表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/127

54.忠臣を持つ者(1)

前回の話

イスラは情報屋のリウラと会い、友好的な関係の維持に努めた。

「イスラお嬢様、おかえりなさいませ」

「ただいま。レア、いい子にしてたかしら?」

「はい。言いつけ通りに過ごしていました。今お茶を淹れますね」


俺はいつものようにレアを匿っている隠れ家を訪れた。


レアはいつも通り俺の顔を見ると安心したような笑顔で出迎えてくれ、いそいそと茶の準備をしてくれた。


その背中を見ながら俺は最近の違和感について考えていた。


(明らかに誰かに尾行されている)


俺はこの隠れ家に来るときはいつも細心の注意を払い、誰かに見られないようにしてここにやってくる。


当然、尾行がいないかということも確認するのだが、ここ最近は全身ローブ姿の人物が毎回付いてこようとする。

その人物が同一人物か、それとも組織的なものか、誰が、何の目的でそんなことをしているのか、分からないことだらけである。


この前、リウラに会った際にも俺の動向はそれとなく調査されている感じだったが、リウラならこんな雑なやり方はしない。

では一体誰が?


「イスラお嬢様、お茶が入りました。……難しい顔をされてどうされましたか?」

「ありがとう、レア。なんでもないわ」


考え事をしていると、目の前にティーカップが置かれており、心配そうな顔をしたレアが俺の顔を覗き込んでいた。


貴族らしさはなりを潜めたとはいえ、相変わらずレアは稀代の美人だ。

急に顔を近づけられると、それがより顕著に感じられる。

公爵令嬢だった頃よりも化粧気や装飾品の飾り気はなくなったにも関わらず、むしろ素材の良さが分かりやすく表れている。


綺麗な色白の肌、長いまつ毛、吸い込まれそうになる瑠璃色の瞳、そういった魅力を存分に兼ね備えた女だが、その魅力を公に晒すことができないのは少し惜しい。


もしもレアの顔の良さを使って何か商売するとしたらいくら儲かりそうかと考えずにはいられないが、考えても無駄なことなのですぐに思考を切り替えた。


「それじゃあ、私がいなかった間の近況を聞かせてくれるかしら?」

「はい。とはいっても特別なことはありませんでした。ここを訪れる人は誰もいませんでしたし、後は家事や読書をして過ごしました」

「そういえば最近本を持ってきていなかったかしら。今度新しいのを持ってくるわ」

「ありがとうございます」


いつも通りレアに近況を確認したが、こちらは特に異変はないようだ。

2、3日おきには来るようにしているので劇的な変化などは起こり得ないとは思っていても、レアの存在は世間に露呈すれば一発で俺の破滅が決定してしまう劇薬であるため、慎重にならざるを得ない。


レアの話はすぐに終わってしまったので、どうしたものかと考えているとレアの方から話を振られた。


「私の生活はこの家の中で完結しているので、あまり変化はありません。しかし、イスラお嬢様はどうでしょうか。最近はどのようなことをされているのでしょうか」


その質問は純粋な興味なのか、できるだけ俺を長く引き留めようとして発したものかは分からないが、たまには俺の話をしてやるのもいいだろう。

俺はレアに話せる範囲で最近の出来事を話してやった。


特に、ユフィー、ノイン、ミレイヌの三人と会ったこと、彼女たちも元気そうにしていることはレアも興味があると思ったので詳細に伝えた。

しかし俺の予想とは裏腹にかつての友人たちの話を聞いたレアの顔からは表情が消えていった。


「イスラちゃん、私が一人でいる間に他の子と遊んでたんだ」


恐らく無意識に発せられたその呟きは使用人のレアとしてではなく、親友のレティシアとしてのものだった。


その低く静かな声で漏れ出た本心は本能的にゾクリとさせられるような妙な迫力があり、俺は咄嗟に言い訳を考えた。


「遊んでいたわけではないの。必要なことだからそうしていただけ」

「そんなことはどうでもいいわ」


生半可な言い訳は即刻切り捨てられた。

幸いにも怒りは感じないが、これ以上不用意な発言は控えた方が良さそうだ。


俺が観念したのを見ると、レア……いや、レティシアは静かに口を開いた。


「私も、もっとイスラちゃんと一緒にいたい。私がここに来たのは、イスラちゃんと離れ離れにならないようにって決めたからなのに、最近は全然一緒に居られてない」


レティシアはいつも俺が帰る時に悲しそうな顔をするが、その心の中では孤独感が育ってしまっていたのだろうか。


その積み重なった気持ちが今抑えきれなくなっており、悲しそうな、そして少しばかり恨めしそうな目で俺のことをじっと見ている。


「イスラちゃんの言う通り、私、いっぱい頑張ったよ? 使用人の仕事も勉強したし、留守番しろって言われたから一歩も外に出ないでこの家で大人しく待ってたよ? だから、そろそろご褒美をくれないと、私もう頑張れないかもしれない」


