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55.忠臣を持つ者(2)

前回の話

イスラはレアの居る隠れ家に向かった際に謎の人物の襲撃を受けた。

「イスラ・ヴィースラー。レティシア様の失踪の件でお前に聞きたいことがある」


俺の両腕を後ろ手に縄で縛って拘束した襲撃者が何者か俺には一切の見当が付いていなかったのだが、この一言で分かったことがいくつかある。


まずは本人の言葉通り、レティシアの失踪に興味がある人物であること。


次にレティシアを様付けで呼んでいることから、レティシアに対して友好的な人物であること。


最後にこの声の主は女であること。


しかし、それだけではまだ襲撃者の目的は分からない。

とにかく会話を引き延ばしつつ、情報を聞き出すことにしよう。


「レティシア様の失踪について? 何を聞きたいのかしら?」

「とぼけるな。お前がレティシア様を攫ったのは分かっている。レティシア様がどこにいるのか教えろ」


襲撃者は俺の腕を拘束する力を強めつつ、怒りを押し殺したような声でそう言った。

こいつは本当にレティシア失踪事件の主犯が俺であることを知っているのか?

だとするとこの状況は“詰み”だ。


『思わぬ人物の行動がきっかけで事件が解決するという事例も過去にはあったそうです』


不意に先日リウラが俺に言った言葉が脳内に呼び起された。

あいつは近々こうなりそうなことを知っていて俺に忠告をしていたのか。


今となっては完全に無意味な忠告であるが、おかげで少しだけ冷静になれた。


改めて考えてみると、この襲撃者が情報屋のリウラでも調査中であったこの件の真相をどうやって知ったのかは疑問が残る。


つまり、まだ負けを認めるには早すぎる。


「私は何も知らないわ。なぜ私が攫ったということになっているの?」

「とぼけるな。お前以外に考えられないからだ」


俺が白を切ると、襲撃者は案の定確たる証拠を提示はできなかった。

そうなると、この襲撃はレティシアの件はただの口実であり、実際は何でもいいので理由を付けて俺のことを拘束しようとしている者の差し金という可能性が高い。


恨みを買っている相手だとすると……心当たりが多くて絞るのが難しいが、貴族の誰かだろうか。


しかし、仮に貴族がゴロツキに依頼して俺を拘束しようとしているならば、複数人で囲った方が確実だ。

ならば、こいつは単独犯であり、なおかつ誰かに依頼されたわけではない?

益々こいつの正体が分からない。


「あなたが何を知っているのかは知らないけれど、それは誤解よ。私は本当に何も知らない」

「ならばこの家には何がある? お前は定期的にここに訪れている。丁寧に尾行を撒いてまでわざわざやってくる理由は?」

「私も貴族の端くれよ。隠しておきたい財産の一つや二つあるものなの。お金が望みなら、分けてあげるのもやぶさかではないわ。だからこの手を離してくれない?」

「ふざけるな。そんな金に興味はない。……もう一度だけ聞こう。レティシア様は、どこだ?」


襲撃者は低い声で俺を威圧するように再度レティシアの居場所を聞いてきた。

しかし、襲撃者の態度が硬化するのに反して俺の精神は落ち着きを取り戻していた。


この襲撃者は金には興味を示さなかった。

この時点でただの雇われのゴロツキではない。

声の雰囲気から何か使命のようなものを持って動いている必死さを感じる。


(もしかすると、本当にこいつはレティシアのことを心配しているだけのやつかもしれない)


