56.忠臣を持つ者(3)
前回の話
イスラはレティシアの元侍女であるファラの襲撃を受けたが、逆にファラを自分の使用人となるよう勧誘した。
ファラの襲撃から3日が経った。
俺はいつものようにレアの待つ隠れ家に向かっていた。
「イスラお嬢様、ご自身を襲った相手を侍女として迎え入れて本当に良かったのでしょうか?」
「しつこいわよ、メッツ。私がいいと言っているの」
今日はメッツも一緒だ。
彼女はしきりにファラの排除を俺に訴えているが、自分の雇い主に危害を加えた者が同僚になるのは思うところがあるのだろう。
ファラの件があった後に、その件を帰ってからメッツに話したところ、血相を変えて心配してきた。
しばらくは自分が付いていなかった不手際への謝罪や、襲ってきた相手であるファラへの罵詈雑言などを繰り返していたが、最終的には当面の間、俺の外出には可能な限り同行することを要求してきた。
最初は俺もその申し出を断っていたが、あまりにもメッツがしつこいので仕方なく外出の際の同行を許可することにした。
「おかえりなさいませ、イスラお嬢様」
隠れ家に入るとレアが出迎えてくれた。
隣にはファラもいるが、主人が帰ってきたにも関わらず無言で睨みつけてきた。
俺とファラの雇用関係は名目上のものであり、実際はファラに期待しているのはレアの護衛だ。
俺は形式上はファラの主人であるものの、ファラが実際に忠誠を誓っているのはレアなので、俺に対しては変わらず反抗的な態度を続けている。
俺はそのことをあまり気にしてはいないが、メッツが苦言を呈した。
「あなたがファラですか。イスラお嬢様が帰ってきたというのに挨拶もなしとは無礼ではありませんか?」
「私が仕えるのはレティシア様だけだ。今はレティシア様の意向を汲み取ってこうしているだけに過ぎない。確か、メッツと言ったか。私はお前とは違ってこんな性格の悪い女に尽くすつもりはない」
ファラもまた、一切怯むことなくメッツに言い返した。
二人は互いに睨み合い、その視線がぶつかり合う様子は火花でも放っているかのような錯覚に陥るほど激しい。
「ファラ、そのような口の利き方はだめよ」
一触即発な白熱した空気の中、レアの声が涼風のように響く。
「しかしレア様、……」
「これまで何度も言ったように、私はただのレアよ。私とあなたは同じ立場なのだから“様”は不要。メッツさんはとても素敵な方なのだから仲良くしなさい。あと、イスラちゃんへの失礼な発言も禁止」
「かしこまりました」
レアは毅然とした態度でファラの無礼な言動を咎めた。
その中で自分もまた俺のことを“ちゃん”付けで呼んでいるのだが、かつての侍女との会話で思わず公爵令嬢時代の名残が出てしまっただけだと思うので見逃してやろう。
レアに諭されて、ファラは渋々といった様子でこちらに頭を下げてきた。
「先ほどは大変失礼いたしました、イスラ・ヴィースラー。メッツ……さんも」
ファラは態度こそ丁寧になったが、俺の呼び方に関してだけは抵抗を続けた。
いくら呼び方を丁寧にしても彼女の心までは変えることはできないわけだし、別段このままでも特に不都合はない。
「私は気にしていないから頭を上げなさい。メッツも気にしていないわよね?」
「イスラお嬢様がそうおっしゃるなら」
メッツも納得はしていないような様子だったが、一旦は引いてくれた。
それにしてもただ帰宅するだけでもこの騒ぎだ。
これから先のことが思いやられる。
暗雲立ち込める出だしだったが、案の定その後もメッツとファラの小競り合いは続いた。
俺とレアの見ている前だからか、あからさまな罵り合いはしなかったが、明らかにお互いを意識している。
例えばメッツが待機の時の立ち姿を見て、ファラが
「レアさん、使用人たるもの主の側に立つ際は常に“気を付け”の姿勢でいることが望ましいです。どこぞの下女風情の小娘のように勝手に“休め”のような立ち姿になることは美しくありません」
と言えば、メッツは
「レアさん、ファラさんの言うことも一理ありますが、イスラお嬢様はそのようなことで小言を言われる方ではありません。むしろずっと気を張っていたら『もう少し楽な恰好で』とお声かけくださるようなお方です。どこぞの小うるさいおばさんの言うような型に嵌った働き方をしなくても良いのですよ」
と返した。
また、レアが俺に茶を用意しようとした際にもファラが
「レアさん、その淹れ方は確かメッツさんに教わったのですよね。ですが、私でしたらもっと香りの立つ淹れ方を存じているので、今後はそちらのやり方に変えましょう。一流のやり方で淹れたお茶の味を知らないままでは主様が可哀そうです」
そう言うと、すかさずメッツが
「レアさん、当然私も様々なお茶の淹れ方を勉強しましたが、その中でイスラお嬢様が一番好まれるのが今の私の淹れ方なのです。お茶を淹れるのは自分の知識をひけらかすためではありません。主の好みに合わせて臨機応変に対応できないような頭の固い使用人になってはいけませんよ」
