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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
五幕 落涙戯曲

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王子様の大切なモノ


「だって、私はお姫様になれないもの」


 パチン――それは、指を弾いたような音。


 直後、再び視界が暗転する。

 意識が遠のくような甘い香りが充満していた。バタバタと倒れるような音が重なっていく。


 ――何だ、これは⁉


「ユイっ‼」


 微睡んでいく思考を唇を噛むことで誤魔化して、ルキノはユイがいる方向へ手を伸ばす。だけど、その手はスッと空を切った。


「え……?」


 その勢いのまま、ルキノは倒れる。


 ――痛てええええええええええええええ!


 転んだ痛みとは比べ物にならない鈍い痛みは、ルキノの意識を覚醒させた。

 慌てて身を起こすのと、照明が再び点いたのはほぼ同時。

 そして見た光景に、ルキノは躊躇うことなく大きな舌打ちをした。


 優等生の振りをする必要はなかった。


 なぜなら、クラスメイトも、観客である患者も、魔法少女の振りをして助けに来た彼女も。

 ガスマスクを装着したテロリスト以外、みんな倒れているのだから。


 だけど、彼女はいない。

 すぐそばで、清楚だけど誰よりも煌びやかな白無垢を着ていたはず彼女がいない。


「ユイ……?」


 だけど、彼女を探している暇はなかった。テロリストたちは倒れる魔法少女を蹴飛ばして、客席の中心へと集まっている。その中で、あるテロリストが一人の少年の腕を掴んで、持ち上げていた。


 ぶらんと力が抜けている少年の姿を見て、ルキノは叫ぶ。


「ルイスっ‼」


 ルキノは駆ける。

 足が滑ることも気にせず。身体に激痛が走ることも気にせず。思考が追い付くよりも速く、走る。


 頭から、王冠が転がり落ちた。

 そして広がる髪は二色。根本と毛先の色がクッキリと異なっていた。だけど、それに全く気付かないルキノは足を止めない。


 テロリストがルキノの前に踊り出る。振るわれた拳を掻い潜り、ルキノは体当たりでその敵を突き飛ばした。

 また足が滑る。だけど気にせず手を床に着いて、即座に走る。


「ルイス!」


 ルキノの手が、弟に届こうとした時だ。

 後頭部に強い衝撃を受けて、ルキノは床に叩きつけられた。すぐさま身を起こそうとするも、首を踏まれて動けない。


 ――畜生……。


 息もできず、ルキノは苦悶の表情を浮かべる。それでもなお、ルキノは弟に手を伸ばす。


「ル……イス……」


 歪む視界の中で見上げた弟の目が、少しだけ開いた。


「んん……兄ちゃ……」


 ルイスの目が完全に見開かれた後、すぐに歪む。


「なんて顔してんの……?」


 その顔はとても悔しそうで。泣きそうで。

 

「おれのことなんか……ほっとけよ……」

「そんなこと出来るわけがねぇーだろ‼」


 ルキノは一喝した。闇雲に敵の足を払いのけ、上半身を乗り出しながら何度でも手を伸ばす。


「ただ一人の家族をほっとけるわけがねぇーだろ‼ 誰のために死に物狂いで出世しようとしてると思ってるんだ。好きな女もだけどなぁ、弟の一人や二人養う覚悟だって、親が死んだ瞬間に出来てんだよっ‼」

「はは……同居はおれの方が願い下げだからね」


 ルイスは乾いた笑いを浮かべながら、一筋の涙を零す。その透明な雫が、ルキノの目の前にポタッと落ちた。


 だけど、同時に冷酷な声を落ちてくる。


「じゃあ、二人で仲良く死にな」


 弾ける銃声と共に、ルキノの身体が跳ねた。

 急激に襲う虚脱感。ルキノの太ももから、ジワリと血が流れていく。


 ルキノは横目でそれを確認して、小さく笑った。


 ――この程度の痛み、今更なんだよ。


 どんなに痛くても、働くことができる。

 どんなに苦しくても、喧嘩ができる。

 どんなに辛くても、生きていける。


「いつまでもなぁ……情けないルキノ様でいると思うなよ」


 ルキノは雄叫びを上げながら、跳ね上がるように身を起こす。その勢いで頭突きで敵一人の顎を突き上げたと同時に、その機関銃(マシンガン)を奪う。

 そして、ルキノは何の躊躇いもなく、トリガーを引いた。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 連続する弾奏に鼓膜が痛いが関係ない。


「うおっ」


 落とされた弟をルキノは片手で抱き止め、ルキノは片膝を付いた。

 それでも、ルキノは片手でトリガーを引き続ける。

 

 倒れる患者を覆うように、重なっていく迷彩服の男たち。それに血がジワジワと色の乗せていくが、それでもルキノは唇を噛みしめながら、撃ち続ける。


 ――たとえ、そのための犠牲が大きくても。


 弟か、見知らぬ他人か。

 全てを守り、皆を幸せにする――そんな幻想を抱けるほどに、残念ながら自分は強くないことをルキノは知っている。


 だって、自分はこんなにもカッコ悪いのだから。


 両親だって呆気なく死んでしまった。

 唯一の弟とだってまともに意思疎通が取れない。

 故郷の崩壊に対しても何も出来ない。

 好きな女のコからの告白を調子に乗って一時だけと断ってみれば、知らない間に他の男に奪われていた。


 口だけどんなに格好つけても、この手には何が掴めただろう。何が残ったのだろう。


 ――王子様なんてモノ、本当は俺には似合わないんだよ。

 

