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102.悪役令嬢 VS 侯爵令嬢(1)

前回の話

イスラは14歳の頃の自分に再度転生し、自分なりの人生を歩きだした。

春も終わりつつある少し暑い日のこと。


レティシアからお茶会の誘いが届いた。

この前直接やり取りをした時の約束を覚えていてくれていたみたいで安心した。

私は二つ返事で参加の返事を返した。


そして当日。


いつものようにレティシアの屋敷に到着し、お茶会の会場に通された。

天気が良く暖かな日差しの降り注ぐ今日は、中庭での開催のようだ。

持ち運びできるような椅子とテーブルを並べて人数分の席を用意している。


私は早めに到着したつもりだったが、レティシア以外の全員が既に着席している。

取り巻きの筆頭であるラスカル・マテリアル侯爵令嬢をはじめとして前世で知り合ったユフィー、アンリ、ノイン、ミレイヌといった面々が私に視線を向けて来る。


私は彼女たちのことを知っているけれど、彼女たちは私とは初めて話すはずだ。

レティシアはまだ来ていないが、挨拶だけ先にしておくことにしよう。


「みなさん、初めまして。私はイスラ・ヴィースラーと申します。本日はレティシア様に招待いただきお茶会に参加させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします」


当たり障りのない挨拶と軽いお辞儀で友好的な姿勢を示したけれど、みんなからの反応は冷ややかなものだった。

様子を伺うと、ラスカルが口を開いた。


「イスラさん……と言ったかしら?」

「はい」

「確かこの前、子爵令嬢と言っていたわね?」

「はい」


ラスカルが言っている『この前』とは私が初めてレティシアに会った日のことだろう。

あの時ラスカルは私のことを睨んでいたので、初めから敵意を持たれているみたいだ。


ラスカルは私の身分を確認すると、露骨に見下したような態度で接してきた。


「その程度の身分でレティシア様のことを幸せにしてみせる、なんて無礼なことを言ったのかしら? 身の程を知りなさい」


思い出した。

前世でもラスカルと接していた時間は短かったので忘れていただが、彼女はこういうやつなのだ。


レティシアが友人を作ることができなかったのもラスカルがレティシアの周囲に近づこうとする人間をことごとく威嚇していたのが原因の一端だったと言える。


ラスカルはレティシアに敬愛の念を抱いているようだが、彼女の好意がレティシアを孤立させているし、ラスカルの侯爵令嬢という立場上、誰もそのことを指摘できない。

だからこそ前世の私は彼女を排除するために策略を立てたのだ。


では、今回はどうするか?

決まっている。


(真正面から挑んでみせる!)


侯爵令嬢?

そんなの私にとっては知ったことではない。

相手が誰であれ、全力でぶつかるのみ!


私は怯むことなくラスカルに向き合った。


「身の程は知っているつもりです。その上で、私はレティシア様を幸せにできると申し上げたのです」


私の発言でその場の全員が動かなくなり、時が止まったかのような錯覚に陥る。

呆気に取られた顔をしていたラスカルは急にクスクスと笑い出した。


「ふふっ、あなた、最高に面白いわね。いいわ、そっちがそのつもりなら、こちらも容赦しない。後で謝っても許さないから」

「ご心配いただきありがとうございます。ですが、私には謝る理由がございません。お気になさらず」


ラスカルは楽しそうに笑っているが、言葉の中身は私への敵意を隠そうともしない好戦的なものだ。

私も火に油を注ぐようなことを言って焚きつけたが、これでいい。


彼女が私に何を仕掛けてこようが、私はそれを受けて立ち、何度でも立ち向かう。

そうすることで見えてくるものもあるに違いない。


「みんな、お待たせ。支度に時間がかかってしまったの。ごめんなさい。……ところで、ラスカルの声が聞こえた気がしたけど、何か話をしていたのかしら?」


私達が一触即発のやり取りをしている中で、ようやく主催者であるレティシアが姿を現した。

事の経緯を知らないレティシアは明るい声でラスカルに問いかけた。


私のことを鋭い視線で睨んでいたラスカルは何事もなかったかのように穏やかな口調でレティシアに返事をした。


「いえ、なんでもありません。今日初めて来てくれたイスラさんと少しばかり談笑をしていました。話の内容が盛り上がり、思わず少し大きな声が出てしまいました。はしたないところをお見せしてしまい申し訳ありません」

「そう。ラスカルはもうイスラちゃんとすっかり打ち解けたのね」

「はい。それはもうじっくりとお話をしたので」


さっきまであれだけ荒れていたのに、レティシアの前だとすっかり大人しくなったラスカルを見ながら、私はその切り替えの速さはすごいな、なんて思いながら着席した。


その後、問題なくお茶会は始まったが、基本的にはラスカルのみが発言し、他の者はたまに口を挟む程度だった。

ラスカルも適度に他の令嬢にも話を振ったりもしたが、私には一度も話を振らなかった。

まるでこの場にいないかのような扱いだったが、私は我慢強くチャンスを待った。


(それにしても、美味しいお茶だ)


