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118.麻中之蓬 (2)

前回の話

イスラは読書会でユフィーとノインの仲が深まるよう唆した。

読書会でのノインから数日後。

私は自室でその時のことを思い出していた。


(あの時、ユフィーはノインの説明を問題なく聞いていた)


ユフィーが勉強を苦手としていることは周知の事実だが、あの時ノインの説明を理解するのにそこまで苦労していたような印象は受けなかった。


あの時はノインのコミュニケーション能力の強化という目的でユフィーに本の内容を説明してもらったが、ノインは元々人に何かを説明するのが上手なのかもしれない。


実際、私も前世でノインに法律のことをいろいろ教えてもらったことがあり、とても分かりやすかったのだが、内容自体は難しいものだったので、恥ずかしながら私の理解力あってのことだと思っていた。


もし、ノインが教師役としての適性があるのなら、ユフィーの勉強嫌いを改善するのにも有効かもしれない。

そうと決まれば早速確かめてみよう。


一週間後、ユフィーとノインとアポイントを取ってユフィーの屋敷で勉強会をすることになった。

ユフィーの屋敷に行くのは前世での訪問以来だったと思うが、以前来た時と特に変わりはない。


「イスラ、いらっしゃい!」


客間に通されると、ユフィーが笑顔で出迎えてくれた。

今日は勉強会と言っていたのだが、その割にはご機嫌だ。


伝わっていなかったかとヒヤヒヤしたが、机の上には勉強道具が用意されているので、勘違いしているわけではなさそうだ。


「ユフィー様、勉強会だというのに嬉しそうですね」

「イスラとノインが教えてくれるんだろ? それならタリスマンの講義よりはマシだから。……ああ、タリスマンっていうのは私の先生のことな。怒ると怖いんだ」


どうやらユフィーが勉強会の申し出を快諾したのは彼女の家庭教師の講義を受けなくて済むかららしい。

そういえば前世でも家庭教師の存在について言及していた気がするが、すっかり忘れていた。


「……遅くなりました」

「ノインか。よく来たな! 今日はよろしく!」


私の後を少し遅れてノインがやって来た。

今日のメンバーが揃ったことで、早速私達は勉強会を始めた。


ユフィーは学問全般が苦手なのだが、特に嫌いなのは数学とのことだったので数学から始めることにした。

ノインの得意分野は法律を中心とした人文学系だが、本人曰く


「……理数系の学問もユフィー様に教える程度の教養はございます」


とのことだったので気にせず開始することにした。


「……まずはユフィー様の実力を確認させてください。今から私の出す問題に解答してください」

「おう!」


ノインは小手調べにユフィーに数式を読み上げてその回答をさせた。

最初は簡単な一桁の足し算から始まり、ユフィーも余裕そうに答えたが、掛け算や二桁の数の計算になると途端に回答のスピードが落ちた。


「……35+48は?」

「ええっと……紙を使ってもいいか?」

「……どうぞ」

「5と8を足して……3と4を足して……繰り上がりがあるから…………答えは83か?」

「……正解です」


ユフィーは苦戦してはいるものの、この辺りまではまだ自力で計算できるようだ。

この様子であれば四則演算は概ね問題ないだろう。


「……X+7=2X+3 が成立する時のXの値をお答えください」

「そのXってやつやめてくれ!! 何を言っているのか全然分からない!!」


しかし数学の範囲に入った途端にギブアップが入った。

初歩的な方程式ではあるが、このレベルでもユフィーには荷が重かったようだ。


「……ではここから説明していきましょう」

「うん」

「……左のXを右に移項し、右の3を左に移項すると4=Xとなりますよね?」

「待ってくれ! そのイコウってなんだ!?!?」


私はノインの言っていることが分かるが、ユフィーには理解しがたい内容のようだ。

やはり文字が入った数式というのがネックなのか。


ノインは少し考えた後、おもむろに持参したカバンから銅貨を取り出した。


「……ユフィー様、ここにある銅貨をユフィー様が好きな枚数を取ることができます」

「どうした? 突然?」

「……ただし、ユフィー様が取ったのと同じ枚数の銅貨を私とイスラ様も取ります。また、ユフィー様にはそれとは別に銅貨7枚を、私とイスラ様は銅貨を3枚取得できます」

「よく分からないけど、銅貨がもらえるのは分かった」

「……その上でユフィー様の銅貨と、私とイスラ様の持つ銅貨を合わせた枚数が同じになるようにしたいのです。その時、最初に私達三人は何枚ずつ銅貨を取ればいいのでしょうか」

