74.復活のA(4)
前回の話
イスラはアバン王子の婚約者を決める選考会の二次選考に参加し、アンリを排除した。
二次選考の日から数日が経った。
俺達のグループは無事に課題であった菓子作りを終えて、審査員に食べてもらうことができた。
結果は後日発表だが、合格になっている見込みが高いと思っている。
それはそれとして、あの時に起こった騒ぎの件で俺は裁判所への出頭が命じられていた。
アンリ・ランカスターが俺個人に対する妨害をしようと計画を企て、同じグループの平民を使って水を浴びせてきたのだが、俺は逆にその平民を利用してアンリを陥れた。
しかしどうやらアンリはそのことを不服に思っているようで、俺に対して訴訟を引き起こすために動いているとの知らせがあった。
このままアンリの訴えが認められると、俺が被告人となってしまうのだが、既にそれも対策済だ。
俺は散歩にでも出かけるような心持で裁判所へ向かった。
裁判所は王都の中心近くにある建物だが、一等地にある割にかなり広い建物だ。
今回のような貴族間の争いはもちろん、王都内の平民の犯罪行為は原則すべてここで裁かれる。
重大な案件であれば数か月から数年単位で審議されることもあるが、基本的には裁判官の力量による判決が迅速に下される。
王都の人口を考えれば一件の犯罪を裁くのに何日もの時間をかけていては裁判官の数も犯罪者を収容する施設も全然足りないので、軽い犯罪であれば裁判官の判断で刑の内容が決定できるのだ。
俺は裁判所に到着し、受付で名前を名乗って出頭命令書を出すと、小さな部屋に案内された。
入り口には『取調室』と書かれており、部屋の中は裁判官用の机、椅子と、取り調べを受ける者が座るための小さな椅子がいくつか並んだだけの簡素な作りだった。
椅子には先日の水かけ事件の実行犯である平民、そしてアンリが座っており、部屋の隅には監視員が立っていた。
俺も空いている椅子に腰かけると、アンリはこちらを向いて歪んだ笑みで挨拶をしてきた。
「イスラ・ヴィースラー。逃げずに来たことだけは評価するわ」
「どうして逃げる必要がありましょう。私にはやましいことなど何もないというのに」
アンリは両手を拘束された状態にも関わらず強気な発言をしてきた。
見たところ服も裁判所が用意したと思われる粗末なものを着ており、またあまり寝られていないのか目の下には隈があった。
それでも俺を前にしてこの態度でいられるのはこの後の展開に自信があるからなのだろうか。
こちらも手は打ってはいたが、アンリも裁判所で拘束されている状態で何か策を弄してきたのだとしたら立派なものだ。
どんな手を使ったのか興味が湧いたところにアンリは俺に自ら何を考えているか教えてくれた。
「この前はあなたたちの薄汚い策略に嵌ってしまったけれど、今回はそうはいかないわ。私の家には昔から良くしてくれる裁判官の人がいるの。今回もきっとその人が判決を出してくれるわ。そうなったら、私は無罪になる」
どうやらアンリの家であるランカスター家には懇意にしている裁判官がいるらしい。
今までは訴訟の際にその裁判官に対して有利な判決を出すようお願いしてきたようで、今回もそれに期待しているようだ。
「この裁判が終わったら覚えておきなさい。あなたたちのような低級の身分の者たちが伯爵家に盾突いたこと、後悔させてやるわ。特にイスラ・ヴィースラー。お前がレティシア様の前で私を陥れようとしたこと、忘れていないから」
「そんなことありましたかね?」
「その態度が気に入らないのよ。まあいいわ。それも今日で終わりよ」
アンリは楽しそうに俺への復讐を語ってくれたが、俺はその言葉を聞いて気持ちが冷めるのを感じた。
(馬鹿は所詮は馬鹿のままか)
アンリがどのような手を使って反撃してくるか、少しだけ楽しみにしていたのに、結局はただの無策だったとは興ざめだ。
ニヤニヤと俺への反撃を妄想するアンリのことは無視して俺は静かに審議の開始を待った。
少し待つと、部屋の扉が開かれて審議を担当する裁判官が入って来た。
白と黒を基調とした荘厳な雰囲気の服を身に纏った女だ。
これは裁判官の正装であり、彼女方を司る番人であることを表している。
そして偶然にもその女は俺とアンリの共通の知人だった。
アンリはその女の姿を見て目を見開いた。
「嘘……どうしてあなたがここにいるの? ノイン・ヴァレンシュタイン……?」
「……アンリ・ランカスターさん、私語は控えてください」
今回俺達の審議を担当することになったのは、新人裁判官のノインであった。