レティシアの身を心から案じつつ、俺のことを証拠なしで誘拐犯だと思い込むほど敵視しており、なおかつ背後から俺を拘束できる程度の身体能力も持つ女。


そんな人物にたった一人だけ心当たりがあった。


「分かったわ。そこまで言うなら会わせてあげるわ」

「何だと?」

「あなたの予想通り、私はその家の中に他人には知られたくない人を匿っているの。その人に会えば、私の潔白は証明されるはずだから」


俺の予想が正しければこれで全て丸く収まる。


襲撃者は俺が突然意見を変えたことに警戒して少しの間逡巡したが、すぐに俺の提案に乗ってきた。


「家の鍵はどこだ?」

「懐に」


俺がそう答えると、襲撃者は躊躇なく俺の胸元に手をつっこみ、鍵を取り出した。

襲撃者はその鍵で扉を開けると、拘束したままの俺を連れて家の中に入っていった。


「おかえ……」


扉を開けると、いつものようにレアが出迎えてくれたが、俺の隣にいる招かれざる客を見て言葉を失っていた。


しかし言葉を失ったのはレアだけではない。

レアの姿を見て襲撃者から明らかに感嘆の声が漏れた。


そしてその襲撃者は自らローブのフードを脱ぎ去り、素顔を晒した。


「レティシア様、お迎えに上がりました。御覧の通り、レティシア様を誘拐した卑劣な犯人は私が取り押さえましたのでご安心ください」


思った通り襲撃者の顔には見覚えがあった。


整った顔立ちが特徴の俺達よりも少し年上大人の女。

その正体はかつてのレティシアの侍女だった。


この女は何故か知らないが、やたらと俺のことを敵視してきたので印象に残っている。


「ファラ……?」

「はい」


レアは女の言葉にも表情を変えずにいたが、名前をぼそりと呟いた。

どうやら俺を襲った女の名はファラというらしい。


ファラと呼ばれた女はレアの方に歩み寄ると、跪いて手を差し伸べた。


「さあ、お屋敷に戻りましょう。旦那様もお待ちです」


ファラは自信に満ちた声でレアに呼びかけた。

まるで自分のことを、囚われの姫君を助け出す勇者だとでも思っているような振る舞いだ。


しかし差し出された手は宙に浮いたまま虚空を彷徨っている。


「レティシア様……?」


ファラも違和感に気が付いたようで、先ほどとは一変して不安気にレアに呼びかけた。

レアは無表情のまま、ようやく重い口を開いた。


「あなたが何を言っているのか、全然分からないけれど、私はイスラお嬢様の侍女のレアよ。レティシアという名前の人間なんて今ここにはいないわ。それよりも、どうしてあなたは私の主様の手を縛っているのかしら?」


レアの声は無機質そのものであり、ファラも顔を強張らせて硬直している。


「レティシア様、どうして……」


ようやく絞りだしたであろう声も蚊の鳴くような弱弱しい声で、しかもまともな会話になっていない。

ファラの緊張と混乱が伝わってくる。


「レア、悪いのだけれどこの手の縄を解いてくれるかしら?」

「はい、すぐに」


そんなファラのことは無視し、俺はレアに拘束を解くよう命じた。

レアはすぐに俺の元に駆け寄ると、テキパキと縄を解いてくれた。


「痕が残っています。お可哀そうに」


俺の腕には縛られた縄の痕が付いていたが、それを見るとレアは俺の手を取り、自分の手でその痕をさすってくれた。


レアのしなやかな指で腕をさすられると、本当に痛みが引くような気がした。

しばらく経てば元通りになるであろう浅い痕だったが、それでもレアは悲しそうに嘆いてくれた。


ファラはそんな俺達の様子も一部始終、絶望の眼差しで見つめていた。


「どうして……」


どうして自分の手は取らずに、憎き敵である俺の手を取るのか。

そう言わんばかりの顔をしている。


さっきまで勇者気取りだった人間がここまで惨めな顔をできるものなのかと思うと、本や舞台上での物語よりも、よっぽど面白い見世物だ。


「これで分かったでしょう。ここにはレティシア様はいないし、私は無実であると」

「ふざけるな……ふざけるな! これはお前がレティシア様を騙したからこうなったに違いない! レティシア様、目を覚ましてください。あなたは公爵令嬢のレティシア・フローリア様です!」


俺は既に勝敗は決したと思っていたが、ファラはまだ現実を受け入れることができないようで、再びレアに向かって呼びかけた。


その言葉は思い付きで発せられた、やぶれかぶれのものではあったが、俺がレティシアを騙したという真実を偶然にも指摘した点は興味深い。


ただし、いくら本当のことであっても、それを発する人間に信用がなければ真実など何の意味も持たない。


ファラの言葉は一切レアの心には響いていない。

それがこの場での事実だ。


そしてレアはファラの言う『真実』に珍しく怒りを露わにした。


「私の主様をこれ以上侮辱するのは許さない」


その怒りの感情は激しいものではなく、静かに燃え上がるものであった。

業火のようなものではなく、氷の中に閉じ込められるかのような圧倒的な冷たさ。


その怒りに触れたファラは、もはや何も言えなくなり、ようやく現実を受け入れて静かに涙を流した。

号泣といった感じではないが、頬を伝う一筋の水の流れが絶えることはなく、深い悲しみが見て取れる。


ファラの凶行にはヒヤリとさせられたが、彼女のレティシアへの忠義は確かだった。


「あなたはこれからどうするの? 私を連行して、ここでのことを誰かに訴える?」

「もう何もかもどうでもいい」


ファラはまるで涙と共に一切の生気を体外に放出しているかのような無気力さで俺の質問に答えた。

その姿はまるで抜け殻であり、生きる気力を失っている。


もはやこの状態のファラから情報が洩れることは考えにくいし、慎重に対応するならば、このまま娼館送りにして一生幽閉するもいい。

何なら放っておいても勝手に野垂れ死んでくれそうだ。


しかしこいつは、まだ使える気がする。

俺はファラに一つ提案をしてみた。


「あなた、私の侍女にならないかしら?」

次回投稿日:2月20日(火)


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