「難しいな。だけどさっきのXがどうたらよりは分かる気がする」


理屈での説明が難しいと判断したノインは具体的な例での説明を試みた。

ユフィーも先ほどよりは幾分かイメージしやすくなったようだ。


「……まずは私達全員が1枚ずつ取った場合を考えましょう。その場合、ユフィー様はご自身の1枚と追加の7枚を、私とイスラ様はそれぞれ1枚ずつ、計2枚と追加の3枚の銅貨を取得します」

「そうすると、私は8枚でノインとイスラは5枚だ。私の方が多いぞ」

「……そうですね。それでは最初に2枚取ったらどうでしょうか?」

「その時は…………私が9枚でノインとイスラが7枚だ。まだ私の方が多いけど、差が縮まった気がする!」

「……それを3枚、4枚と増やしてみましょう」

「おう。…………お、4枚の時は私が11枚、ノインとイスラも11枚で同じになった!」

「……正解です。今の操作は先ほどの式と同じ意味になります」


そして自力算ではあるものの、ユフィーは正解にたどり着いた。

手探りでありながらも、正解を出すことができたという結果はユフィーに自信を与えたようで、晴れ晴れとした顔をしている。


「……今回は実験で答えを出しましたが、ここから先は計算を使いましょう」

「これを計算できるのか?」

「……もちろんです。まずは追加でもらう銅貨ですが、ユフィー様が7枚、私とイスラ様が3枚でしたね?」

「ああ」

「……ユフィー様の銅貨と、私達の銅貨の枚数を比べる時に、私達の追加を0にする代わりに、ユフィー様が追加でもらう銅貨を4枚にしても結果は変わらないのですが、それは分かりますか?」


ノインは丁寧に説明をしているが、私は思わず感心してしまった。

私は直感的に移項の概念を理解したが、それを上手く実例に当てはめて説明するのは工夫が必要だ。


ノインはそれを上手くやっていると思う。

ユフィーもゆっくりではあるが、ノインの説明を理解できている。


「ええっと、……確かにそうかもしれない……!」

「……同じように、ユフィー様が何枚銅貨を貰うと決めても、それを受け取らない代わりに私も銅貨を受け取らないという条件を付ければ、銅貨の枚数の差はできないですよね?」

「本当だ! すごいな!」

「ここまでの話をまとめると、ユフィー様は銅貨を任意の枚数もらえる銅貨を貰える権利を手放し、追加でもらえる銅貨は4枚、私も銅貨は受け取れず、イスラ様だけ受け取ることができ、追加の銅貨は0枚ということになります」

「言われてみるとそうかもしれない! つまり、私は銅貨を4枚もらえて、イスラが好きな枚数もらえるのか。……って、そうなったらイスラは4枚もらうしかないじゃん!!」

「……はい。そういうことになります」


ノインの説明の甲斐あってか、ユフィーもようやく移項について何かを掴んだようだ。


「すごいな! 順番に数字を入れなくても勝手に答えが出た!!」

「……そういう風にできているのです。それでは試しに他の問題もやってみましょう」

「頼む!!」

「……2X+25=5X+4 が成立する時のXの値を求めてください」


先ほどはXという文字が出てきただけで泣き言を言っていたユフィーだったが、今回は果敢に数式に向き合っている。


「大変だ! 今度は私達3人じゃ人数が足りない!」

「……それならばレティシア様、ラスカル様、アンリ様、ミレイヌ様にも登場してもらいましょう。それで足りるはずです」

「それは名案だ! ……私とノインは銅貨をもらえない代わりに、イスラとレティシア様ももらえないから……」


先ほどの例にならって考えているためか、事情を知らない人からしたら意味不明と思われるような呟きを繰り返し、数分後にはうーうー唸りながらも自力で答えを出した。


「分かった! 答えは7だ!」

「……正解です」

「よっしゃあ!!!」


見事正解を導き出したユフィーは力強くガッツポーズで喜びを表現した。

その様子を見ていた私も思わず感動してしまった。


「……よく頑張りましたね」

「ああ! ノインのおかげだ! ありがとう!!」


最初は私の思い付きだったのだが、ノインは本当に良い先生役になってくれたし、ユフィーもそんなノインに敬意と感謝を持って接している。


(この二人は案外いいコンビなのかもしれない)


どこで知ったかは忘れてしまったが、麻中之蓬という言葉がある。

蔦が曲がってしまいやすい蓬も、まっすぐ成長する麻と一緒に育てると、まっすぐ伸びていくという意味だ。


ユフィーもノインも二人ともそれぞれに苦手なことがあるが、それを互いに克服し合って真っすぐに成長していくことができると信じている。

願わくば、この二人がお互いにとっての麻のような存在であり続けますように。

次回投稿予定日:8月18日(日)

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