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116.メッツの夏休み

前回の話

イスラはたちは温泉旅行の夜、トランプ大会で盛り上がった。

温泉旅行から帰って来た私は自室で考え事をしていた。


(することが、なさ過ぎる……)


前世では忙しく日々を過ごしていたけれど、大体は目的達成のための情報収集であったり、商売や金儲けに関する確認や指示などがメインだった。

しかし、今は真っ当に生きることにしているので、その両方とも特段やる必要がない。


旅行の帰りがけ、レティシアからはこれから夏の暑い時期が続くけれど、しばらくは各自好きに過ごすようお達しがあったため、他の令嬢と会うのも気が引ける。

室内は空調が利いて涼しいものの、外は暑いので外出する気も起きない。


「イスラお嬢様、冷たいお茶でもいかがですか?」

「ありがとう、メッツ」


結果、こうして自室で無為な時間を過ごしてしまっている。

これはあまり良くないと思うので、何をすべきか考える必要があるが、その前にまずはお茶をいただこう。


カップではなく、グラスに注がれたアイスティーが体の内側から体温を下げてくれるような気がして心地よい。

流石はメッツだ。いつも良い仕事をしてくれる。

この仕事ぶりに報いてあげたいが、どうしたものか。


「そうだ、メッツ。あなたも休暇でもどうかしら?」

「突然どうされましたか?」

「いえ、そういえばメッツはずっと働き詰めであまり休みを取っていないでしょう? 今はあまり忙しい時期でもないし、何日かゆっくりしてみてはどう?」


考え事をしていた私は妙案を思いつき、早速メッツに提案をした。


私は暇を持て余しているので、メッツがいなくても身の回りのことを自分でやる時間がある。

メッツは自分の好きなように休暇を過ごすことができる。


一石二鳥のアイデアだと思い、自信満々にメッツの返事を期待したが、私の思惑は外れた。

メッツは無表情のまま頭を下げた。


「イスラお嬢様のお申し出は嬉しく思いますが、遠慮させていただきます」

「どうしてかしら? 悪い話じゃないと思うけれど」

「休みを取ってはイスラお嬢様のお世話ができません」


メッツは真顔のままそんなことを言った。

一瞬何かの冗談かとも思ったが、そういえば彼女はこういうことを言うやつだったと思い出した。

前世でも私への忠義は他の追随を許さないほどに強かった。


しかし、やはりメッツも人間。休養は必要だ。


「メッツ、これは命令よ。休暇を取りなさい」

「……………………そこまで仰るなら、かしこまりました。……ただし、その代わりに私の願いも聞いていただけないでしょうか?」


強硬手段で休暇の取得を迫る私に対して、長考の末に私の命令を了承したメッツだが、交換条件を提示してきた。

私の命令に逆らうことは不可能だと判断して次善の策に切り替えたようだ。

メッツらしい賢い判断だが、主として、そのくらいの譲歩は認めるべきだ。


「分かったわ。何が望み?」


そして私は軽々しくメッツの“お願い”の中身を聞くことなく認めてしまった。

メッツは普段はあまり見せないような分かりやすい笑顔でその望みを教えてくれた。


「私の休暇のうち、一日はイスラお嬢様にお付き合いいただきます」


数日後、私はメッツからの依頼で彼女を湖畔の別荘地に連れて行った。


私は別荘を所有していないので、日貸しのコテージを借り、そこにメッツと向かった。

馬車の中、私とメッツは並んで座り、目的地への到着を待っていた。


メッツはいつもの侍女服ではなく、ワンピースタイプの私服を着ており、いつもよりも上機嫌な雰囲気も相まって別人のように見えるほどだった。


「せっかくの休暇なのに、私と一緒でいいのかしら?」

「いいのです。むしろイスラ様と一緒がいいのです。……私には他に家族もいないので」


休暇中まで主人と一緒では気が休まらないのではと思い声をかけたが、私はメッツの身の上を思い出した。


彼女は元々さる貴族の令嬢だったのだが、どうしようもない愚か者の両親から勘当されてしまい、路頭に迷っていたところを私が拾ったのだ。

メッツの言う通り、彼女にはもう家族と呼べるような者はおらず、だからこそ私のような主人に忠義を示してくれる。


美人で優秀で(私には)とても優しい才女であるメッツは私には過ぎた侍女であると思うこともあるが、メッツが私を主人以上の存在だと思ってくれることには私も応えなければならない。