と返す。
ファラもメッツも大げさなほどニコニコとした顔をしているが、目だけは真剣そのものだ。
両者一歩も譲らない一進一退。
その間に挟まれるレアは曖昧な笑顔でやり過ごしているが、気疲れが滲み出ている。
流石にこのまま見て見ぬふりはできないと思うが、どうしたものか。
話合いでは解決するとは思えない。
それならば……。
「ファラ、メッツ。あなたたちのどちらがより優れた使用人か勝負で決めればいいのではないかしら? 種目は……そうね、料理なんてどう?」
一層のこと白黒つけてやればこの無意味な争いも収まるだろう。
俺の提案にファラもメッツもニヤリと笑った。
「いいのですか、イスラ・ヴィースラー。私がメッツさんを完膚なきまでに負かしてしまっても」
「イスラお嬢様、ご配慮いただきありがとうございます。私が完全な勝利を勝ち取れば、たとえ年増の馬鹿女でも自らの矮小さを理解できるでしょう」
俺の家にも料理人は別にいるし、公爵家の屋敷も言うまでもない。
普段から料理は彼女たちのメインの仕事ではないが、それにも関わらず二人ともやる気は十分だ。
この策が吉と出るか、凶と出るかは分からないが、こういうやり方でしか解決できない問題もある。
今はこのまま気の済むまでやらせよう。
勝負開始の合図をした俺はファラとメッツが妨害合戦を始めないかを観察したが、二人で一つの厨房を使用して作業しているにも関わらず、二人とも不思議なほどスムーズに調理を進めていいた。
よく見ると、二人とも無意識に相手の動きを見ながら、それに合わせて自分の工程の組み立てをしているのだ。
傍から見ると息がピッタリにしか見えない。
優秀な者同士、自然と呼吸が合うのだろう。
「「できました!!」」
そして少し待つと、二人はほとんど同時に料理を完成させた。
ファラが作ったのは白身魚の煮つけ、メッツが作ったのは鶏肉の香草焼き。
まずはファラの創った煮魚を食べてみる。
うん、旨い。
素材の魚自体は決して上等なものではないにも関わらず、丁寧な下ごしらえと上品な味付けで貴族の食事に相応しい一品となっている。
次にメッツの作った肉を食べる。
こちらも旨い。
やはり、上等とは言えない素材を香草の組み合わせで上手く味付けられた肉が食欲をそそり、米やパンが欲しくなる。
ファラとメッツは俺が食べる様子をじっと見つめていた。
甲乙付けがたいが、ここで引き分けなどと日和ったことを言っては面白くない。
「私が好きなのはメッツの料理ね」
俺は正直に自分の好みを告げた。
得意げな顔のメッツと、不服そうにするファラが対照的だ。
「やはり、私の方が優秀な使用人のようですね、ファラさん」
「イスラ・ヴィースラー、どういうことだ。どう考えてもこんな香草で強い味を付けただけの肉よりも私の魚の方が優れた料理と言えるだろう!」
「ファラさん、言い訳は見苦しいですよ。イスラお嬢様は私の料理の方がいいと言ったのです。二言はありません。大人しく負けを認めたらどうですか?」
「馬鹿を言うな。こんなものは八百長だ。私の料理が正しく評価されていないだけだ」
そしてまたどちらの料理が優れているか、という話でメッツとファラの言い合いが始まってしまったが、そんな中でレアがファラとメッツが作った料理に手を付けた。
「私はファラの作った料理の方が好きかしら。味付けが優しくて良いと思う」
そしてファラの肩を持つような感想を呟いた。
その瞬間、ファラもメッツも口論を中断し、静寂が訪れた。
レアの言葉を聞いたファラは嬉しそうな表情を浮かべた。
「メッツさん、今回の勝負は私の負けで構いません。私は私の信じる方に認められればそれで構いません」
「そうですか」
急に穏やかになったファラの態度につられてか、メッツもすっかり毒気が抜けたようだ。
「ファラさん、私も少し大人気なかったかもしれません。失礼しました。改めて、これからよろしくお願いします」
「メッツさん、こちらこそごめんなさい。私としたことが、冷静さを欠いていました」
そしてどちらからともなく手を差し出し、使用人同士の握手を交わした。
紆余曲折はあったが、これにて一件落着のようだ。
「あなたと協力せよというのはイスラお嬢様の指示ですので」
「あなたと仲良くするのはレティシア様の意向なので」
……いや、こいつらは和解などしていない。
握手している腕を見ると、メッツもファラも血管が浮かぶほど相手の手を強く握っている。
「あなたとは良い関係を築けそうです」
「奇遇ですね。私も同じことを考えていました」
そして二人は全く同じタイミングで同じ言葉を発した。
「「私のお嬢様に手を出さない限りは!」」
次回投稿日:2月23日(金)
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