58.考える脚
前回の話
イスラはミレイヌから毎月友達料をもらえることになった。
暑いと感じる日よりも涼しいと感じる日が増えたが、毎年秋には裁判官になるための試験が開催される。
俺は別に裁判官になりたいわけではないが、その試験に合格することによって自分の知性を客観的に証明するのに便利だと思ったので、以前からその勉強をしている。
そして、その勉強の際に重宝しているのが、史上最年少クラスの若さで試験合格し、既に裁判官の資格を持っているノインである。
「……イスラ様、本日もよろしくお願いします」
「いらっしゃい、ノインさん。こちらこそ、今日もよろしくね」
俺は自力での学習でわからなかった部分はノインに質問することで、効率的な学習ができている。
今日もノインを自室に招き入れ、勉強を見てもらうことになっている。
ただし、今日は本番の試験直前ということもあり、より実践的な内容に挑む。
「……イスラ様、今日はこちらの問題を解いていただきます」
ノインは持参したカバンから紙束を取り出すと、俺の目の前に置いた。
これはノインが自作した模擬試験問題であり、本番前の知識の定着度の確認や、本番の試験の時間の感覚を掴むためのものだ。
「ありがとう、ノインさん。全力で解かせてもらうわ」
「……時間は本番と同じく、2時間とさせていただきます。それでは試験、開始」
ノインの合図で俺は問題用紙を捲り、彼女の用意した問題に挑んだ。
問題の内容はこれまでにノインから教えてもらっていた内容が中心だが、その内容を正しく理解していないと解けないようになっており、あやふやなままだった知識が浮き彫りになっていく感覚を覚えた。
教えを乞うている身である俺が言うのもおこがましいかもしれないが、よくできた問題だ。
俺はしばらく夢中で問題を解き進め、ようやく一通りの問題の解答を終えた。
これから見直しをしなければならないが、今は試験開始から一体どのくらいの時間が経ったのだろうか。
「ノインさん、今何時かしら?」
俺は目線を問題用紙に落としたまま、ノインに時間を確認したが、返事は返ってこない。
「ノインさん……?」
不審に思った俺は顔を上げてノインの方を確認すると、ノインは2、3人掛けのソファに座りながらウトウトと舟を漕いでいた。
その手には本が握られているため、本を読んでいたら眠気に襲われたのだろう。
俺は何となくノインの横に座り、彼女の体をゆっくりと自分の方に傾けた。
するとあっさりとノインは倒れ、その頭は俺の太ももの上に着地した。
この模擬試験を作るのにはかなりの労力が必要だったことは容易に想像できる。
少しくらい休ませてやるくらいの気遣いはあってもいいだろう。
そして俺はノインの頭を自分の脚に乗せたまま、本を読み始めた。
試験の採点はノインが起きてからでいいだろう。
その後、本を半分くらい読み進めた頃に、足の上に動きがあった。
「…………!?」
ノインの体がビクリと動き、目を覚ましたのが分かった。
しかしノインは体を起こすことなく、手だけを動かすと、スカート越しの俺の足をおもむろに撫で始めた。
「ノインさん!?」
俺は思わず声を出してしまったが、ノインはそれを意に介さず、俺の足を触り続け、挙句の果てに頬擦りをし始めた。
「ノインさん、起きているなら、そろそろ体を起こしてもらえるかしら?」
「……失礼いたしました」
俺がやんわりと抗議をすると、ノインはようやく俺の足から離れてくれた。
「……試験中に眠ってしまい誠に申し訳ありません。問題は解き終わりましたか?」
「ええ……」
「……それでは採点に移りましょう」
「その前に、その手をどかしてもらえないかしら?」
しかし、ノインは座る体勢に戻っても、俺の隣に密着するように座り、手は俺の足の上に置いたままだ。
ノインはキョトンとした顔を俺に向けてきた。
「……どうぞお気になさらず」
「いえ、気になるわ」
「……試験会場では何が起こるか分かりません。不意の出来事にも動じない心が合格には不可欠です。そのことを分かっていただきたかったのです」
ノインはとんでもない理屈を述べながら俺の足を触り続けた。
何かの冗談であってくれと思ったが、ノインは何事もないかのようにその体勢のまま俺の回答に目を通し始めた。
「……全体的によくできていると思います。本番の試験でもほとんど合格ラインではないでしょうか。ただ、第三者の権利侵害に関する知識に若干の自信のなさが表れています」