根気強く待機を続けていたが、暇つぶしに飲んだお茶はとても美味しかった。


ちなみにこのお茶はレティシアの侍女であるファラが淹れてくれた。

彼女もまた、レティシアに心酔する者の一人ではあり、前世では私のことをライバル視してきたこともあったが、今世ではまだノーマークらしく、特に敵対心は感じなかった。


暖かい日差しの中で、美味しいお茶を楽しむ時間。

とても贅沢で、悪くない時間だ。


そんなささやかな幸せを噛みしめていると、待ちに待ったチャンスがやって来た。


レティシアとラスカルの会話は最近買ったものの話題に移った。


「そういえば、最近は遠方の地域の特産物もたくさん買えるようになったわね。私も南の地域で良く飲まれているお茶を試しに買って飲んでみたんだけど、独特な香りで美味しかったわ」

「そうなんですね。もしレティシア様が望むものがありましたら、何でもお申し付けください。きっと何でもご用意してみせます」

「まあ、ラスカルは頼もしいわね。だけど、無理しなくても大丈夫よ」


ラスカルは調子のいいことを言っているが、最近の物流網の発展は言うまでもなくナスル商会の努力の賜物だ。


ナスル商会とは、私が前世でも今世でも懇意にしている大商会で、会長のナスル・マクニコルには個人的にいろいろと貸しのある立場でもある。


私は思い切ってレティシアとラスカルの会話に割って入った。


「レティシア様、遠方の物品をご所望であれば、ラスカル様よりも私の方がお役に立てるかと思います。個人的に懇意にしている商会がございまして、そこに頼めば色々と融通してもらえるのです」


私が発言したことで、再び他の令嬢たちの間に緊張が走った。

ラスカルはレティシアからは見えないようにして私に威圧的な表情を向け、レティシアは素直に私の言葉に反応した。


「あら、イスラちゃんにそんな人脈があったなんて知らなかったわ。それなら、何かあったらイスラちゃんにお願いしようかしら」


レティシアとしては雑談の一環であり、大した意味のない発言だったかもしれないが、その一言がラスカルの矜持を傷つけたのかもしれない。

ラスカルは表情や口調こそ穏やかなままだったが、私に対する苛立ちを隠しきらないままレティシアの発言に反応した。


「レティシア様、お言葉ですが子爵令嬢である彼女にはレティシア様のお買い物の代行は荷が重いかと思います。この私に何でもお申し付けください」


ラスカルはとことん私をレティシアに近づけないようブロックするつもりのようだが、私もここは引き下がれない。


「ラスカル様、買い物の手腕と身分は関係ないかと思います。むしろ、侯爵令嬢様であるラスカル様はご自身で買い物をされた経験はおありなのですか?」


貴族の中でも比較的身分の低い子爵である私の家ではいざ知らず、侯爵家の令嬢ともあれば何でも使用人がやってくれるはずなので、自分で買い物をする経験などないだろう。

そう思って煽ったら、案の定ラスカルは顔を赤くして私に捲し立ててきた。


「あなた、私が自分で買い物をするような卑しい身分だと言いたいの?」

「いえ、ですからそうではないと言っています。ラスカル様は高貴な方なんですよね? それでしたらレティシア様のお買い物の代行などは私のような身分の低い者にお任せいただければよいのです」

「言いたいことは分かったわ。だけど、あなたにだけは任せられないわ!」


ラスカルの発言にはもはや理屈は通用せず、最終的にはただの感情で私のことを否定してきた。

怒りで自分の姿が客観視できていないのだろうか。


「ラスカル、少し落ち着いて」


見かねたレティシアがラスカルを宥めたことで、ようやくラスカルは静かになった。

レティシアは私とラスカルの顔を交互に見て言った。


「二人とも、仲良くしないとだめよ。貴族令嬢たるもの、落ち着いた振る舞いをしなさい」


何故か私まで怒られてしまい、多少不服な部分もあるものの、これでラスカルも落ち着いてくれればそれでいいか。

そう思ってラスカルの顔をチラリと見ると、彼女は先ほどと変わらず私のことを敵意むき出しの目で睨んでいる。


このままではらちが明かない。

多少強引にでも、早めに白黒付けるべきな気がしてきた。


「レティシア様、それならばこういうのはどうでしょう?」


多分レティシアはこういうやり方は好きではない。

だけど、きっとこれは必要なことだ。


「私とラスカル様がそれぞれレティシア様にプレゼントをご用意します。よりレティシア様が嬉しいと思ったプレゼントを用意できた方が勝者になる。これでしたらラスカル様も納得していただけるのではないでしょうか?」


私はレティシアとラスカルを交互に見て、ラスカルとの一騎打ちを提案した。

勝負の内容は平和的だが、お互いのプライドをかけた負けられない戦い。


当然、私も負ければ今後安易にレティシアと接触することはできなくなるだろう。

それでも私はラスカルに負ける気はしなかった。


「イスラちゃん、何を言っているの? そんなの認められるわけ……」

「いいでしょう、イスラ・ヴィースラー! その勝負、受けて立ちます!!」


レティシアとラスカルは同時に発言をしたが、レティシアはラスカルの勢いに負けて発言を中断した。

ラスカルもまた、私に負けるつもりはないらしく、既に勝ち誇った顔をしている。

私とラスカルは互いに視線で火花を散らすかのように見つめ合った。


「えっと、二人とも、ほんとにやるの……?」


困惑した様子のレティシアだけが不憫であった。

次回投稿予定日:7月1日(月)

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