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60.狩人は宴に潜む(1)

前回の話

イスラは『アバン王子婚約者選定委員会』の委員長であるヨアヒム侯爵と接触し、自らをアバン王子の婚約者候補としてアピールした。

オーヒル侯爵とその娘であるアイリスに会ってから数日後、俺の元に正式にアバン王子の婚約者の選定のためのパーティへの招待状が届いた。

どうやらオーヒル侯爵は予定通り俺を推薦してくれたようだ。


招待状に同封されていた説明書きによると、このパーティは婚約者選定の一次選考であり、婚約者候補の女が一同に広い会場に集められ、合否が決定されるという内容らしい。


そうと決まればまずは一次選考のための準備をしなければならない。

俺は早速自分の持っている情報網から必要な情報を集めた。


そして一次選考当日。


久しぶりに気合の入れた上質なドレスを着こんで俺は会場である王城の大広間に向かった。


会場には既に推定100人以上の人間が集まっており、人ごみ特有の熱気のせいで思わず少し顔をしかめてしまった。


事前の情報では、王子が直接婚約者候補に指名した女はおらず、婚約者選定委員会の推薦を受けた貴族令嬢か、平民特別採用枠に入った平民の女しかいないとのことだ。


会場を見渡すと、貴族と平民の割合は半々程度といったところで、全部で約50人程度の女が集まっている。


そしてそれ以外にも会場内には黒い礼服で紙束とペンを持ったスタッフもかなりの数がいた。

彼らはそれぞれの女の振る舞いをチェックして採点をする係だろう。

あいつらの前で隙を晒さないように気を付けれなければ。


会場は立食パーティ形式となっており、各所に設置された配膳台やテーブルには軽食や飲み物が並んでいる。

俺もグラスの並んだテーブルに近づき、給仕からドリンクを受け取った。


ここから早速行動開始だと思った矢先、見知った顔の人物が気安く俺に話しかけてきた。


「イスラ、久しぶりだな。お前もアバン王子の婚約者に立候補するのか」


その人物はかつてレティシアの取り巻きとして共に過ごした伯爵令嬢であるユフィーだ。

俺とユフィーは持っていたグラスを掲げてささやかな乾杯をした。


「ユフィー様、ご無沙汰しております。ユフィー様こそ、こういったことにはあまり興味がないと思っていました」

「父上に命令されてさ。困ったもんだよ。私が王妃になんてなれる訳ないのにな」


ユフィーはそう言って自虐的に肩をすくめた。

確かにユフィーは王妃に向いているタイプではないが、自分より目上の人間の自虐はリアクションが取りにくい。

俺は曖昧な愛想笑いで誤魔化した。


「積もるお話しもあるかと思いますが、この会場にいる間はお互いライバル同士ですので、またいずれ」

「そうだな。だけど一つだけいいか? イスラは本当にアバン王子と結婚したいのか?」


俺は知り合いとあまり長く慣れ合っていると、採点係からの印象が悪くなることを危惧し、早めに話を切り上げたかったが、ユフィーは意外なことを聞いてきた。


俺が心からアバン王子との結婚を望んでいるか?

そんなわけなかろう。必要だからそうするだけだ。

しかし、ユフィーに本当のことを言うわけにはいかないし、その必要もない。


俺はユフィーに背を向けながら短く返事をした。


「はい、ユフィー様と同じくらいには」


それだけ言い残して俺はユフィーの元を離れた。


ユフィーとの雑談で多少時間を取られたが、ここから改めてこの一次選考を通過するために動かなければならない。


事前に調べた情報によると、今回の選考で貴族も平民も半数近くまで候補者を絞るつもりらしい。

そして合否の基準として、王妃として相応しい振る舞いができているかという点が重視されるらしいが、具体的な内容までは把握しきれなかった。


仕方がないので、俺なりに良いと思ったように振る舞うしかないが、そのためには都合の良さそうな平民を使うのが手っ取り早い。

どこかに使い勝手の良さそうな平民女はいないだろうか。


(10点、20点、45点、10点、2点、50点、30点)


