75.嘘から出た嘘
前回の話
イスラはノインの協力もあり、アンリを完全に排除した。
裁判所からの呼び出しから数日後。
俺の元にノインが訪れた。
俺が先日の礼という名目で招待したのだ。
「……イスラ様、本日はお呼びいただきありがとうございます」
「構わないわ。こちらこそこの前はありがとう。とても助かったわ」
ノインがやって来たのは日も沈み暗くなった頃だった。
今日は夕食をごちそうし、さらに一晩泊まってもらうことになっている。
ノインは表情の変化に乏しいやつではあるが、心なしか少し緊張しているように見える。
「外は寒かったでしょう。早速食事にしましょう。温かいものを用意しているわ」
今回の件では彼女はとても素晴らしい働きを見せてくれた。
その功績への報酬もしっかりと与えてやる必要がある。
俺はノインをもてなすべく、彼女に優しく微笑みかけてダイニングへと案内した。
ダイニングでは既にメッツが料理をテーブルに並べていた。
俺とノインは席に着いて食事を始めた。
「今日は珍しい食材や、いいお肉を仕入れたの。ノインさんの口に合うといいのだけれど」
「……ありがとうございます。とても美味しいです」
今日のために俺はナスルに頼んで様々な食材を手配してもらった。
その食材はメッツとファラの手によって最大限美味しく調理されてこの場に並んでいる。
できることなら俺もこの料理を味わうことに集中したいが、今日の目的はあくまで接待だ。
俺はノインの様子を伺いながら会話を挟んだ。
「そういえば最近読んだ本で面白かったものがあったの。後でノインさんにも紹介するわね」
「裁判官のお仕事はどうかしら? 何か困ったことがあったら相談してね。私にできることなら力になるわ」
「今日着ている服は新しく買ったものかしら? 私の記憶では初めて見た気がするけれど。とてもよく似合っていると思うわ」
ノインはあまり自分から会話をしない性格なので、俺はできるだけ積極的に話題を見つけて沈黙の時間がないように心がけた。
その甲斐あってか、最初は緊張気味だったノインも少しずつ笑顔が増えていった。
「……ごちそうさまでした」
「食事も終わったことだし、書庫に行かないかしら? さっき話した面白かった本もあるわ」
「……是非、行きましょう」
食事が終わる頃にはノインはかなり上機嫌な様子だった。
表情の変化に乏しいとはいえ、身に纏う空気や顔の動きで何となく分かる。
俺はノインを書庫に案内した。
以前も同じようにこの部屋で二人並んで座って本を読んだことがあった。
あの時はまだレティシアが公爵令嬢だったことを考えると、久しぶりのことのように感じる。
あの時と同じように書庫には2脚の安楽椅子と小さめの丸いテーブルを置いている。
「これがさっき話していた本よ。さあ、どうぞ」
俺は本棚から一冊の本を抜き取り、ノインに手渡そうと差し出した。
しかしノインはその場に立ったまま本を受け取る素振りを見せなかった。
「どうかしたのかしら? もしかして、読んだことがあった?」
「……いえ、そういうわけではないのですが。…………イスラ様、一つお願いがあります」
「? 何かしら?」
「……もしよろしければ、イスラ様が私に読み聞かせていただけないでしょうか?」
ノインにその場で立ち尽くした理由を尋ねると、意外な申し出を言ってきた。
俺はノインのことを活字が好きなのだと思っていたのだが、随分子供じみたお願いをされたので、少し驚いた。
とはいえ、今日はノインをもてなす日だと決めていたのであえて断ることもなかろう。
「構わないわ。今日は特別ね」
「……ありがとうございます。それではどうぞおかけください」
俺の返事を聞くや否や、ノインはそそくさと椅子に腰かけ、自分の足をポンと叩いた。
俺はその行動の意味を一瞬理解できなかったが、一つの可能性に思い至った。
「ノインさん……それはどういうことかしら?」
「……? どうぞ、ここにおかけください」
念のため俺はノインの行動の意図を確認したら案の定ノインは自分の上に座るよう俺に促した。
ノインはそれが当然であるかのように俺の方を見てきた。
「分かったわ。では失礼して……」
俺は少し躊躇いはあったものの、思い切ってノインの太ももの上に自分の尻を乗せるようにして腰かけた。
ノインの足は柔らかく、座り心地は悪くない。
そんな感想を抱いた瞬間、後ろからノインの腕が俺の体に絡んできた。
ノインの胸は俺の背中にピタリと当てられ、彼女の心臓の音が伝わってくる。
鼓動が少し早い。
自分からこんな大胆な提案をした割には緊張しているのかもしれない。
「……イスラ様の匂いがします」
「当たり前でしょう。私は私なのだから」
ノインは俺の耳元で小さく呟いた。
なんともリアクションに困る発言だが、清潔感には気をつけているので、臭いという意味ではないはずだ。
…………ないよな?