 だから、ルキノは多くを望まない。

 その他大勢という自分にとっての価値があやふやなモノまで望まない。


 自分にとって、本当に大切なモノだけでも。

 絶対に失いたくないモノだけ守ることで、精一杯だから。


 ――強いて何かになるとしても、ただの独裁者だ。


 幸い、この場所には彼女はいない。一人そうそう逃げたのだろうか。それならそれで、一つに専念できるから有難かった。


 片手で抱きしめる弟を守るためだけに専念出来るから。

 どうしても量りかねない二つを天秤に乗せなくても良いから。


 ――世界の平和なんて大層なモノはいらない。


 だからルキノはトリガーを引き続ける。赤や絶叫が凄惨な光景となってルキノの感覚を覆ったとしても、彼は指に力を込め続ける。


 ――俺は、俺が幸せになれるモノだけ手に入れられればいい。


 そして弾倉が尽き、静かにライフルの音が止んだ時には、他に立つ者は誰もいなかった。


 ――まぁ、そのハードルがとんでもなく高いから、苦労しているんだけどな。


 ルキノはゆっくりと息を吐いて、機関銃(マシンガン)を投げ捨てる。

 呆然と目に入ってくるのは、血に塗れた人の山。

  

 ルキノの髪を、ルイスがチョコチョコと引く。


「兄ちゃん……これ、大丈夫なの?」

「何が?」


 投げやりに尋ね返すルキノに、ルイスは何回もまばたきしながら言う。


「一般患者に、当たってない?」

「…………大丈夫だろ。みんな床に崩れて寝てたし」

「本当に?」

「仕方ないだろ」


 ルキノは顔を上げて、髪の伸びた弟の顔を見る。

 自分と同じ綺麗な碧眼。今の自分と似つかない冴えない髪色。自分より少し可愛げがある整った顔つき。

 困ったように、戸惑うようにキョロキョロと見渡している弟を、ルキノは堪えきれずに力いっぱい抱きしめる。


「うわ、何だよいきなり⁉」

「お前が……無事でよかった……」


 息を吐くように言うルキノに、ルイスの顔が赤く染まる。


「なな……本当に何だよ今更……おれを置いていったくせに、どの口がそんな都合のいいこと言うわけ⁉」

「仕方ないだろ。あんな田舎にいたって、ろくな暮らしなんかできるわけないんだから。十年くらい大人しく待ってろよ」

「待ってられるわけないだろ! おれ、全然納得してなかったんだからさぁ」

「話しても拗ねて話を聞かなかったのはお前だし、何度連絡しようとも通話もメールも全然返さなかったのもお前だろ?」

「だけど……」


 ルイスが俯き、震える拳をルキノの肩に叩きつける。


「親が死んだ直後に兄ちゃんまでいなくなったら……寂しいに決まってるじゃないか……」

「そんなこと――」


 言われても。

 そう続けようとして、ルキノは一度口を閉ざす。


 ――本音で、か。


 また思い浮かんだのはメグとの会話だった。 

 

『本音で話すって、大事だよね』

『……いきなり何を言い出すんだ、君は?』

『あたしね、ルキノ君がこうやって飾らず話してくれるの、すごく嬉しいんだよ。だからさ、ユイや弟君ともこうやって、話せばいいのになって思うんだ』


 ――ルイスと本音で話すことなんて、何年ぶりだろう。


 そんな本音に返す言葉が、言い訳でいいはずがなくて。


 ――メグなんかの助言を受けるのは癪だけど。


 だけどルキノは、今まで言うに言えなかったことを告げる。


「……ごめん」


 それは、ただの短い謝罪の言葉。

 謝れば、自分のしてきたことが間違っているような気がして。そして、自分の気が緩んでしまうような気もして。なかなか素直に告げることが出来なかった言葉。


「そんな思いをさせて……不甲斐ない兄貴で、ごめんな」


 ルキノがルイスの目を見ながら言うと、彼の顔が一気に緩む。

 その目から涙をポロポロと零したルイスは、ルキノの首に手を回して膝を付いた。


「そうだよ……そうだよ、兄ちゃんの……兄ちゃんの馬鹿ああああああああ‼」


 ワンワンと泣き叫ぶ弟の頭を、ルキノは撫でる。


「ごめんな……」


 ルキノの頭頂部はくすんでいた。冴えないラクダ色。どんな光を受けても輝かない色。

 この数カ月、染めることが出来なかったために出てきた地毛は錆びているかのように地味で、みすぼらしい。


 それでも、今だけは。

 ルキノは二色に分かれてしまった髪を気にせず、大事な弟を優しく撫でる。


 まわりがどんなに血塗られていても。

 鼻につく鉄の匂いが充満していようとも。


 ルキノは腕の中で生きて泣きわめく大切な弟を、その温もりを感じながら何度でも撫でる。






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