73.復活のA(3)
前回の話
イスラはアバン王子の婚約者を決める選考会の二次選考に向けて動き始め、アンリに喧嘩を売った。
二次選考の当日、俺たち参加者は王城の広間に集められた。
事前に配布されたリストによると、48名の参加者がいるので、単純計算で16組のグループができるはずだが、開始時間になっても13組しか見当たらない。
今回の選考では3人組の中に、最低でも貴族と平民が一人ずついなければならないルールなので、あぶれた者がいたのだろう。
幸いにも俺は同じ貴族のユフィー、平民のモーリスと組むことができたので、前提条件はクリアしている。
俺は他のグループの様子を見たが、その中にアンリ・ランカスターの姿を見つけた。
彼女もまた俺の視線に気が付くと、不敵な笑みを向けてきた。
(この様子なら問題はなさそうだ)
俺は挨拶代わり向けられたアンリの笑みは無視して他の参加者を見た。
平民のことはよく知らないが、貴族令嬢の中には伯爵家や侯爵家の家柄の者もいる。
そういった者はできるだけ早々に退場してもらうのが望ましいものだ。
「それでは材料を配布されたグループから作業を開始してください」
俺が周囲の様子に気を取られていると、運営の者が選考の開始を宣言した。
それと同時に小麦粉やバターなどが各グループのテーブルに運ばれてくる。
この二次選考の課題である菓子作りの始まりだ。
「なあ、イスラ。菓子ってどうやって作るんだ?」
俺たちのテーブルにも材料が支給されたが、同じグループのユフィーは全くの無策でこの場に来たようで、食材を前に首を捻っている。
先日、俺が任せておけと言ったからかもしれないが、菓子作りが課題なのに菓子の作り方を知らずに会場に来るとは中々大胆な試みだ。
「イスラ様、こちらの方はイスラ様のお知り合いですか?」
「紹介が遅れたわね。こちらは伯爵令嬢のユフィー・グリーア様よ」
そんなユフィーを心配そうな目で見るのが、もう一人のグループメンバーで、平民のモーリスだ。
そういえばユフィーとモーリスは初対面だったので、俺はモーリスにユフィーのことを紹介した。
「ユフィー様、私はモーリスといいます。どうぞよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな、モーリス」
モーリスの挨拶にユフィーは笑顔で応じた。
ユフィーは自分が貴族であることを鼻にかけない性格をしているので、モーリスのことも問題なく受け入れた。
ユフィーとモーリスの元々の性格の善良さから、グループ内の空気は良好だ。
周囲を見渡すと、貴族令嬢が同じグループの平民に雑用を命じている姿が散見される。
あの手のやつらは俺が手を下すまでもなく不合格になるだろう。
俺の予想では、今回の選考で鍵となるのはずばり身分を超えた協調性だ。
一つのグループに平民と貴族が最低一人は必要という条件や、課題が菓子作りという貴族が苦手そうなものであることを踏まえると、貴族連中がいかに平民と接するかを見られるのではないか、というのが俺が導き出した結論だ。
そういった意味ではこのグループはそういった協調性は問題ないと言える。
あとはまともな菓子を作るだけだ。
「まずは生地を作りましょうか。モーリスさんは小麦粉とバター、水を分量通りにボールに入れて。ユフィー様はそれを固まるまで混ぜて下さい」
「はい!」「任せろ!」
俺の指示を皮切りに俺達のグループも菓子作りをスタートした。
モーリスは食堂で給仕をしているだけあって手際がいい。
ユフィーも単純作業をきちんと指示すれば問題なくこなしてくれる。
俺は二人に指示を出しつつ細かい作業を担当した。
皆が同じ目標に向かって自分の役割を遂行する理想的な分業体制だ。
作業は進み、後は部屋の中央にある加熱用の魔動具で生地を焼けば完成というところまで来たが、他のグループも同じような進捗のため、5台しかない魔動具の前では使用待ちの列ができていた。
生地の入ったトレーを持ったまま俺達が並んでいると、不意に近づいてくる者がいた。
そいつはアンリと同じグループの平民だ。
アンリたちのグループの様子は最初の方からチラチラ見ていたが、この平民もアンリに顎で使われていたのが印象的だった。
彼女は何故か水の入った大きな鍋を持ったままフラフラと歩いている。
そのまま俺達の近くを通りかかった。
「……あっ」
彼女はわざとらしく足をもつれさせ、正面の方向へ盛大に水をぶちまけた。
時が止まったかのような一瞬。
しかし水の勢いは止まらない。
彼女が放った水は、俺達の前に並んでいたグループへと降り注いだ。
当然、前のグループが作成した菓子の生地も水浸しになっている。
「あなた、なんてことをしてくれたの……!!」
事態を理解した前のグループの3人は徐々に水をかけた平民へ怒りを露わにした。
平民はその場にしゃがみ込み、ごめんなさいと繰り返し呟いた。
にわかに慌ただしくなる室内。
