閑話 リーフィア・クラインの手紙
親愛なるお父様、お母様、お兄様へ――
この手紙を読まれている頃、私は既にこの屋敷を立ち去っている事でしょう。
驚かれたかと思いますが、家を出たのは私の意思であること、まずそれをご理解ください。
本来であればきちんと説明し、お父様たちからの了承を得た上で行動を起こすべきでした。
ですが、長く留まれば留まる程、自分の決意が揺らいでしまいそうでしたので、このような強引な手段を取らせていただきます。
勝手をして本当に申し訳ありません。
その上で、厚かましくもお願い申し上げます。
時機を見て、私は病や不慮の事故などで死亡したものと扱ってください。
理由は書かずともご理解いただけるかと思いますが、これが最も、王家にとっても我が家にとっても瑕疵の少ない方法だと思っております。
殿下の本当の婚約者であるアルマダ侯爵令嬢との婚姻を考えても、私という存在があと腐れなく消えたほうが都合は良いでしょう。
実はこの度の一件、私は途中から自分がアルマダ侯爵令嬢に代わる囮であり、殿下にとって偽の婚約者であることを偶然にも知ってしまいました。
しかし何も知らないまま囮でいることを求められているとも理解し、そのように振る舞いました。
その結果が殿下やお父様たちのご意向に沿えたかどうかの自信はありませんが、婚約者という役目自体は終えたと判断したため、私は速やかに姿を消すことにした次第です。
きっと、お父様たちは殿下の婚約者でなくなった私の次の嫁ぎ先や身の振り先を既にお考えいただいていたのではないかと思います。
貴族令嬢として、その判断に従うことが正しいとも十分に理解しています。
ですが、身の程知らずにも私は殿下に本気で恋をしてしまいました。
この気持ちを抱いたまま、別の方のもとへ嫁ぐことは、想像するだけでも辛いのです。
それにこの国に居る限り、殿下とアルマダ侯爵令嬢の寄り添うお姿を少なからず拝見しなければなりません。
もし私自身も嫉妬に駆られ、グレタ様同様に凶行に及んでしまったら。
その可能性が自分でも否定できない以上、私はこの国に留まるべきではないと思ったのです。
クライン侯爵家の娘でありながら、家のために最後までお役に立てなかったこと、謝罪程度で許されることではありませんが、心より深くお詫び申し上げます。
ですが、愚かな娘の最後のわがままと思い、どうぞお聞き届けください。
私は、これからはただのリーフィアとして、この国を離れ、ひっそりと、ですが悔いのないように生きていきます。
お父様、お母様、お兄様。
たとえどんなに離れていても、私は皆様を心から愛しております。
それだけは、どうか信じてくださいませ。
ここまで育ててくださった御恩は決して忘れません。
本当にありがとうございました。
どうか、末永くお元気で。
――リーフィアより、愛をこめて




