95.嘘つきを濡らす雨(1)
前回の話
選考を辞退したモーリスは故郷に帰った。
アバン王子の婚約者を決める選考会の最終選考に残ったのは、俺と、モーリスとユフィーの三人だったが、モーリスが辞退したことで俺とユフィーの二人が残った。
後はユフィーを排除すれば消去法で俺の勝ちが決まる。
ユフィーのことは嫌いではなかったが、こればかりは仕方がない。
最終選考の前日、全ての準備を終えた俺は自室で優雅にティータイムを楽しんでいた。
「イスラお嬢様、ユフィー様がお見えですが、いかがいたしましょう?」
「どういうつもりかしら?」
「なんでもイスラお嬢様にご相談があるとか。追い返しますか?」
そんなひと時を過ごしていると、侍女のメッツが来客を知らせた。
相手は最終選考で俺と対峙することになる、ユフィー・グリーアその人だ。
通常であれば罠を仕掛けに来たとか、裏取引を持ち掛けに来たとかそういったことを疑うべきだが、相手はあのユフィーだ。
そんな駆け引きなどできるはずもない。
「いえ、その必要はないわ。話くらい聞いてあげましょう」
何の相談かは知らないが、受けて立ってやろう。
「イスラ、最終選考でアバン王子に何を送るつもりなんだ?」
客間に入ると、ユフィーは開口一番にそんなことを聞いてきた。
ユフィーが言っているのは最終選考の内容であるアバン王子への贈り物の話だろう。
駆け引きなどできるはずもないとは思っていたが、アホ面下げてド直球でライバルの出方を聞いてきた。
相変わらず呆れるほどの馬鹿さ加減ではあるが、嫌味は全く感じないためか、不快さは感じない。
「秘密です。明日になれば分かりますよ。そういうユフィー様はどうなのです?」
「それが私はまだ決まらないんだ。だからイスラに相談しに来た!」
ユフィーはさも当たり前のように敵であるはずの俺を頼ってきた。
思えば、知り合った頃からこいつは困ったら俺に泣きついてきた。
今回もその延長だと思っているのだろうが、めでたい性格で羨ましいとすら思う。
これだけ何も考えないでいられればさぞ幸せだろう。
俺は一つため息を吐き、ユフィーに一つ提案をした。
「それならば、ユフィー様の分も私が用意しましょうか?」
「いいのか!? 助かる!!」
「それならば明日、最終選考の直前にユフィー様にお渡しできるよう準備しますね」
半分冗談のつもりで進言したのだが、ユフィーは本気でその妄言を快諾した。
後は丁寧に包装したゴミをユフィーに押し付け、それをユフィーが王子に渡し、王子が中身を確認した時点で最終選考でのユフィーの落選が決まる。
最初からこうなると分かっていれば昨日までコソコソと準備する必要などなかったな。
当のユフィー本人は俺が用意する品が何かも聞かずに呑気に安堵している。
彼女には色々振り回されたこともあったが、その腐れ縁も明日で終わりだ。
「そういえばイスラ、イスラは何のためにこの選考に参加していたんだ?」
話は終わったと思っていたら、ユフィーはそんなことを聞いてきた。
何気ない質問を装っているが、目は真剣だ。
「王妃になりたいというのはそんなにおかしなことでしょうか?」
「それだけなのか?」
こちらはただの世間話のつもりだったが、ユフィーは妙に絡んでくる。
そう言われてもこの世界に転生した際に自称女神という存在からの依頼などという非現実的な与太話を馬鹿正直に言う訳にもいかない。
「逆に聞きますが、何か理由が必要ですか? ユフィー様も確かお父様からの命令で参加しているのでしたよね?」
「私はそうだけどさ、イスラには何か考えがあるのかなって」
ユフィーは妙に歯切れ悪く言葉を濁した。
彼女は俺に何を言わせたいのだろうか。
王子へのプレゼントの件はあんなにも直球で物を言っていたのに、今はやたらと回りくどい話の仕方をしており、その落差は奇妙だ。
しかし、所詮は頭の弱いユフィーの考えることだ。
何を企んでいたところで俺にとって大した脅威にはなり得ない。
「まあいいや。明日はよろしくな。私は今日は帰るよ」
結局ユフィーは言いたいことだけ言って嵐のように去っていった。
「メッツ、いいかしら? 用意してほしいものがあるのだけど?」
「何なりと」
残された俺は早速、ユフィーを陥れるための偽のプレゼントを用意することにした。
翌日。
俺は気合の入ったドレスに身を包み、王城にやって来た。
王城内も心なしかそわそわした空気が広がっていたが、勝利を確信している俺は平常心を保っていた。
ユフィーに偽のプレゼントを渡す大役はメッツに任せた。
後は選考の開始を待つのみだ。
「イスラ様、アバン王子がお待ちです。こちらへお願いします」
控室で待つ俺をスタッフと思われる男が呼びに来た。
前回の選考の反省を生かして長時間の待機があっても退屈しないよう、本を持ち込んでいたのだが、今回は数ページを捲ったくらいの時間でお呼びがかかった。
正直、王子よりも本の続きの方が興味をそそられるのだが、仕方なく重い腰を上げて王子の元へ向かった。
最終選考の会場となる部屋の入口には先にユフィーが立っていた。
彼女も俺に負けず劣らず綺麗なドレスを着ており、遠目からでも美しいと感じさせられた。
普段の言動がアレなので忘れがちだが、ユフィーも十分に美人の部類であり、恐らく彼女の父親が娘の一世一代の晴れ舞台に相応しい装飾を施しているため、いつもよりも大人びていて、儚げで、なおかつ可愛らしい雰囲気を纏っている。
黙っていればスタイルのいい美人であることを再認識させられた。