後で使用人の面々にも俺から悪臭がしていないか聞いてみよう。
レアやメッツは気を使うかもしれないが、ファラは歯に衣着せずに答えてくれそうだ。
「それじゃあ早速読んでいくわね」
「……お願いします」
気を取り直して俺は早速ノインに聞こえるように本の音読を開始した。
「『きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、……』ひゃっ!? ノインさん!?」
俺が本を読み始めると、ノインは不意に俺の足を触って来た。
そういえばこいつは俺の足を触るのが好きだったことがこの前判明したことを忘れていた。
「ノインさん、勝手に触られると困るって前に言わなかったかしら?」
「……失礼しました。今から触ります」
ノインは悪びれもせずに俺の足をペタペタと触って来た。
言いたいことはあるが、このままでは読み聞かせが進まないので、この場は許すことにしよう。
ノインが触って来るのは気になるが、俺は何とか本を半分くらいまで読んだ。
音読は慣れないので少し時間がかかってしまい、気が付けば夜も遅くなってきた。
「今日はもう遅いわね。続きは今度にしましょう」
「……わかりました」
俺は今日はお開きにしようと提案し、立ち上がったが、ノインは少しだけ名残惜しそうだった。
ノインを寝室に案内しようとしたが、彼女は一向に立ち上がる気配を見せない。
まだ何か企んでいるのだろうか。
「ノインさん、どうかした?」
「……足がしびれて立ち上がれません」
俺の邪推とは裏腹に、単純に足がしびれているだけのようだった。
考えてみれば俺という重りを乗せたままずっと同じ姿勢で座っていたのだからそうなるのも自然なことだ。
俺は苦笑いをしつつ空いているもう一つの椅子に腰かけた。
さっきの本の話でもしようかと思って口を開きかけた矢先に、ノインが先に話しかけてきた。
「……イスラ様」
「何かしら?」
「……イスラ様のことは私がお守りします」
ノインはこちらを向くと、真剣な目でそんなことを言ってきた。
あまりにも突然の宣言に対して面食らっていると、ノインは言葉を続けた。
「……この前の事件で分かったんです。イスラ様を狙う“敵”は確かにいるのだと。今までは聞いた話の中でしか存在しなかった者が現実の世界に現れてしまった。そんな“敵”の魔の手からイスラ様を守ることこそが私が裁判官になった意味なのだと気が付きました」
俺は以前からノインに陰謀論の妄言を吹き込んでいたが、ノインはアンリの一件をその妄言と結び付けてしまったようだ。
あの事件の発端は俺がアンリを必要以上に煽ったことに起因するのだが、そんな背景を知らないノインから見たら、アンリがいきなり俺のことを攻撃したように感じるのだろう。
「……イスラ様は私の希望であり光なのです。美しく、教養深く、私のような暗い女にも優しく接してくれて微笑みかけてくれる。そんな方はイスラ様とレティシア様しかおりません。レティシア様のことはお守りできませんでしたが、イスラ様は絶対に奪わせない……!」
「そんな風に言ってくれてありがとう。とても嬉しいわ」
偶然とはいえ、ノインは以前よりもさらに俺の妄言を信じ込んでくれたみたいだ。
今後、もし仮に俺が他の貴族から何か訴えられるようなことになった場合でも一度は助かるための奥の手を用意できたのは大きい。
例え俺が被告となって、証言台において犯行の動機を『太陽が眩しかったから』などと言っても、裁判官がノインでさえあれば必ず勝訴できるのだ。
俺のやり方は他人の恨みを買うようなものもあるので、こういった保険は非常に頼もしい。
「……私がイスラ様をお守りします。だからイスラ様、いつまでも私を側に置いてください」
「ええ、もちろん」
ノインの願いに俺は力強く答える。
お前が俺の役に立つ限りは、という条件は胸の内にしまっておいたまま。
次回投稿日:4月20日(土)
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