劣等種
「劣等種という呼び名が生まれた由縁は、奴隷に適した種――ということだったそうです」
劣等種。奴隷。
その単語に、度々『劣等種』と呼ばれているユイは顔をしかめるしかなかった。
「念の為の確認だけど――その『劣等種』は私みたいな黒髪の人のことを示しているのよね?」
ユイの疑問符に、モナは躊躇いもなく頷く。
「もちろんそうです。ユイさんも、人買いに捕まりそうになったことはありませんか? 彼らは外の世界に奴隷として引き渡すための人材を集めるために、活動しています。髪が黒ければ黒いほど高値が付くらしいのですが――それはそうでしょう。それだけ魔法の適応があるかもしれないということですし、何よりエクアの平和を維持するための費用として、エクア政府が税収から支払っているのですから」
――政府公認の人身売買か……。
見に覚えもある話しに、ユイは「酷いわね」と返す他ない。
幼い頃から、虐めや差別はもちろん、中には何処かへ誘拐されそうになったこともある。
今も無事なのは、ひとえにユイが恵まれていたおかげだ。
幼い頃は、とても過保護な父親がいつでもどこでも飛んできて、老若男女問わず、ユイに害を与えそうな対象を排除してきた。
入学してからは、日々自衛に役立つことを学んでいるというのももちろん、たまたま街で居合わせたルキノやタカバに結果的に助けてもらったことが何回かある。
ユイは無意識に唇を噛んでいた。そんなユイの顔を真っ直ぐに見つめながら、モナは続ける。
「奴隷としてどんどん排出しているから、今でこそ黒髪の人口はほとんど減っていますが――外の世界の人たちは、魔法が使えるかもしれない奴隷を歓迎しているそうですよ。人道的に問題のある実験や研究の材料にするもよし、家畜のように扱うもよし。便利な道具をタダでくれるエクアを、それこそ奴隷の放牧場のように思っているようです。舐めた話を――と、気の強いあなたのような人は思うかもしれないですが、それが現実。エクアにとっても、平和を維持しつつ、なおかつ平和を見出しかねない存在を排除出来ると、一石二鳥の政策なのです」
そうして語っていたモナが、スッと目を細めた。
「自分たちの劣等感を誤魔化すために、優れた人種を奴隷とする。本来ならば矛盾していますけどね。ですが、『劣等種』という本来とは逆の差別意識を長年掛けて根付かせたおかげで、今やエクアの汚点たる『黒髪』こそが『劣等種』なのだという常識を作ったのです」
ただの自虐か。それとも皮肉か。
「なかなか上手いやり方ですよね。偽りの差別を生み出し、自らのプライドを守るなんて」
「……エゴの塊ね」
モナの言葉にそう返しながら、ユイは自分の髪を掴む。
それなりに、彼女の話は筋の通ったモノだろう。だけど、それでも疑問は残る。
誘拐などは運が良かったで済まされるかもしれないが、政府公認で黒髪を集めているのだとしたら、病院等で検査を受けた際に、自分も確保されてもおかしくなかったのではないのか。
親から聞いている話では、金髪の両親から黒髪が生まれたとして、幼少期に大々的な検査を受けているという。現に実力主義とはいえ、学園に入学する時にも、念の為としてその時の検査結果を提出していたりもするのだ。
だけど、何事もなかった。たまに偶発的に誘拐されかかったことはあるが、それだけといえばそれだけ。
ユイの髪は軋んでいた。ガッチリ纏めていたのだから、それも当然だ。
早くシャワーを浴びたい。すべてを洗い流して、櫛を通したい。
――何回お風呂に入ったとしても、私は黒いままなのだけど。
「私たち反政府組織の主体は、本来ならば奴隷になるはずだった者たちの集まりです。今ではその規模を拡大し、そうでない貧しい人たちも加わってはいますが、主だった活動目的としては、奴隷排出国であるこのエクアという国家を滅ぼし、他国と共存していくすべを探っていきたいと考えています」
そして、モナが手を差し出す。
「外の国とのパイプもあります。その救世主様のお導きに従い、同じ悩みを持って生まれた同胞として共に自由を目指しませんか?」
その手は、黒いグローブで覆われていた。
真っ黒いそれは、エクアで異端とされているもの。エクアで忌み嫌われ、蔑まれ、疎まれていたもの。
だけど本来ならば、嫉妬されていたもの。
ユイは片手を腰に当てながら尋ねる。
「あなたの髪は染めているの?」
「元はもう少し濃い青色ですね。教師をする上で差し支えのないよう、少し色は抜いています。兼ねがね疑問だったのですが、あなたはどうして染めないのですか? 髪が痛むことを懸念しているのでしたら、同じ女性として当然理解出来ますが、それでも黒髪でいるよりは少々我慢した方が生きやすかったはずです」
染めれなかったから――その答えはこれに尽きる。
そんな方法はとっくに試していた。
親の通信販売会社アバドンのネットワークを駆使して集めに集めた脱色剤、染料、全てを試した。
それでも、髪は多少痛むだけで、他の色を受け入れてはくれなくて。
ユイが唇を噛みしめると、隣でずっと黙っていたナナシが、ユイの肩に手を置く。
「髪がそんな科学物質で染まるのは、貴様らの魔力が少ないからだ。たとえ見た目でその遺伝子を持っていたとはいえ、もう何世代も魔法を使わずにいた遺伝子の一部だ。純粋な魔力が貴様らに受け継がれているとは思えん。エクアージュと一緒にするな」
