第30話 さよなら
温室にたどり着くと、温室はめちゃめちゃにされていた。
そしてジャンがその隅に立っていた。
「ちょっと、ジャン、大丈夫?これ、何があったの?」と桜子が駆け寄って行った。
「彼らが来ました。あなたを探しています。でも恐らく、長くはこの世界へ留まれないのでしょう。彼らはチリとなって消えてしまいました。
でも恐らく、第2波がやってきます。」
「ジャン、腕から血が出てるよ。どうしたの?ケガしたの?私、救急箱取ってくる。」
「あ、私は大丈夫です。それよりもあなたの母君が残党に攫われました。すみません。私の落ち度です。」そう言ってジャンが肩を震わせて怒りをあらわにしている。
ジャンは何時も穏やかで、KYなところもあるが、礼儀正しく、勉強熱心だった。
こんなジャンを見たのは初めてだったので、桜子は少々驚いた。
「とにかく、今は腕の手当てが先よ。」そう言って桜子は救急箱を取りに、居間へと走って行った。
ジャンの腕に包帯を巻きながら、
「ね、ママは何処に攫われたの?」と聞いた。
「すみません、向こうの世界へ連れていかれました。でも、必ず探し出します。」
「大体の見当はついてるの?」
「恐らく、長や王は大体の予測はついていると思います。」
「じゃあ、直ぐにいかなくちゃ、マコ兄、早く、向こうへ繋がる魔法陣を開いて!」桜子が少々パニック気味になって叫んでいる。
「落ち着け、待つんだ、今からオヤジとばあさんを迎えに行くぞ。」誠が桜子をなだめて、奈々と直行と和人に、
「君たちは家に帰った方が良い。ここにいると危険だ。」と言ったが、彼らはどうしてもここに残ると言ったので、三人はジャンに任せて、誠と桜子は、魔法陣を通って父親と加乃を迎えに行った。
「ねえ、ジャン、一体どんな状況で、こんな事になったの?」と奈々が切り出した。
「前にノーラ様が狙われた事はお話しましが、ヤツらの標的が桜子様に変わっていたので、恐らくヤツらも現状に気付いたのでしょう。」
「何?桜子を差し出せとでも言われたのか?」直行が尋ねると、「その通りです。」とジャンが答えた。
「それにしても、そいつらはどうやってこっちの事を知るんだろうな?桜子のばあさんが向こうを去ってから、もうかなりの時間が経ってるし、異世界だろう?もし、ここと違う世界もあったら、特定するのは難しいんじゃないか?」と直行が不思議そうに尋ねた。
「ヤツらの中にも占者が居るのです。恐らく、ノーラ様の時からこれだけの時間が経ったのは、ここを断定するのに時間がかかったからだと思われます。そして恐らく、知ったんですね。運命は受け継がれていると言う事に。」
「じゃ、桜子はこれからも狙われると言う事か?」
「はい、恐らく、ご兄弟も…誠様が古のルナーと言う事は、直哉様も桜子様を守るために、何らかの使命をお持ちだと思われます。」
「桜子のヤツ…全く、厄介なことに巻き込まれやがって…」と、直行は直行なりに、桜子を心配している。
「じゃ、これから桜子はどうなるの?」奈々が心配そうに聞いた。
「最善の方法はジャラルートンに出向いて、城で守りを固める事です。そして桜子様にも、直哉様にも魔法使いとしての洗礼を受けて、ご自分の使命を受け入れてもらうと言う事です。」
「じゃ、桜子が向こうへ行ったら、私達もう桜子には会えないの?」
「それは私には分かりません。私に今わかる事は、桜子様たちは、向こうの世界に居なければいけないと言う事だけです。」
「そんな…」奈々はジャンの返答に少し困惑してきた。
皆何も言えず、うつ向いてそれぞれに何かを考えるようにしていると、目の前に魔法陣が開いて、誠と桜子が、祖母、直人そして父親の健吾を伴って魔法陣から現れた。
「これ、何処でもドアーみたいで凄いな!」と健吾が感心している。
「ちょっとパパ、ママが攫われたって言うのに感心してる場合じゃ無いでしょ?」と父親の健吾をいさめると、
「大丈夫、分かってるよ。静は大丈夫。俺には分かるから。」そう桜子にいって、ジャンの方を向いた。
健吾の相槌と共に、ジャンが切り出した。
「恐らく、少なくとも今の時点では、この一度が異世界移動の魔法陣を開く限界だと思われます。
これ以上彼らをこちらの世界に入れる事は危険です。
私たちがこちらに留まる限り、彼らはこちらの世界へやって来るでしょう。
私達が向こうへ渡れば、恐らく彼らもその事に気付くので、それが彼らをこちらの世界へ渡らせないための、最良の対策だと思われます。」
皆はそれぞれに目を合わせ会って、頷いた。
「では誠様、お願い致します。」そうジャンがお願いすると、誠は宙に魔法円を描き始めた。
それを祈るように皆は見つめている。
「奈々、直行、和人、学園でお友達になれた事、とてもうれしかった。短い間だったけど、本当にありがとう。」
そう言って桜子がそれぞれを見てあいさつをした。
「何、水臭い事言ってるのよ。直ぐにお母さん見つけて帰ってくるんでしょう?」そう言って奈々が泣いている。
心なしか直行も目が涙目になっている。
「桜子さん、体に気を付けて。ジャンも会えて嬉しかったよ。」
そう和人が言った瞬間、「桜子、今から呪文を送る。後は頼んだ。」そう言って誠が桜子に呪文を送った。
桜子は一つ大きな深呼吸をして、魔法陣に手をかざし、一言、一言、慎重に、言葉を発し始めた。
最初の呪文が終わった時に、魔法陣の縁が弧を描いて光り出した。
そして、桜子が一つ、一つ続きの言葉を発する度に、一つ、一つ魔法陣に描かれたシンボルが光り出す。
まるでジャンが初めて地球上へ来た時のようだ。
それは昨日の様であって、未だに皆の記憶の中に新鮮に残っている。
奈々と直行と和人はお互い手を握り合い、事の行く末を見守っている。
そして桜子の呪文は終盤に差し掛かった。
魔法陣の呪文の文字が光り始める。
更に桜子は慎重に、慎重に、一語、一語を丁寧いに発している。
そして最後の文字が光った時、ピキピキ・パキパキと音がして、ウィーン、ウィーンと空気が歪み始めた。
そして魔法陣が開けて、そこを通る準備が出来た。
最初にジャンが前に出た。
そして手を差し出して桜子の手を取った。
桜子はジャンの手を取って、最後のサヨナラを皆に告げて、ジャンと共に魔法陣の中へ消えていった。
それを見ていた奈々が泣き出した。
そして加乃、健吾、直人、誠の順に次々と魔法陣の中に消えていった。
一人、一人と魔法陣の中に消えていく彼らを見守っていた直行が、奈々と和人の肩を叩いて、目で合図をした。
奈々と和人は直行の目を見てコクリと頷き、閉まりかけた魔法陣の中にダイブした。
そして魔法陣は今あった場所から完全に消えてしまった。