レティシアの言うことも一理ある。

俺も多少気を遣っていたとはいえ、ずっと家の中に幽閉していたのでは気分が沈むのも無理はない。


……確か今日この後と、明日の午前の予定は個人的な作業時間に充てていたはずだ。

それならば、多少無理やりではあるが時間は作れる。


「分かった。今日はここに泊っていく。それじゃあ、ダメ?」


俺は仕方なくレティシアのために時間を作ることにした。

その分、後で溜まったタスクをこなす必要は生じるが、先のことよりも今は目の前の問題の解決が優先される。


レティシアは俺の提案を聞くと、パッと顔を輝かせた。


「うん。それでいいよ。今日は一日一緒にいてね」


先ほどまでの緊張感が嘘のように穏やかな空気が流れる。

とりあえずこの場は丸く収まったようで、俺も一安心だ。


しかし泊るとなると一つだけやらねばならないことがある。


「近くに馬車を待たせているんだけど、先に帰らせることにするから少し待ってて」


先ほど乗ってきた馬車は近くの人目につきにくい場所に待たせているが、隠れ家に泊るのであればずっと待たせているわけにはいかない。

明日の朝に迎えに来てもらうようにして一度帰ってもらう必要がある。


俺は一度隠れ家を出て、周囲に人がいないかを注意深く確認しながら馬車の元に向かい、御者に事情を伝えて一度屋敷に帰した。

すぐさま隠れ家に戻ると、レティシアは温かく微笑んだ。


「本当にすぐに戻ってきてくれた」


そしてレティシアは俺の方に駆け寄ってくると、俺を正面から抱きしめた。


「レティシア、そんな風にされたら動けないのだけど」

「少しだけこうしていたいの。イスラちゃんの感触をもっとたくさん覚えておきたいから」


レティシアの言っていることはよく分からないが、どちら道今日は俺もこの家から出られないのだ。

彼女の好きにさせてやろう。


……そう思っていたのだが、


「ねえ、レティシア。そろそろいい加減離れてくれない? 足が疲れたから座りたいのだけど」

「もう少しだけ、このままで」


レティシアは一向に俺から離れてくれなかった。

そして何度目かの“もう少し”で俺は諦めて心を無にして棒立ちすることを決めた。


どれだけの時間が経ったかは分からないが、ようやくレティシアが体を離してくれた後も、腕を絡めてきたり、不意に体をくっつけてきたりと一日中スキンシップを取ってきた。


唯一レティシアが俺から離れていたのは彼女が夕食を作ってくれた時くらいのものだった。


その日の夕食は何の変哲もないパンと野菜のスープ、鶏肉のソテーという一般的な平民の食事といったメニューであった。

少し前まで公爵家で過ごしていた人間が作ったとは思えないほど質素なものであったが、これもメッツの教育の賜物なのだろうか。


「イスラちゃん、どうぞ召し上がって」


食事を勧めるレティシアだったが、自分は俺の左に陣取って俺の左腕にしがみついている。

右手しか使えないので、食べづらいことこの上ないが、まずはスープを一口飲んでみた。


「美味しい……」


見た目はあまりにも普通だったのであまり期待はしていなかったが、思った以上に美味しいスープだった。


野菜は丁寧に下ごしらえされているからか、柔らかく、味も良く染みており、その野菜の旨味が溶け込んだスープも絶妙な塩加減で素朴な中にも確かな味わいを感じる一品だ。


「よかった。美味しいって言ってもらえて。……自分の作った料理を好きな人に食べてもらえるって、こんなに嬉しいんだね」


レティシアは嬉しそうに、それでいて少し照れくさそうにはにかんだ。


どうせ、今日はレティシアのために時間を使っているのだ。

どうせならもう少しサービスしてやろう。


「本当に美味しいよ。これなら毎日でも食べたいくらいかな」


俺はさらにレティシアの手料理を褒めた。

もちろんこれは少しばかり誇張した表現だが、レティシアも満更でもなさそうだ。


「毎日と言わず、私は一生イスラちゃんのためにご飯を作ってもいいよ」


そして浮かれた結果、彼女はそんなことを言うのだった。

メッツもそうだが、俺の近くの女は軽々しく自分の人生を俺に捧げ過ぎだし、その忠義を少しでも分けてもらえれば俺ももう少し真っ当な人間になれただろうに。


そんな一日も気がつけば終わりを迎え、翌朝に俺は自分の屋敷に戻ることにした。


レティシアは相変わらず悲しそうな顔をしているが、同時に満足げな笑顔も見られたのでしばらくは大丈夫だろう。


「イスラお嬢様、次はいついらしてくれますか?」

「また2、3日後には」


レティシアはレアに戻り、いつもの日常が戻ってきた。


……はずだった。


3日後、俺は再びレアの待つ隠れ家に向かい、いつものように玄関の扉を開こうとしたその時だった。


ドアノブに伸ばした右手とは反対の左手を突然誰かに掴まれた。

何事かと思い混乱していると、その隙に右手も掴まれて、両手を背中で拘束されて縄で縛られた。


振り返ろうと首を回すと、以前尾行されていたローブ姿の人物だった。


こいつは一体何者なのか。

そして何の目的でこのようなことをしているのか。

俺はこの後どのような仕打ちを受けるのか。

混乱と恐怖で上手く思考が回らない。


俺は両手を縄で縛られた後、地面に組み伏せられた。

絶体絶命の状況であるが、俺の疑問の答えは襲撃者自身が教えてくれた。


「イスラ・ヴィースラー。レティシア様の失踪の件でお前に聞きたいことがある」

次回投稿日:2月17日(土)


続きが気になる方は是非ブックマークしてお待ちください。

高評価、いいね、感想をいただけたら励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