119.食欲の秋(1)
前回の話
イスラはユフィーとノインの親交を深めるため、勉強会を開催した。
夏は過ぎ、秋のさわやかさを感じることが増えた季節。
ユフィーとノインを引き合わせたのが上手くいったことで、皆の抱える問題解決に対してのモチベーションが上がっていた私はとあることをすっかり忘れていた。
「イスラお嬢様、レティシア様からお手紙です」
「ありがとう、メッツ。またお茶会かしら?」
侍女のメッツから手紙を受け取った私は早速開封した。
レティシアからのその手紙にはケーキを食べに来ないか、というお誘いが書いてあった。
どうやら私だけのようだが、一体どういう風の吹き回しか。
(……いや、これはあの時の!!)
そこまで悩んでからようやくどうしてこのような誘いがあったかを思い出した。
以前、皆で旅行に行った時、夜のトランプ大会で準優勝だったことの特典として、公爵家でも滅多にお目にかかれないという貴重なケーキを食べる権利を貰ったのだった。
どれだけ美味しいものが食べられるかは分からないが、断る理由など全くない。
ありがたくご相伴に預かるとしよう。
約束の日。
私は軽い足取りでレティシアの屋敷に向かった。
「いらっしゃいませ、イスラ・ヴィースラー様。レティシア様はすぐにいらっしゃいますが、先に部屋でお待ちください」
屋敷で出迎えてくれたのはレティシアの専属侍女であるファラだった。
この世界で私と彼女の接点はないが、前世ではいろいろ世話になったので、個人的には親近感を覚えている。
しかし、ファラはレティシアの狂信者と言っても過言ではないため、レティシアと親しくしている私のことを敵視しているようで、射殺さんばかりの視線を向けてくる。
「こちらでしばしお待ちください。また、こちらの部屋はレティシア様の私室ですが、ゆめゆめ良からぬことを考えることのなきように」
「忠告ありがとう。大人しくしているから大丈夫よ」
ファラに案内されてたどり着いたのはレティシアの部屋だった。
前世では何度か入ったことがあるが、今世では初めてだ。
ファラも黙っていればそれなりに美人の部類なのだが、私に釘を刺すような発言をするために恐い顔をしているので美人が台無しだ。
最後まで私にガンを付けながらもファラは退室して部屋には私一人が残された。
暇なので、部屋の中を観察すると前世でのことが思い出される。
前世ではレティシアの“親友”として何度もこの部屋に招かれたが、今の私は何なのだろう。
「お待たせ、イスラちゃん」
不意に扉が開いて部屋の主が帰って来た。
後ろには何人かの使用人を引き連れており、ケーキが入っていると思われる箱と、お茶を淹れる道具を一式運んできた。
その中には先ほど私を散々睨んできたファラも涼しい顔で混ざっている。
レティシア本人は椅子に腰かけて私に笑顔を向けてくれた。
「遅くなってしまってごめんなさいね。待っている間退屈していなかったかしら?」
「そんなことはありません。レティシア様の部屋は興味深いです」
「まあ。何をそんなに見ていたのかしら?」
クスクスと笑うレティシアとの間に和やかな空気が流れる。
その間もレティシアからは見えない角度でファラから無言の圧を感じたりもしたが、気にしないことにした。
「レティシア様、ご用意が済みました」
「ありがとう、ファラ。イスラちゃん、準備ができたみたい」
ケーキの支度が終わったようで、ファラが声をかけてくれた。
レティシアにはいつもの真面目な顔で話しかけており、レティシアもファラが私に警戒心をむき出しにしていることには気が付いていなさそうだ。
私達はテーブルの前に移動し、いよいよ王族御用達と言われるケーキと対面した。
いちご、ぶどう、メロンなどの色とりどりのフルーツが乗ったスポンジ生地が純白のクリームでコーティングされている。
見るだけで美味しそうだと分かる一品だ。
「それじゃあ早速……いただきます」
フォークで小さめに切り取った部分を口に運ぶ。
口の中には一気に甘さが……いや、それほど甘すぎない!
