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38 令嬢、幼女に依頼する

 「リーゼ、紅茶の味はどうかしら?ミルクを入れたから、飲みやすいとは思うのだけれども……」


 私は隣り合って座るリーゼに訊ねる。紅茶を口に含んだリーゼは、コクンと喉を鳴らし、ティーカップを置いてから私へ顔を向けた。


 「お姉ちゃんが淹れてくれた紅茶だもん、美味しいに決まっているよ」


 リーゼは嬉しそうに微笑む。弾んだリーゼの声に、私はひっそりと胸をなでおろす。肩の力を抜いた私は、紅茶を一口飲み、苦笑を浮かべていた。

 ……エリアルが淹れた紅茶とは、比較にもならないわね。


 小さく息を吐き出した私は、ゆっくりとティーカップを下ろす。視線をリーゼへと向けると、まぶたを何度もパチパチとせわしなく動かしているリーゼと視線が交わった。


 「ルティお姉ちゃんは、美味しくなかったの?」リーゼは首をかしげて訊ねる。

 「……私のメイドが淹れた紅茶と比べると、蒸らしすぎだと思っただけよ」


 飲めないことはないが、紅茶の苦みが強い。ミルクでごまかされているが、風味は間違いなく落ちている。私は小さくうなだれていた。


 「リーゼは、紅茶はよくわからないけど、とっても美味しいよ」


 カチャカチャと不器用な音を鳴らしながら、ティーカップを持ち上げたリーゼは紅茶にもう一度口をつける。

 音に驚いた私の視線から、逃げるようにリーゼは顔をそむけた。


 「紅茶のお勉強が必要みたいね」私は揶揄うように声をかける。

 「……しないとダメ?」

 「私も紅茶の淹れ方を勉強するから、一緒に頑張りましょうね」


 恐るおそるリーゼは私へと顔を向けていく。不安そうなリーゼを私は表情を緩めて眺めていた。

 リーゼは気まずげに片手で後頭部を掻きながら、ティーカップを置く。カチャリと甲高い音が響いた。


 慌ててティーカップを置き直すリーゼに、私の口からは小さな笑いが漏れる。一瞬だけ固まったリーゼは、すぐに破顔し、私とリーゼの笑い声が重なっていった。


 ひとしきり笑い終えた私は、視線を香水瓶に向ける。リーゼも私の視線に合わせて顔を真正面に向け直した。

 私とリーゼの前には、二本の香水瓶が並んで置かれていた。


 「ルティお姉ちゃん、リーゼにも教えて」


 リーゼは前を向いたままつぶやく。どこか凛とした声には、嘘を許さない意思がにじみ出ていた。私は小さく息をのんだ。


 「香水瓶の加熱式は、意図的に組み込まれているわ。その目的は、毒を気化させることに違いないわ」


 声の震えを抑えるように、私は断定的な口調で答えた。


 「リーゼの話していた毒は、加熱すると簡単に煙に変わるものよ。その煙を吸うことで、リーゼが話していた症状が出ると言われているわ」

 「でも、リーゼもお姉ちゃんも、大丈夫なんだよね?」


 リーゼは歯を見せて私に笑いかける。私は一度うなずくと、リーゼに向けて笑い返した。


 「ええ、大丈夫よ」

 「良かった」


 リーゼはティーカップに向かって手を伸ばす。私もリーゼに倣うように手を伸ばした。表情を緩め、二人で紅茶を口にする。私とリーゼは見つめ合ったまま、ティーカップを同時に置いた。


