115.みんなで! 温泉旅行(6)
前回の話
イスラはたちは温泉旅行の夜、トランプ大会で盛り上がっていた。
私が夜のトランプ大会で決勝戦に進んだのと並行して、もう一つのグループでも熱戦が繰り広げられていた。
一回戦はレティシア対ノインで、レティシアの先行で勝負は始まった。
「ノインさん、遠慮はいらないわ」
「……かしこましました」
レティシアが才色兼備な令嬢であることは周知の事実だが、ノインも裁判官の試験をこの年で合格している才女である。
記憶力の部分では恐らく互角。
従って、勝負の結果を分けるのは時の運ということになるだろう。
そして運命の終盤戦。
手番はノインで、現在場に残っているカードは4枚。
レティシアとノインのスコアは8対6。
ノインがここで両方のカードを取れば勝ちだが、外せばレティシアの勝ちだ。
ここまでの展開から、ノインが当てる可能性は丁度50%。
ノインが意を決して引いたカードは無情にも揃ことはなかった。
「惜しかったわね、ノインさん」
「……完敗です」
そしてレティシアはノインが外したことで手番が回り、残りの4枚を全て取り切って一回戦はレティシアの勝利で終わった。
続く二回戦。
ノインとの激戦を勝ち上がったレティシアと、シードで二回戦からの参戦となるアンリの対戦だ。
アンリがこういうゲームが得意かは未知数ではあるが、果たしてレティシア相手にどこまで戦えるのかは個人的に気になるところではあった。
「アンリさん、緊張してる?」
「だ、だ、だ、大丈夫です!!」
アンリの戦いぶりを見ておこうと思ったけれど、能力の問題もさることながら、アンリは明らかに緊張していた。
ゲームが始まってもアンリは精彩を欠き、明らかに取れるカードを逃したり、直前に捲られたのと同じカードを捲ったりとミスが目立った。
「レティシア様、不甲斐ない戦いぶりで申し訳ありません……」
「いいのよ、アンリさん。誰だって得意不得意はあるし」
結果はレティシアの圧勝で、大差負けのアンリはどんよりとした顔でレティシアに頭を下げた。
この結果はアンリがレティシア相手に萎縮していたからなのか、単純にこういうゲームが苦手なのか、はたまたその両方かについて考察の余地はあるので、これからもアンリのことを知れるように頑張ろう。
そしていよいよ決勝戦が始まろうとしている。
「イスラちゃんはいつも私を楽しませてくれるから、今回も期待してるよ」
「ご期待に沿えるよう、全力で行かせてもらいます」
レティシアは私に不敵な笑みを浮かべてきたので、私もそれに真正面から応えた。
既に敗退しているラスカルが私達の前にカードを配置して、私の先行でゲームは始まった。
初手であれば、どこを捲っても大差ないのだが、裏向きになっているカードをよく見ると、四隅に傷が付いている。
これは先ほどミレイヌが不正に付けた目印で、これを見れば私もどのカードがペアになっているか裏面からも分かってしまう。
「イスラちゃん、どうかした?」
「いえ、よく考えているだけです」
初手に時間をかけている私を不信に思ったのか、レティシアから声がかかる。
これ以上悩むのもおかしいので、適当なカードを捲ってお茶を濁そう。
そう思ってカードに手を伸ばした時だった。
「イスラちゃん。遠慮する必要はないよ。私も全力で勝ちにいく」
レティシアが私にそう言った。
この言葉の真意は分からないが、きっと互いに死力を尽くした良い勝負をしようということだろう。
それであれば、なおさら不正で勝つなんてもっての外だ。
悩んだ末に私が捲ったカードは1と7。
無作為に選んだのでは、当然簡単には揃わない。
「レティシア様の番です」
私はその二枚のカードの位置と内容を覚えてからレティシアに手番を渡した。
しかし、レティシアは少しだけ残念そうな顔で私を見た。
「イスラちゃん、いいことを教えてあげる」
「何でしょう?」
「遠慮しないっていうのはね、こういうことを言うの」
そう言ったレティシアは次々とカードを捲り始めた。
そして表になったカードは全てがペアになっている。
レティシアもカードの裏の傷に気が付いていたのだ。
呆気に取られる他の令嬢をよそに、レティシアは18枚全てのカードを取って勝利した。
「これで私の勝ちね」
