喧嘩を売るのは堂々と
ルキノは深紅の椅子に腰かけ、足を組む。そして舞台の幕が上がるや否や、完璧なる微笑を浮かべた。
「今日は豪華絢爛、見目美しいお嬢様方がたくさんだね。こんなに眩しくては僕の目が焼けて見えなくなってしまうよ」
「……ルキノさん。そんな台詞あったっけ?」
その横でキョトンと立つヒイロのツッコミを、ルキノは鼻で笑った。
「ないけど、それが何か? こんなに美麗なお客さんたちに観てもらっているんだから、思わずアドリブが出ても仕方ないじゃないか」
観客に対してルキノが両腕を広げると、客席のみならず、壇上で踊るドレス姿のクラスメイトや舞台袖の裏方のクラスメイトが黄色い歓声をあげる。
それに、ヒイロが嘆息した。
「ほんと、こいつの隣にいると自分が余計に小さく思えるよなぁ……」
この部分に、明確な台本はなかった。
台本に書いてあったのは、『主役が戻ってくるまで、適当にアドリブで繋げ!』という担任からの有難いお言葉のみ。
本来ならば、人気者の王子役を讃えて揶揄うような漫才のような寸劇をする予定だったようだが、
――そんな恥晒し、僕に出来るわけがないよね。
ということで、ルキノはカボチャパンツ姿のヒイロをなじることにする。
「ところでヒイロ王子、最近彼女が出来たって聞いたけど?」
「ちょい、ルキノっち! それ、今ここで話すことなの⁉」
椅子の腕置き場の頬杖ついて、流し目で尋ねるルキノに、ヒイロは一歩後退った。
それにルキノはただ微笑を浮かべつつ、チラリと観客を見やれば、客席中央に目的の人物が本当にいた。
――なんか複雑そうな顔してるな。
隔離されていた弟だが、この劇はしっかり観てもらうとメグが張り切っていた。自分が予定と違う配役だからか、それとも反政府組織の襲撃の件が彼にまで伝わってしまっているのかはわからないけれど、一先ず無事な弟の様子にルキノはコッソリと安堵の息を吐く。
そして、ヒイロに向かってさらに口角を上げた。
「別に問題ないだろう? 今日は僕の婚約者を見つける日。まさか君は彼女がいるにも関わらず、ここで他の女にも手を出そうという魂胆はないよね?」
「いや……そういうつもりはないというか、そういう意味ではないというか……」
「で、どうなんだい?」
有無を言わせないルキノに対して、ヒイロはコクンと頷いた。
「で、出来たよ。とりあえず友達からってことにはなってるけど、一応」
「そうか。それはおめでとう。聞いたところによると、意外な子と付き合っているらしいじゃないか」
「意外……といえば、そうか。あの日まで眼中になかったのは確かだけど、改めて見たら、可愛いって思って……そう思っちゃったら、もう歯止めが利かなくなったというか……」
――何が歯止めだ。僕がどれだけ我慢してると思ってるんだ?
「ふーん」
ルキノは内心の反論を堪えながら、鼻で返事をする。
「それで? デートとか行ったのかい?」
「だからルキノん。それ、ここで話すことなの?」
「いいから。アドリブでいいんだろ、ここ。人のコイバナって、皆さん興味ありますよね?」
客席に呼びかけるルキノに対して、クスクスとした笑いが返ってくる。
それに「ほら、問題ない」と言い切ると、ヒイロがため息を吐いた。
「……それがさぁ、デートまだ行けてないんすよ」
「どうしてだ? もう付き合って一月くらい経つって聞いてたが」
「だから、なんで入院してたお前が詳しいの⁉」
――そりゃあ、毎日メグが楽しそうに話してくれてたからね。
強いて言うならば、ヒイロ本人から聞かなくても、何も進展してないということは知っている。
だけど、それでも黙ってはいられないのが心情だ。
ヒイロがルキノをジッと睨む。だけど、その程度でルキノは微笑を崩さない。
「俺、なんかお前に怒られるようなことしたっけ?」
「なんだよ。親友の惚気を聞いてやろうという僕からの友情を蔑ろにするつもりか?」
「いや、ルキノんから『親友』とか『友情』って単語聞く日が来るとは思ってなかったんだけど⁉」
――僕もそんな単語を言う日が来るとは、思ってなかったんだけどさ。
ルキノは一瞬本音で返そうとするが、一旦口を閉じてから、
「何を言っているんだい? 僕の好きな言葉は『愛』と『勇気』と『友情』と『ロマン』だよ」
「なんだろ……俺、いつも以上にルキノが胡散臭く見える……」
「ヒドイなぁ。僕は生まれてから一度も嘘を吐いたことがないのにね」
「ゴメン、なんか知らないけど……俺が怒らせちゃったのなら、謝るから……本当ゴメン」
頭を下げるヒイロに、ルキノはバレないように嘆息する。
――だったら、彼女から手を引けよ。
だけど言えない。それだけは言えない。
だから、ルキノはヒイロの肩に手を置いて、完璧な微笑を浮かべ続けるしかないのだ。
「ともあれ、初めての彼女おめでとう! 早くアレ、捨てられるといいな!」
「ちょっとルキノさん観衆の面前で何を言ってくれてんのおおおおおおおお⁉」
顔を真っ赤にして驚愕するヒイロを、ルキノは鼻で笑い飛ばす。
――本当に彼女で捨てた際には、ぶっ殺してやる。
そしてさり気なく、ルキノは観客席を見やる。
年甲斐もなくキャーキャー騒ぐおば様方に興味はない。あるのは客席中央でキョトンと観ている少年のみ。
入院着を着た褐色の髪が邪魔そうな少年。やっぱり彼は楽しむわけでもなく、侮蔑するわけでもなく、今はただ呆気にとられたような顔をしながら舞台を見上げていた。
その顔を見て、思わずルキノも真顔に戻る。
――あいつは何を驚いてるんだ?