 二本の香水瓶へと私は手を伸ばし、未使用の瓶を右手に、使用済みの瓶を左手に持つ。右から左へと視線を向け、香水の液面をゆっくりと確認していく。

 私は顔をあげてリーゼを見やった。


 「リーゼが香水瓶に魔力を流したとき、リーゼは虚ろな目をして固まってしまったわ。それも、毒の影響だと思うの」


 左手の香水瓶を持ち上げ、リーゼに近づける。一瞬だけ香水瓶を見つめたリーゼは、考え込むように首をかしげた。


 「毒で体中が痛くなるんだよ?リーゼ、ボーっとしたけど、体は痛くないよ」


 リーゼは小さく体を動かす。傾けても捻っても痛みはないのか、リーゼは困惑した表情を浮かべた。


 「痛みはないと思うわ。そのために、香水にブレス・ブルームを使ったのよ」

 「ブレス・ブルームって、万能のお薬だよね?」

 「そうよ、リーゼ。ブレス・ブルームで毒を中和しているから、体がおかしくなっていないの。そう考えれば、リーゼの意識が飛んだことに理由がつけられるわ」


 私は言葉を切ると、左手の香水瓶をテーブルに置く。乾き出した喉を潤すべく、紅茶を口に含んだ。

 ティーカップを置き、一つ息を吐いた後、リーゼへと顔を向け直す。リーゼは瞳の奥を輝かせ、そわそわと体を動かしながら私を見つめていた。

 リーゼのあまりにも純真な瞳に、戸惑いを覚えた私の瞳は大きく揺れ出していた。


 「……ブレス・ブルームが使われたとは思うのだけど、確証はないのよ。ごめんなさい、リーゼ。……確認をお願いしてもいいかしら?」

 「任せて!」


 私から未使用の香水瓶を受け取ったリーゼは、両手で香水瓶を包み込む。白い光がリーゼの両手を徐々に輝かせていく。数秒後、光は爆発して収束した。


 閉じたまぶたを開け、私はリーゼを探す。満面の笑みを浮かべたリーゼが、私に向かって大きくうなずいた。


 「大当たりだよ、お姉ちゃん!ブレス・ブルームが使われているよ!」

 「……良かったわ」


 私は大きく胸を撫でおろす。全身の力が一気に抜け出していった。

 ゲーベルが問題視していた香水か否かは、はじめに確認するべきだった。先入観だけで判断していたのは、完全に私の落ち度で言い訳のしようもない。強張った表情が、少しずつ緩み始めた。


 「ブレス・ブルームの副作用は知っているわよね?」


 目を閉じた私は小さく深呼吸をし、リーゼに訊ねた。リーゼは「わかるよ」と大きな声で言い、右手を上へと突き上げる。まぶたを上げた私を、リーゼの得意げな笑みが迎えた。


 「ブレス・ブルームの効果が大きければ大きいほど、頭がぼんやりするの。体が元気になろうと、一生懸命に頑張っているからだよね?」


 正解発表に替えて私はリーゼの頭を撫でる。リーゼは目を細めると、私に向かって頭を傾けた。リーゼのリクエストへ応えるように、私は何度も撫で続けた。


 「万能の薬とは言え、全ての影響を打ち消せるわけではないわ。精神への影響が、きっと残っているのね」

 「どういうこと?」リーゼは不思議そうに顔をあげた。

 「香水の毒で家族がわからなくなる、リーゼはそう言ったわよね?」


 私がリーゼの頭を撫でる左手をおろすと、リーゼは首を縦に振って私の問いに応えた。


 「家族のことがわからなくなるのは、幻覚を見て自分の世界に閉じこもってしまうからよ」


 幻覚を見る――もしかしたら、トリスタの香水店にある香水全てに毒が含まれているのかもしれない。

 私はエドモンド様、リーゼとエリアルは私。香水を嗅いだ時、脳裏に浮かんだ姿は、毒による幻覚が見せた虚像だ。……例え、幻覚であったとしても、エドモンド様の姿に私の心があふれそうになったのは事実だったので、残念なことに思えて仕方がない。

 説明がわからなかったのか、リーゼは表情を歪めて俯いた。


 「……リーゼも、夜は夢を見るでしょう?それと同じだと思っていいわ。リーゼが見る夢に、家族が何かできたりはしないのよ」

 「それならわかるかも」


 リーゼは顔をあげると、弾んだ声でつぶやく。手に持った香水瓶をテーブルの上に置き、ティーカップを慎重に持ち上げる。音を鳴らさなかったことが嬉しいのか、得意げな表情を浮かべて一息に紅茶を飲み干した。

 私も香水瓶をテーブルに置き、ゆっくりと紅茶を口に含む。ティーカップをテーブルに戻すと、息を一つ吐いた。


 「リーゼ、お願いがあるのだけれど、かまわないかしら?」

 「何、お姉ちゃん?」


 ティーカップの底を眺めていたリーゼが顔をあげた。


 「私の言ったことは予測に過ぎないの。だから、真実であると証明する必要があるわ。……でも、私には力を貸してくれる人がいないの」

 「リーゼがいるよ!」


 リーゼは頬を膨らませて言い募る。ティーカップを置く音が、甲高く響いた。


 「ごめんなさい、リーゼ。貴方も、私のメイドも、力を貸してくれるわ」

 「当然だよ!リーゼは、ルティお姉ちゃんの騎士だからね!」


 リーゼは椅子から立ちあがると、両手を腰に手を当てて堂々と宣言した。


 「王都伯様の、リーゼのお父様の力を貸して欲しいの」

 「お父様?」リーゼは思わずおうむ返しをした。

 「そうよ。王都伯様が誠実な方だと、私も噂でよく聞いているわ。リーゼ、間違っているかしら?」

 「お父様は、私の憧れの騎士だもん!当然だよ!」


 迷いのない澄んだリーゼの瞳に、私の心は満たされていく。私は目を細めてリーゼを見つめていた。

 ……王都伯様の噂を聞いていたから、頼る相手に選んだわけではないわ。リーゼ、貴方の信頼する相手が、王都伯様だから決めたのよ。


 香水瓶を誰に渡すか――唯一の証拠はフローラの冤罪事件を解決するためのカギだ。事件の分岐点ともいえる決断を、迷わず下せたことは驚きでしかない。

 精一杯に背伸びをするリーゼの姿が、私には眩しく映っていた。

読んでくださりありがとうございます。

来年も頑張ります。

よろしくお願いします。

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