今日は思う存分メッツに楽しんでもらいたいものだ。


「イスラお嬢様、到着したようです」

「そうみたいね。さて、ここで何をする予定なのかしら?」


コテージに着いた私たちだったが、私はこの後のプランを何も知らない。

メッツに呼び出されたから付いてきただけだ。

この後の予定を聞くと、メッツは妖しい笑みでこちらを見た。


「ここでの目的はただ一つ。イスラお嬢様が水辺で遊ぶところを近くで眺めることです。というわけで、早速水着に着替えてください、さあ早く!!」


メッツはカバンから水着を取り出して私に滲みよった。


「お、落ち着きなさい、メッツ。どうして私は水着を着る必要があるのかしら!?」

「私がイスラお嬢様の水着姿を見たいからです!」

「それなら屋敷の中でもいいじゃない? どうしてこんなところまで来たの?」

「屋敷の中では雰囲気が台無しです。せっかく水着を着るならば水辺でないと見栄えが悪いです」


問答を繰り返す間も徐々にメッツは私との距離を詰めてきた。

そして遂に目の前までやって来て、至近距離で急所となる点を指摘された。


「私はイスラお嬢様に一日お付き合いいただきますと申し上げておりました。……まさかイスラお嬢様とあろうお方が約束を反故にされるなど、そんなことされないですよね?」


確かに私はメッツの願いを聞き入れることを約束してしまった身だ。

だから生半可なことでは彼女の頼みを断れない。


……苦渋の決断だが、ここは妥協すべき点だ。


「…………分かったわ。着替えるから少し待って」

「ありがとうございます」


できるだけすぐに切り上げるにはどうしたらいいか。

私はこの後の展開をできるだけ穏便に済ます方向に考えをシフトした。


「イスラお嬢様、とてもお似合いです!!」

「ありがとう。それじゃあ湖も見たことだし、そろそろ帰るのはどうかしら?」

「またまた御冗談を! ここまで来たのですから、ぜひ水遊びをお楽しみください!」


メッツの用意した水着を着た私は彼女に連れられるがままに湖畔までやってきた。

水着は淡色を基調としたセパレートタイプではあるものの、装飾がそこそこあるため露出は少ない。

機能性よりもデザイン性を重視した作りだ。


そしてメッツ本人はちゃっかり侍女服に着替えて私の側に侍っている。


メッツから、水遊びを提案されたが、一体一人で何をすればいいのだえろう。

とはいえ、水に入らないとメッツが満足しなさそうなので、渋々水の中に入った。


夏の日差しに熱された空気の中とは異なり、水の中は涼しく、体の半分くらいまで水に浸かるだけでも気持ちがいい。


「イスラお嬢様、目線をください!」


湖畔で何やらメッツが呼んでいる。

そちらに顔を向けると、メッツは食い入るように私の姿を凝視している。

思わず少し顔が引きつったが、メッツが楽しそうなのでよしとしよう。


その後も私は彼女の指示するまま水中でポーズを取ったり、湖畔をゆっくり歩かされた。

何が楽しいのかは分からないが、メッツは終始上機嫌だった。


そして日が傾き始めた頃にようやく私は解放された。


「イスラお嬢様、本日はお付き合いいただきありがとうございました。イスラお嬢様の可愛らしいお姿を目に焼き付けることができました」

「ええ、まあ、いいわ」


私は少しの疲労と大量の困惑を胸にメッツに曖昧な返事を返すしかなかった。


その後はコテージの中でいつものように水浴びや食事をしてから、二人でダイニングの椅子に座って取り留めもない話をした。


そんな中でメッツは私に問いかけた。


「イスラお嬢様は将来どのような方とご結婚されるのでしょうか」

「私はまだ14歳よ。そんな話はまだ早いわ」

「それでもすぐに縁談が舞い込んで来るに違いありません。イスラお嬢様ほど美しく、聡明で、慈悲深い方など他にはおりません」

「大げさよ。私はしがない子爵令嬢なのだから、わざわざ求婚してくるような方などいないわ」


メッツはひどく私のことを高く評価しているが、この貴族社会において爵位の低い女に大した価値はない。

それが例えメッツの言うような完璧な令嬢であったとしても、だ。


「ご自分の価値を正しく理解されていない。それはイスラお嬢様の数少ない欠点だと自覚してください」


しかし私の考えは否定されて逆に怒られてしまった。

これではどちらが主人か分からない。

メッツもすぐに冷静さを取り戻したのか、申し訳なさそうな顔をした。


「失礼しました。侍女の分際で出過ぎたことを言いました」

「構わないわ」

「しかし、それだけイスラお嬢様は人を引き付けるお方なのです。……そして素敵な方とご結婚されて、いずれは私を必要としなくなる日がくるでしょう」

「……」


メッツの発言に、私は返事を返せなかった。


将来のことは私も分からない。

前世のように明確な目的もないままに生きているから、この先どんな未来が待っているかは未知数だ。

だから迂闊な返事はできない。


『ずっと一緒だ』と言えば聞こえはいいが、その約束を守れる保証はどこにもない。

メッツもそのことは理解してくれているからか、無言のままの私に優しく微笑みかけてくれた。


「だからこそ、今なのです。私に残された時間がどれだけあるかは分かりません。ですが、せめてイスラお嬢様が私の元を離れる最後のその時までは、お側にいさせてください」

「もちろんよ。あなたは私の侍女なのだから」


私の未来のことは誰にも分からない。

だけど、きっと今日の思い出は未来の私の糧になる。

今日という日のことを、一途な気持ちで私に尽くしてくれる大切な侍女のことを決して忘れないよう、寝るまでの間、メッツのことを考えて過ごしたのだった。

次回投稿予定日:8月12日(月) ※投稿が数日遅れる可能性あり

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