意をしますね」


レアの手はとても温かく、雨に打たれて冷えた体に沁みた。

レアはすぐに浴室に向かったが、俺は変わらずその場から動けなかった。


『イスラは、……嘘つきなんだな』


ユフィーの声が耳の奥に張り付いて離れない。

今の状況は俺の思い通りに進んでいるはずなのに、気分は最悪だ。


(ユフィーのくせに、分かったような口を……!!)


この気持ちは時間が経てば薄れていくだろうが、ユフィーの言葉と視線はしばらくの間俺を責め続けることだろう。

外では雨は変わらず勢いよく降り続けていた。

次回投稿日:未定(3日以内)


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