「そ、そう。それより、そろそろ離れてもいいんじゃないかしら?」
「……かしこまりました」
ノインは少し不服そうではあったものの、ようやく俺の体から手をどけてくれた。
そしていつものような真面目な顔に戻ると、問題の解説をしてくれた。
「第三者の権利侵害は一概に法律で規定できない部分が多いので、最も裁判官個人の判断が出やすく、難しい箇所です。しかし、だからといって自分勝手な判決を出してはいけません。正しい知識と論理で加害者への罰を決定しなければなりません。例えば、この問題の場合は………………」
ノインが指摘した通り、その箇所は俺が苦手とする分野であったし、今回の問題で最も苦戦した部分だった。
俺の解答を見て、瞬時にそのことを見抜く能力の高さは賞賛に値する。
俺は改めてノインの講義を聞き、法律に関する知見を深めた。
「……今日はこのくらいにしておきましょう。先ほども申し上げましたが、イスラ様は十分に合格できるだけの知識をお持ちです。どうか自信をお持ちください」
「ありがとう、ノインさん。あなたのおかげだわ」
こうして午後の時間をいっぱいに使った試験前最後の勉強会は終わりとなった。
ノインがここまで太鼓判を押してくれるのだ。
お世辞が多少入っていることを考慮しても合格は十分見込めるだろう。
「……最後に、何か質問などはございませんか?」
「それなら一つ聞きたいのだけれど……どうしてさっき私の足をあんなに撫でまわしたのかしら?」
ノインの発言は講義の内容に関する疑問はないかという意味だっただろうが、俺は先ほど彼女が一心に俺の足に触れたことが気になった。
ノインは俺の質問に対し、さも当然のように言った。
「……イスラ様のおみ足が柔らかく、心地よかったからです」
ノインがあまりにも堂々とそう言うものだから、危うく納得しかけたが、よく考えなくてもその理屈はおかしい。
「ノインさん、そう言ってくれるのはありがたい(?)けれど、勝手に触られるとびっくりするからやめてくれると助かるわ」
「……かしこまりました。それでは今後は事前に許可をいただくようにします。早速ですが、今から触ってもよろしいでしょうか。今度はできればスカートの上からではなく、直接触ってみたいのですが」
「申し訳ないけれど、不許可よ」
やはりノインは頭の良さは光るものがあるが、対人能力は絶望的に低い。
普通は友人同士であってもそう簡単に体をペタペタと触るものではないが、俺以外に友人がいないノインはそれすらよく理解していないようだ。
「……残念です」
俺が断るとあっさりと引き下がってはくれたが、今後は無暗なスキンシップには気を付けなければならないことを覚えておこう。
その日の夜。
俺は就寝前にベッドの上で自分の太ももを触ってみた。
ノインがあれだけ執着するには何か理由があるに違いないのだが、自分ではよく分からない。
俺は自室のベルを鳴らし、侍女のメッツを呼びだした。
「こんな時間に呼び出してごめんなさい」
「いえ、構いません。どういったご用向きでしょうか?」
「私の膝枕の感想が聞きたいのだけれど、構わないかしら?」
「はい、もちろんです…………えっ!? 膝枕!?」
メッツは珍しく狼狽したが、有無を言わさずに俺は彼女をベッドの上で横になるよう促し、その頭の下に自分の足を入れた。
「どうかしら?」
「楽園はここにあったのですね」
メッツは訳の分からない感想を述べたが、要は悪くないということだろう。
「分かったわ、ありがとう。もう戻っていいわよ」
「なんとご無体な」
俺はさっさとメッツの頭をどかし、退室を促した。
メッツは文句を言ってきたが、いきなり呼び出しておかしな命令をされたのだから怒って当然だ。
すまん、メッツ。
しかしメッツは退室前に真面目な顔で言い残した。
「イスラお嬢様、その膝枕は危険です。安易に使用しない方が良いかと思われます」
メッツが部屋を出た後、俺は再び自分の太ももを触ったが、やはり何が良いのかさっぱりわからない。
思わぬ特技(?)が見つかったのはいいが、自分だけは自分の膝枕の感触を絶対に味わうことができないのは少しだけ悔しい。
俺は大人しく数年前、自分用に特注した愛用のフワフワ枕で眠りに就いた。
次回投稿日:2月29日(木)
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※かの有名なパスカルの名言は「考える”葦”」です。
”脚”ではありません。