「……つまり、私はその魔力が多いから、この髪が染まらないということ?」
ユイが眉根を寄せると、ナナシが「うむ」と頷く。
「さよう。単純な話だが、魔力は既視すれば黒いからな――それと、貴様ら風情の本当の『劣等種』とエクアージュを比べないでもらえるか」
ナナシの金色の瞳が、暗い部屋の中で冷たく光る。
「魔法を使えるエクアージュと、ちょっと見た目が似ているだけの無力な貴様らを同等であるかのように語らないでいただきたい。彼女は苦せずとも、魔法が扱えるのだ。魔力とは体内外のマナに干渉するための起爆剤のようなもの。それこそ、貴様ら風情が命懸けですべての魔力を賭ければ、魔法の一回は使えるかもしれんが、そんな度胸もない奴らと同胞だと? 笑わせるな!」
ユイの肩を掴む手に、力がこもる。
「見た目を変えて誤魔化し生きてきた貴様らと、ありのままの自分で堂々と生きてきた彼女では、誇りが違う! 勧誘は諦めろ、私が認めん‼」
――あんたは私の親か何かですか……。
娘に悪い虫がついた父親のように怒号するナナシに嘆息して、ユイは白熱するナナシの手を掴む。
「とりあえず、痛いから」
「あ……あぁ、すまない」
素直に手の力を抜いたナナシが、少しだけ俯いていた。
それを、ユイは鼻で笑う。
「何よその顔。本当にまるで娘に叱られた父親みたいね」
「それは、私がしょげているようだと言いたいのか」
「まぁ、そんな感じだけど」
クスクスと笑うユイの顔を真っ直ぐに見ているナナシの顔は、複雑な顔をしていて。ユイは首を傾げた。
「何よ?」
「……さっさと本来の話を進めたらどうだ?」
言い捨てるように言うナナシが、そっぽを向く。
――あら、今度は拗ねちゃった。
父親なんて年寄り扱いしたのが鬼門だったかと、ユイは少しだけ反省しつつ、
「まいっか」
小さく肩を竦めて、モナに向き直る。そして、差し出されたままの手をパシンと叩き落とした。
「まぁ、こいつの言い分はさておくとしても――同胞なんてお断り。だけど今回みたく、たまに共闘しませんか? てお誘いに来たの」
ユイは目を丸くするモナを見て、ニヤリと口角を上げた。
「今回この病院に潜入するの、ラクだったでしょう? それはねぇ、侵入しやすいようにあらかじめ防犯センサー弄っておいたり、こんな浮かれたイベント起こしてあげたりしたからなんだけど」
「浮かれたイベントだなんて失敬だな。これはれっきとした試験の一環だ。もちろんエクアージュよ。貴様のやる気のない演技に創作性のないアドリブ、それなりの評価にさせてもらうぞ」
「え……私けっこう頑張ったつもりなんだけど」
腕を組み見下してくるナナシに半眼を返すユイに、モナが手を擦りながら言う。
「共闘って……具体的な案でもあるのですか?」
「えぇ、もちろん。近いうちに大きな企業を壊滅させたいと思っていてね。その日時を合わせませんか? てお誘い。まぁ、私はただ潰せればそれでいいから、内部データとかお好きなだけ確保してどうぞってあなたたちのメリットもあると思うんだけど。私も混乱が大きい方が動きやすいし、反政府組織ていう隠れ蓑が出来るしね」
「……どこの企業ですか?」
ユイは一呼吸置いてから、答える。それは、ユイとしては絶対に避けては通れない相手。
世界を破滅させるため。
そして彼女に、自分を裏切ったことを後悔させるため。
あのしたたかな令嬢に復讐するため。
ユイは、彼女の家名を口にする。
「ブライアン」
それに、モナは一瞬顔をしかめてから、首を横に振る。
「それは……できません」
「え?」
予想外の返答にユイが腕を組むと、隣のナナシが淡々と言う。
「ほらみろ。世の中ロクな根回しもせずに他人の協力など得られないのだ。素直に私の作戦にしておればいいものの」
「いやぁ、でもさすがにアレはないって」
「騒動を起こすなら、アレよりも素晴らしいものはないではないか。私の本気の演技を見せてやるぞ」
「それを見たくないから、ここまで手の込んだことをしたってのに……あーもう!」
ユイは頭を抱えながら、チラリとモナを見る。女教師の顔をした彼女は、キョトンと目を丸くしていた。
「やっぱり、ダメ?」
「えぇ、ダメです」
「ダメかぁ……」
項垂れたユイは、嘆息して踵を返す。
「じゃあ、わかりました。お互いこれからは不干渉。邪魔だったら容赦はしませんよってことで」
「本当にそれでいいんですか? あなたの目的が今一つわからないのですが……あなたが我らの仲間になれば、きっと今より生きやすく――」
「そんなもの、もういらないんだってば!」
彼女の言葉を遮って、ユイは振り向く。
「あ、そうそう。もう学園で充分噂になっていると思うけど……」
そして、嘲笑うように口角を上げた。
「私、あなたの弟とお付き合いさせてもらってるので。これから宜しくお願いしますね。お義姉さん」
ニコリと微笑んで、ユイは小さな管理室から出る。
最後に見たモナの顔が、恐怖で固まっていた。それに、ユイはますます笑みを強める。
――よし、これで今回のノルマは達成っと。
反政府組織との共闘なんて、謂わばオマケ。
どうせなら、潰す前に利用するだけ利用しようと思っただけのこと。
――こっちには幹部の大切な人質があるよってことで。
無事に牽制が済み、通路に出たユイは相変わらず仏頂面のナナシにニヤリと笑いかけた。