その場の全員がこちらの方を眺めている。
そろそろ俺の出番だ。
俺はその平民に優しく声をかけた。
「あなた、どうして水を運んでいたのかしら?」
「アンリ様に命じられました」
平民の答えに室内は再度騒がしくなった。
突然名前を出されたアンリは慌てた様子でこちらに向かってきた。
「あなた、人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。私は水を用意してとは言ったかもしれないけれど、そんなにたくさんの水を持ってこいとは言っていないわ。自分の間抜けぶりを人のせいにしないでもらえないかしら?」
アンリは焦りと怒りを混ぜたような声で平民を叱責している。
しかし平民は顔を上げて真実を告げた。
「違います。私はアンリ様からイスラ・ヴィースラー様に水をかけて妨害するよう命じられていたのです」
平民の主張で再度室内はどよめいた。
本当にアンリがそんなことを命じたのか、あるいは平民が自分のミスを誤魔化すための狂言を言っているのか。
そんな会話が周囲から聞こえてくる。
当のアンリは明らかに動揺していた。
「あ、あなた何を言っているの?」
声は震え、視線は落ち着きなく動き、手は服の裾を意味もなく弄んでいる。
しかし平民は無情にも決定的な証拠を突き付けた。
「証拠ならここにあります。こちらはアンリ様からいただいた書簡です」
平民は懐から一枚の紙きれを取り出した。
それを見るや否や、アンリはそれを奪おうと平民に駆け寄ろうとしたが、周囲の人間に取り押さえられた。
俺はその紙を受け取ると、大きな声で読み上げた。
「『二次選考の際にイスラ・ヴィースラーの妨害のために水をかけること』ですか。なるほど、私を狙ったつもりが手元が狂って前のグループに水がかかってしまったというわけね。……これはどういうことでしょうか、アンリ様?」
「そんな紙知らない! 知らないわ!! この平民が勝手にそう言っているだけよ!」
アンリはしらを切っているが、この状況で言い訳は無理がある。
周囲の視線もアンリに対して批判的なものになっていた。
「アンリ様、詳しいお話はこちらで聞きます。そちらの方も」
そうこうしている内に、運営の人間が数人で俺達を囲った。
そしてアンリと平民を連れて別室に移動した。
「イスラ・ヴィースラー! あなた、何をしたの!?」
最後までアンリは何か喚いていたが、もはや彼女の発言など聞くに値しない。
俺はその声を無視して菓子の生地を加熱器に入れた。
生地を焼いている間は手持無沙汰となったので、さっきの茶番のことを思い返していた。
(あの演技に金貨10枚は高すぎる。せいぜい大銅貨10枚ほどだろう)
あの平民は重圧からの解放を望んでか、かなり白状するタイミングが早かった。
おかげでこちらがヒヤヒヤさせられた。
今回の件は種を明かせば簡単なことだ。
アンリが事前に俺を狙って妨害工作をするよう仕向けて、それを逆手に取ったというだけだ。
アンリが組む平民のことは事前に調査して俺は密かにアポイントを取っていた。
「あなた、アンリ・ランカスター様と二次選考で同じグループになる子よね?」
「確かにそうですが、どうしてそれを知っているのでしょうか? あなたは一体……?」
「私はイスラ・ヴィースラー。私の名前はアンリ様から聞かされていない?」
俺が平民と接して名前を名乗ると、彼女はとても驚いた顔をした。
しかしそれは一瞬で、すぐに気まずそうな顔になった。
「いえ、何も」
「逆に聞くわね。あなたは私のことを知らないと言ったら金貨何枚もらえるのかしら?」
「!!!」
「私に協力してくれたら、アンリ様が払うと言っている金貨の倍を払うことを約束するわ」
平民のリアクションは俺の名前を知っていると雄弁に物語っていた。
それならば『知らない』と答えたのは口封じをされているからに他ならない。
案の定俺の提案を聞くと、平民は金貨5枚の報酬で俺のことを妨害するよう命じられていることを事細かに説明してくれた。
俺はその計画に乗っかる形で、アンリに書面を書いてもらうこと、当日は俺達の隣のグループに水をかけることを命じた。
それと同時に俺は今後の選考で一番強敵になりそうな貴族令嬢を選定し、その令嬢のグループの真後ろに並ぶようにした。
これで俺はアンリを排除することができ、おまけに今後の選考を有利に進めるための工作もできた。
金貨10枚は高くついたが、一石二鳥の悪くない策だったと思う。
「イスラ様、もうすぐ焼き上がりそうですよ」
「まさかアンリがあんなことするなんてな。でも私たちに水がかからなくてラッキーだったな!」
何も知らないモーリスとユフィーは純粋に菓子の焼き上がりを喜んでいる。
こうして俺達のグループは無事に二次選考の課題をクリアすることができたのだった。
次回投稿日:4月14日(日)
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