勝利を宣言するレティシアは得意げに私に語った。
「イスラちゃんも多分同じことができたよね? それをしなかったのは手加減と同じじゃない?」
確かに私はこの傷を利用することを不正だと考えて使わないという選択を取った。
しかしそれはその情報が自分しか知らないことだと決めつけての行動だった。
レティシアもまたこの不正に気が付いている可能性を一切考慮していなかった。
「レティシア様、申し訳ありません。全力でいく、と言っておきながら心のどこかでレティシア様を侮っていました」
私が不正をしなかったのは正しい行動だったとは思うけど、レティシアの洞察力を甘く見ていたのは良くない。
そこは素直に反省すべきだ。
「分かったならいいよ。それより、優勝者の特典が私のものになるのは私が望むところじゃないかな。だから、ケーキの件は準優勝のイスラちゃんに繰り下げということにします。誰か異論はある?」
レティシアが皆を見回すと、各々思うところはあっただろうが、拍手で認めてくれた。
最終的にケーキを食べる権利は結局私の元に転がり込んだ。
「そういうわけだから、イスラちゃんは今度私の屋敷に遊びに来てね」
「いつでも馳せ参じます。楽しみにしています」
こうして思わぬ戦利品を得られたトランプ大会は幕を閉じた。
「さあ、皆さん! もう時間も遅いしそろそろ寝ましょう。……ユフィーさんももう眠そうですし」
トランプで盛り上がった余韻が残る中、ラスカルが全員に就寝準備を促した。
ユフィーは早々に敗退したからか、ほとんど目を閉じて舟を漕いでいる。
「ユフィーさん、せめてベッドで寝なさい」
「…………母様?」
「誰があなたの母君ですか!! いいからこっちに来なさい! アンリさんも手伝ってくれるかしら?」
ラスカルはアンリの手を借りつつも半分寝ているユフィーのことを引きずって空いている寝室に向かった。
文句を言いながらも面倒見はいいのがラスカルのいいところでもある。
「さーて、私もそろそろ寝ますね! ノインさん、一緒のベッドで寝ませんか?」
「……問題ない」
残された4人のうち、ミレイヌはノインを連れて別の寝室に逃げるように引っ込んでいった。
先ほどの神経衰弱で不正を働いたことが気まずいのか、私とレティシアと一緒になることを避けてノインを誘ったのだろう。
この部屋の中には寝室が4部屋あり、それぞれに2~3人が十分に寝られるベッドが備わっている。
ラスカル、ユフィー、アンリで一室。
ミレイヌとノインで一室。
残りは二室を私とレティシアが一部屋ずつ使える計算だが、
「それじゃあイスラちゃんは私と一緒に寝る?」
レティシアは私との添い寝を選んだ。
私も特に断る理由はないので、その提案に従った。
大きなベッドの上で私とレティシアは並んで横になった。
フカフカのベッドはすぐに私を眠りへと誘い、心地よい微睡みが襲ってくる。
それはレティシアも同じだったようで、彼女も私に話かけることなく、規則正しい呼吸の音が聞こえるだけだ。
私ももう寝よう。
そう思った時だった。
「…………っ!?!?」
レティシアが急に私の体にしがみついてきた。
何があったのか混乱する私をよそにレティシアは相変わらず規則正しい呼吸を繰り返すのみだった。
どうやら寝ぼけているみたいだということに気が付くまで私はひどく狼狽し、眠気も吹き飛んでしまった。
間近に感じるレティシアの温かさと柔らかさと匂い。
何だかとても安心できる感覚に、吹き飛んだ眠気がすぐに戻って来た。
この感じ、以前もどこかで感じたことがあるような気がする。
「……このじかんが、ずっとつづけばいいのに」
眠ったままのレティシアが寝言を呟いた。
それはきっと普通なら叶わない願い。
公爵令嬢という強大な立場は否応なしにレティシアの人生の行く末を決めていく。
「きっと、ずっと続きます。私があなたを……」
それでも私は彼女のためにイスラ・ヴィースラーとしての人生をやり直すことを選んだ。
もう誰にもレティシアの笑顔を曇らせなどさせない。
眠りに落ちるその瞬間まで、私はレティシアのことを考えていた。
次回投稿予定日:8月9日(金)
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