「よお、イスラ。いつもにも増して綺麗だな!」
こちらに気が付いたユフィーが気安く挨拶をしてきた。
軽く手を挙げて声をかけてきた動きはいつものユフィーそのものであり、雰囲気は違えど彼女がいつものユフィーであることが伝わって来た。
その手には俺が昨日用意した偽のプレゼントを持っており、メッツが無事にミッションをクリアできたことが確認できた。
あの包みの中身はネズミの死骸をいくつか詰めたものになっている。
そんなものを贈り物として用意する女が選考を通過するわけがない。
「ユフィー様も素敵ですよ」
「イスラには負けるよ。イスラはいつも可愛くて、優しくて、賢くて私の自慢の友達だ」
「それは、……ありがとうございます?」
「さあ、いこう」
適当に挨拶を返したところ、意図しない返しが来て面食らってしまった。
何とも間の抜けた返事をしてしまったが、ユフィーは気にせずに選考会場の中へと足を踏み入れ、俺も遅れないようそれに続いた。
選考会場は大き目の広間であり、アバン王子は部屋の中央で座っていたが、その周囲を他の貴族たちが大勢で囲っていた。
将来の王妃を決める場ということで野次馬が集まっているようだ。
俺とユフィーはアバン王子の前まで歩を進めたが、その間も野次馬どもから値踏みするような視線を向けられて不愉快な気分になった。
「イスラ・ヴィースラー君、ユフィー・グリーア君。これから最終選考を開始する」
王子の横に控えていたヨアヒム侯爵が最終選考の開始を宣言すると、会場は緊張に包まれた。
ヨアヒム侯爵の方にチラリと視線を向けたが、侯爵は自然な動作で目を逸らした。
こちらにもつくづく嫌われてしまったものだ。
「抽選の結果、先行はイスラ・ヴィースラー君に決まった。イスラ君、前へ」
「はい」
どうやら先行であるようなので、一歩前に出てアバン王子に持参したプレゼントを手渡した。
「アバン王子、ずっと以前からお慕い申し上げております。どうか私を婚約者としてお選びください」
そして選考内容である告白の文言を唱えると、野次馬どもの感嘆と拍手が聞こえてきた。
無駄に長い言葉を並べるよりはシンプルな方がいいという考えと、どうせ何を言っても勝つのだから、短く収めようという打算からこのような言葉を選んだ。
プレゼントを受け取ったアバン王子は面倒そうに包みを開けて中から宝石を贅沢に使用したネックレスを取り出した。
「ユフィーの番に代われ」
しかしそのネックレスを見たアバン王子のリアクションは特になく、徹底的に俺を嫌っていることが伺えた。
いくら王子とはいえ失礼過ぎる態度にも、俺は恭しく一礼をすると黙って元の位置に下がった。
「それでは次はユフィー君の番だ。ユフィー君、前へ」
周囲の観客どもは少しどよめいていたが、進行役のヨアヒム侯爵は何事もなかったかのように自分の仕事を全うした。
名前を呼ばれたユフィーは緊張した様子でアバン王子の前に向かった。
そして手に持った包みを…………渡さなかった。
「どうした、ユフィー・グリーア」
不審そうな顔をしたアバン王子が声をかけてもユフィーは動かない。
まさか俺が仕込んだ中身に気が付いた?
それならば最初から他人の用意したものを渡すなどということはしないはずだ。
俺も何が起きているか分からず混乱したが、ユフィーは静かに口を開いた。
「アバン王子、やっぱり私はイスラには勝てません」
「何だと?」
ユフィーから飛び出したのは、突然の敗北宣言。
この会場にいる誰もがその発言の真意を図れずにいた。
もしかしたら彼女のパフォーマンスの一環かもしれない、などという可能性も考えたが、その可能性は続く言葉で否定された。
「イスラは私の大切な友達で、イスラが良い奴だってことは私が一番よく知ってます。そして、私よりイスラの方が王妃の座に相応しいことも」
ユフィーの目は真剣そのものであり、まっすぐに王子の顔を見つめていた。
アバン王子もその真剣さに圧倒されているほどだった。
そしてユフィーは最後に俺の方に向き直ると、さっぱりとした笑顔を見せた。
「そういうことだ、イスラ。イスラならきっと王妃としてこの国を良くしていけるよ。だから、あとは任せた!」
彼女はきっと打算ではなく、本心でそう思っている。
それでも、この場でこんなこと普通は言えるだろうか。
あまりに予想外の出来事だったため、上手く言葉が出てこない。
そんな中、野次馬たちの中から一人の男が鬼の形相でユフィーに近づいてきた。
あれは確かユフィーの父であるグリーア伯爵だ。
グリーア伯爵は強引にユフィーの頭を掴むと、床にこすり付けんばかりにアバン王子に頭を下げさせた。
「アバン王子、この度は娘が大変失礼をいたしました。けじめは必ず付けさせますので、この場はこれにて失礼いたします」
親子二人で命乞いでもするかのように頭を下げた後に、グリーア伯爵はユフィーの腕を掴み、会場を後にした。
会場は異様な雰囲気に包まれたが、誰もが混乱しており選考どころではなくなっていた。
「イスラ君、これも君の仕業なのか?」
「さて、ね?」
ヨアヒム侯爵が小さく俺に耳打ちして聞いてきたが、それに対しても曖昧な返事しかできなかった。
とはいえ、冷静になって考えると結果的に俺に不利益はない。
ただ、何もせずに勝ってしまったという虚無感だけが残った。
次回投稿日:6月19日(水)頃
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