てっきり、弟は舞台を睨んでいるものかと思っていた。自分を憎しみの目で見てくると思っていたのだ。あるいは、笑ってくれればなお嬉しいけれど、そう期待するほど楽観視はしていなかった。
ルキノがそんなことを考えていると、舞台袖から女装したタカバ率いる主役の義理母たちが顎を上げて登場する。そして山賊の親分に対するが如く片膝を付いた。
「そこでお控えなさるは、王子様ではございませんか! 今日はお会いできたこと、大変光栄でございますっ!」
――タカバに膝を付かせるのは、悪い気分ではないな。
ちょっとした優越感に浸りながら、ルキノは笑みを深める。
「頭を上げるがよい。今日は僕のために来てくれてたこと、感謝する」
顔を上げたタカバはますます化粧を濃くしていたが、その表情はしかめられていた。
「なんかテメェ、調子乗ってねェ?」
「あ、やっぱり、タカバもそう思う?」
タカバに便乗するヒイロを、ルキノは「ハッ」と笑い飛ばす。
――見下していたのは、今更だろ。
タカバがユイと仲良くしていたのは、前から容認していた。
入学してから、タカバは喜々としてユイを苛めていたから。自分の引き立て役には持ってこいだと思っていたのだ。
それで何やら、やたらとユイと仲良く見える時もあったけど、よく見ても悪友。
ユイが友達と仲良くしているのを邪魔するのは、男としての器が小さいだろうと様子を見ていたが、その仲が進展することは、案の定一度もなかった。
だから、油断していた。
他の男が、わざわざ彼女に近づくとは思ってもいなかったのだ。
ましてや、タカバと一緒にユイと敵対していたような男。
見た目もそんな良いわけでもなく、何より背も低い。下手したらユイの方が高いのではないだろうか。
とても気さくで、人並みに優しい奴だとは思っていたが、成績も平均以下。取り立てて特技もない。
ルームメイトだとはいえ、タカバ以上に眼中になかった男。
それが急に、自分の宝物をかっさらって行ったという。
「僕がちょっと怪我している間に、君たちは調子に乗りすぎなんだよ。僕を敵に回して、タダで済むと思ってるのか?」
前髪を払って、顎を上げるルキノ。
ヒイロとタカバは顔を見合わせ、顔をしかめる。
「コイツさァ……もしかして、入院生活寂しくてグレたとか?」
「ありうるっすねぇ……ルキノっち、けっこう寂しがり屋だもんね」
「おい、誰が寂しがり屋だって?」
凄むルキノに、ヒイロは指差して答える。
「だってさー、いつも女のコに囲まれるような態度ばっか取ってんじゃーん。チヤホヤされたいんだろ?」
「え、なにテメェ、下心満載くん?」
厭らしい笑みを浮かべて、タカバも指してくる。ルキノは王冠を押さえて、ヤレヤレと首を振った。
「まぁ……ゼロではないけどね。綺麗な女性に囲まれて、気分が悪くなる男なんていないだろ。モテない僻みは止めてくれないか?」
「俺、彼女いるもーん」
シレッと腹立つことを言うヒイロを、過剰に睨み付けないように我慢していると、「ぐぬぬ」と悩んでいたタカバが顔を上げる。
「オレは……オレが好きな子一人に好いてもらえりゃ、それでいいんだよっ!」
その言葉に、壇上も観客もみんな息を呑む。また、それはルキノも例外ではなかった。
――こいつ、無駄にカッコいいこと言うよな。
その時、舞台のライトがバッと落ちる。
――準備が出来たようだね。
それは、この茶番が終わる合図。この劇の主役が、再び舞台に上がる合図だ。
――さて……僕の姫はちゃんと化けれたかな?
いつものままでも、彼女は十分美しいと思う。
それは、たとえこの世界で認められる美しさでないとしても、その気高さ、凛々しさはどこでも霞むことはない。
たとえそれが、今は誰から理解されないとしても。
それでも、ルキノは願う。
――いつか、ちゃんと言ってやりたいな。
その時、彼女はどんな顔をするだろうか。
その顔を想像しながら、ルキノは舞台袖を見やる。
スポットライトが当たり、彼女が俯きながら歩いてきた。
その姿に、ルキノは再び息を呑む。
タカバの戯言レベルではなく、完全に呼吸を忘れてしまっていた。