実は少し前からノインは裁判官の実務を開始しており、今回の件も担当になるように根回しをしてもらっていた。
ランカスター家お抱えの裁判官とやらも担当を希望したようだが、ノインは同じく裁判官である父親も巻き込んでその希望を退けた。
ノインはゆっくりとした歩みで裁判官用の椅子に腰かけるとよく聞きなれた声で宣言した。
「……それでは審議を開始します」
その言葉は俺にとっては勝利を意味し、アンリにとっては敗北を意味するものであった。
審議自体は滞りなく進み、平民は以前と変わらずアンリから命令されたことを主張し、俺は手紙を証拠にアンリを糾弾した。
アンリは動揺のせいか終始小さな声でボソボソと言い訳じみた発言をするのみで、さっきまでの威勢の良さは完全に失われていた。
「……今回の判決を言い渡します。アンリ・ランカスターさんは伯爵令嬢という自らの立場を利用し、何も知らない平民に対して無理やりイスラ・ヴィースラーさんへの嫌がらせをさせました。その行動の理由も極めて浅慮なものであり、同情の余地はありません。そのことを鑑みて、アンリ・ランカスターさんには1年の懲役刑を言い渡します。また、アンリさんからイスラさんへの訴えは不当なものとして却下します」
ノインは全員の話を聞いた後にアンリへ判決を言い渡した。
その態度はいつもと変わらない落ち着いたものであった。
刑を言い渡されたアンリは何を言われたのか分からないといった顔をしていたが、徐々に判決の内容を理解して顔を青くした。
「嘘よ。私が有罪? しかも懲役!? ありえないわ!」
アンリは顔を青くしたと思えば、すぐに顔を赤くしてノインに食ってかかった。
「……今回の判決は法によって定められた適正なものです。意義の申し立ては認められません」
「あなたみたいな根暗女が私に有罪を言い渡すだなんて許せない。ラスカル様の前では何も言えなかったあなたが!」
「……それは今回の判決とは無関係です。大人しく牢の中で反省してください」
俺も裁判官の資格を持っているからアンリに課せられた刑は不当なものではないことは分かるが、彼女のやったことに対して考えうるかぎり一番重いものだ。
もしかしたらノインもまたアンリに対して思うところがあったのかもしれない。
アンリは椅子から立ち上がりノインにの方へ近づこうとしたが、その試みは監視員によって阻まれた。
監視員に拘束されながらもアンリは恨み言を続けたが、その矛先は俺にも向いた。
「イスラ・ヴィースラー!! お前さえいなければ、私は上手くいっていたのに!! 子爵の分際で私の邪魔をするな!!」
顔を歪めて大声で俺を罵倒するアンリの姿はもはや哀れという他なかった。
この馬鹿女はきっと死ぬ時までこうなのだろう。
あまりにも哀れだったので、俺は親切心でアンリに最初で最後の忠告をしてやった。
「伯爵だとか、子爵だとか、そんなくだらないことにいつまでも固執するからあなたはここで終わるの。この結末はあなた自身の愚かさが原因であることにいい加減気が付いたらどうかしら? 次会う時にはその足りない頭に脳みそを詰めなおしてから出直してくださる?」
俺が忠告のつもりで発した言葉はどうやらアンリのお気には召さなかったようで、先ほどよりも激しく暴れようとした。
半狂乱になったアンリは騒ぎを聞きつけて応援に来た監視員数名に取り押さえられてどこかへ連行された。
その様子は今日という日でアンリの未来は完全に閉ざされたことを意味する。
懲役は一年だが、刑期を終えても彼女が貴族の世界には帰って来ることは、きっとない。
貴族社会は面子を重んじる。
ランカスター家も身内に前科者がいるのは都合が悪いだろうからアンリは勘当されるに違いない。
途方に暮れた彼女は一体どうするのか。
(まあ、俺の知ったことではないか)
こうして二次選考に関わる騒動は幕を閉じた。
元々俺はアンリ・ランカスターにさほど興味はなかったが、今回たまたま利用価値があったので相手してやっただけだ。
用済みになった以上、またどうでもいい存在に戻っただけのこと。
「寒い」
屋外は冬を感じさせる風が吹いていたが、春を待つまでもなく俺はきっとアンリのことなど忘れ去ってしまうだろう。
アバン王子の婚約者を決める選考はまだまだ続くと思われる。
どうでもいい奴のことを気にするほど俺は暇ではない。
俺は既に『次』のことに思いを巡らせていた。
次回投稿日:4月17日(水)
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