果物の甘さと酸味がクリームの甘さと合わさって見事に調和している。
果物本来の甘さを引き立てるためか、クリーム自体の甘さは控えめであるものの、ミルキーな風味が程よく主張してくることで、味に奥行きが感じられる。
スポンジ生地も質の良いバターのほのかな香りとフワフワとした舌ざわりが絶妙で、しっかりと土台としての役割を全うしている。
当然、乗っている果物もケーキに合う最高のものが使用されており、甘さ、酸味、水分量、食感など全てにおいて完璧だ。
「…………」
思わず言葉を失い、すぐに次の一口を口に運ぶ。
果物ごとによっても味が変わり、一生食べ続けることができそうだ。
「イスラちゃん、美味しい? ……って、その様子を見れば分かるけどね」
無心で食べていたところでレティシアから感想について聞かれた。
あまりにも食べることに集中している私をニコニコしながら眺めている。
「このケーキの味を言葉にできそうにありません。ですが、生まれてから食べた最も美味しいものであることは間違いがありません」
「そう。なら良かった」
そしてどれだけ美味しいものでも食べたらなくなってしまうのは世の常だ。
最後の一口を食べ終えた私は満足感と同時に一抹の喪失感を抱いてしまった。
(もうなくなってしまった……)
その素晴らしい出会いはあまりにも一瞬で終わってしまった。
もう二度と出会えないかもしれないケーキ。
いつの日か、再開できることを信じたい。
レティシアも食べ終えたようで、すぐに使用人たちが片付けをしてくれて、室内は私とレティシアだけになった。
「イスラちゃんはすっかりあのケーキが気に入ったみたいね」
「はい」
「イスラちゃんがあんなに食べ物に集中するところなんて想像できなかった。意外と子供っぽいところもあるんだね」
「私が子供っぽいのではありません。あのケーキの前では誰でも皆平等にあのようになるのです」
レティシアはよほど私の食べっぷりが印象的だったのか、そのことについての話題が続いた。
私に言わせれば、あのケーキを食べてこうならない人間の方がおかしいと思う。
「でも、イスラちゃんがそれだけ気に入ってくれて良かった。今日のことは私なりの感謝の気持ちだから」
「どういうことでしょうか?」
「文字通りの意味だよ。この前の旅行も私が言い出したみたなものだったのに、準備は全部イスラちゃんがやってくれたし。それに、あの旅行で一段とみんなとの仲が深まった気もするし」
私にとってあの旅行はアンリやミレイヌとの関係を進めることができたという意味で充実した時間だったように、レティシアも同じように感じてくれているようだ。
レティシアに私の努力が認められたようで嬉しく思うけれど、気になることが一つある。
「レティシア様、今日は私への感謝と仰いましたが、トランプ大会の賞品ではないのですか?」
今日のお誘いは一応トランプ大会の賞品という扱いであり、私個人を指名したものではない。
それなのに、まるで最初から私を呼ぶことを前提としていたかのような物言いだ。
「あら、私は最初からイスラちゃんのためにトランプ大会をしようと提案したのよ。種目を神経衰弱にしたのも、イスラちゃんが一番勝てそうだと思ったからだし」
私の疑問に対してレティシアは当然のように答えたが、当の私にとっては衝撃のネタばらしだ。
言われてみると、ゲームを決める時もさり気なく神経衰弱を提案したのはレティシアだった。
ルールが分かりやすいとか一対一の勝負を何度もできるとかもっともらしいことを言っていたのに、本心では私を勝たせる口実を作ろうとしていたのか。
もし私以外の誰かが勝ち上がったらどうするつもりだったのか気になるものの、現に私が勝ち上がったので何も言えない。
普段はそう感じさせることこそ少ないが、レティシアは聡明な女だ。
改めてそのことを感じさせた。
「そんなことより、イスラちゃん。いつも本当にありがとう。あなたが来てから、楽しいと思える日は確実に増えた。こんな素晴らしい友人を持てて、私は幸せだわ」
「そのようなお言葉をいただき、ありがとうございます」
改めてレティシアは私に満面の笑みで日頃の感謝を伝えてくれた。
その言葉自体はとても嬉しいもののはずなのに、素直に喜べなかった。
(友人、か……)
前世ではあんなに簡単に親友だと言ってもらえたのに、今はこれだけレティシアのことを考えていても友人止まりになっている。
レティシアの幸せのためには、別に私が彼女の親友になる必要はないので、全く問題ないはずなのだが、どうしても気になってしまう。
私の願いはレティシアの笑顔だ。
そのことを見失ってはならない。
だけど、それでも
(いつかはまた、私のことを親友だと認めさせてやる!)
レティシアの一番近くにいるのは私でありたい。
彼女を利用するための偽りの関係ではなく、本当の親友として。
次回投稿予定日:8月21日(水)
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