俺は目に入った平民と思われるの女を値踏みしたが、碌なのがいない。


特に振る舞われている酒や飯にばかり気が向いている者などは救いようがない。

恐らく今回を逃すと二度と王城の飯を食う機会などないのだから気持ちは分かるが、流石に論外だ。


この程度のやつらしかいないのならば、次善の策を考えるか。

そう諦めつつある時、よそ見をしていたせいか、他の人とぶつかってしまった。


「失礼しました」


謝罪をしつつ、相手が誰かを確認すると、俺と同じくらいの年の見知らぬ女だったが、ドレスに着られているような雰囲気が出ているので、恐らく平民の女だ。

そいつは俺の服を見ると、慌てた様子で謝罪をしてきた。


「ご、ごめんなさい! ああ、大変です! お召し物が! ええっと、ハンカチは」


目の前の女は慌てた様子でハンカチを探し始めた。

俺は自分の服を見ると、相手の持っていたグラスから零れたであろうワインで汚れていた。


しかし俺はその女の顔と振る舞いを見て、全く別のことを考えていた。


(95点……!!)


目の前の女は一見すると特別美人ではないように見えるが、俺の見立てが正しければもう少し化粧を工夫すればその辺の貴族の令嬢よりも美しくなれる素質を感じる。


それに、俺がよそ見をしていたにも関わらず、気遣いを見せてくれる優しさを持っており、慌てている様子や仕草にも愛嬌が感じられる。


そして今のシチュエーションは俺が考えていた策を実行するのにも都合がいい。

俺は幸運に感謝しつつ、今回の選考はこいつを利用することに決めた。


「私のドレスのことは気にしなくていいわ。それより、私がよそ見をしていたせいでごめんなさい。怪我はないかしら?」

「私は大丈夫です! 頑丈さには自信があります! それより、そんなに高そうなドレスを汚してしまった方が大丈夫ではないです。ハンカチがあったので、すぐに拭きますね」


平民の女は綿のハンカチを取り出し、俺の服の汚れた部分を拭き始めた。

それはいいのだが……。


「あなた、拭いてくれるのはいいけれど、あまり胸を触らないでくれないかしら?」

「え? あ、ご、ごめんなさい!」


女は無心で拭いていたが、結果的に俺の胸を揉みしだいているような恰好になっている。

女同士なのであまり気にすることもないが、それでも少し気になってしまう。

女はすっかり恐縮してしまったようで、怯えたような目を向けてきた。


「そんなに謝らなくてもいいわよ。私は子爵令嬢のイスラ・ヴィースラー。あなたは?」

「私はモーリスと申します。イスラ様は子爵令嬢様だったのですね。道理で気品に溢れた方だと思いました」

「ありがとう。だけど、あなたも中々可愛い顔をしていると思うわ。自信を持ちなさい」

「そんな、恐縮です」


モーリスと名乗る女は終始おどおどと自信なさげに縮こまっている。

平民の中には、貴族に対して反骨心を持つものと、やたらと平伏する者に二分化される傾向にあるが、モーリスは完全に後者だ。


さて、これまでのやり取りの中でそれなりの情報は得られた。


まず、人にぶつかった時に真っ先に相手を思いやる優しさ。

これは天性のものだろう。後天的に身に付けられるものではないし、嘘臭さも感じなかった。


服が汚れた相手に対して咄嗟にハンカチを用意しようとするあたり、同じような経験をしてきたような印象を受ける。

なんとなくだが、モーリスは温かい家族の中で幼い弟妹を世話してきた長女なのではないかと推測できる。


次に自分の体を頑丈と評したということは普段は肉体労働に従事している可能性が高い。


腕や足は特別太くないので、力仕事というわけではなさそうだが、自信のなさげな声の割には言葉遣いや活舌はしっかりしていて聞き取りやすいので、普段は給仕などをしているのではないだろうか。


そして咄嗟の状況での機転の利かなさ。


言葉遣いを聞くに、敬語をまともに使えるだけの知能はあるが、予想外の状況では慌てる傾向がある。

これは明確な欠点とも言えるし、いざという時には突きやすい弱点だ。


総合すると、顔と性格の良い優しい小心者というところか。


この手の駒は使いやすく、捨てやすい。

こういった場面では最高の人材だ。


俺は周囲で目を光らせている採点係の人間の視線を意識しながらモーリスに優しい笑みを向けた。


「モーリスさん、私、あなたのことをもっと知りたくなったわ。もう少しお話ししましょう」

次回投稿日:3月6日(水)


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