とある弟の複雑な心境
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――あれ、兄ちゃんが義母役じゃなかったんだっけ?
ルイスは子供騙しの劇を観ながら、小首を傾げた。
不本意ながらも、何人もの相手が教えてくれた話では、兄のルキノが女装して舞台に上がるということだった。
今さら、兄の活躍を見たいわけではない。
だけど、自分を蔑ろにしてきた兄の滑稽な格好だったら見てみたい――そんな少しの期待すら、ルイスは裏切られる。
――何だよ、その話すら嘘だったのかよ。
「指さして笑ってやろーと思ったのに」
誰にも聴こえないほどの声音で愚痴するルイスをよそに、劇は順調に進行している。
魔法使いが、哀れなヒロインに奇跡をプレゼントするシーンだ。
見覚えがありすぎる二人が、台詞にはないであろう嫌味を混ぜながらも、絶妙なバランスでストーリーが進行していく。どうやら、魔法使いはヒロインに可愛らしいドレスを与えたいようだが、そのピンクのフリルすぎるデザインに、ヒロインは本気で拒絶していた。
――もう帰ろうかな。
コントのようなやり取りに他の患者たちは大喜びしているようだが、ルイスは彼らに興味があるわけではない。むしろ、今後一切関わりたくないくらいだ。
なぜなら、彼らは自分から細やかな幸せを奪っただけではなく、今も自分を脅してくる相手だからだ。
――おれだって、今も親の死の原因を押し付けてるわけじゃないんだぜ?
誰にともなく、ルイスは胸中で言い訳をする。
たまたま自分たちの近くで襲われていた女のコに恨みを持ち続けているわけではない。
そんな女のコを追いかけて、実の弟を置いてまで首都に行ってしまった兄には未だ辟易しているけど――そこで日々頑張り続けてきた兄を、許してあげられないほど自分も子供ではない。
――まぁ実際、兄弟二人揃って叔父さん家にお世話になるのも負担だっただろうしね。
唯一の親戚筋の叔父の家だって、同じスラム生活。面倒看なければならない子供が二人増えるよりも、一人に減ってくれた方が幾分もラクだっただろう。その辺りの事情を鑑みれば、兄の取った選択もそう悪いものではないと思う。当時だって、そんな説明を受けていたような気もする。
――勝手に拗ねて、変な場所に足を踏み入れたのはおれだ。
自己責任だった。
紛れもなく、その後反政府組織に入団し、モナの甘言に何年も弄ばれて、身を滅ぼしたのは自己責任。誰が悪いわけではない。自分がいつまでも幼稚で、愚かだっただけの話。
――だけど。
舞台の上では、魔法使いが無理やりヒロインの地味な衣装を無理やり引っ剥がそうとしていた。それに対し、黒髪のヒロインは本気で嫌がり、顔を真赤にしている。
「性犯罪かよ」
その光景にボソリと苦笑しつつも、ルイスは視線を落とした。
もう――親を亡くし、兄に置いていかれた幼い時とは違う。
事情や事実を理解出来る歳になった今でも、心の突っかかりは依然として取れない。
――拗ねてるってヤツなのかな……ダサいけど。
そんな時、ズボンのポケットに入れていた小型通信機が小さく震える。これは壇上にいる二人から、コッソリと渡されていた代物だった。彼らの要求は、これを使って自分の居場所を反政府組織に伝えること。
――ようは、おれに囮になれってことだろ?
自分のこの年相応とは言い難い体躯は、反政府組織での魔法実験による弊害。
故に、極論ではあるものの政府関係団体に調べられてしまっては、その研究成果が奪われてしまう恐れがあるため、反政府組織としても自分をどうにかして捕獲したいらしい。
――まぁ、生死は問わずなんだろうけどさ。
ルイスは周囲をキョロキョロと見渡してから小型通信機を開くと、一件のメールが届いていた。誰もが舞台に目を囚われていることを確認して、ルイスはその内容を確認する。
発信者は『リーダー』。
『拝啓 ルイス君
無事なようで安心しました。早速今から助けに行きますので、そのまま安心して待っていてくださいね』
――あぁ、おれを殺しに来るわけね。
おそらく、この着信データの着地点も潜入の助けになるのだろう。
今からこの場所が戦場になるのだ。
きっと恐らく、自分は被害者の一人として始末されるのだろう。
反政府組織側からしても、学園生徒からの抵抗に巻き込まれた不幸な事故。もちろん病院、一般人からしてもテロに巻き込まれた不幸な事故。誰から見ても『可哀想な少年』の一人として、ここで死ぬことになるのだろう。
――ランティスで死ぬのと、大差なかったなぁ。
あれから一ヶ月で、何かが変わったわけでもない。結局、この病院の地下で検査されていただけ。
多少兄やおかしな女と話す機会があったものの、だからと言って何かが変わったわけでもない。
兄と仲直りや和解出来たわけでもないし、そもそも心内を明かせたわけでもない。
「何で、おれのことなんか助けたの?」
ルイスは小型通信機を再びポケットにしまい、舞台で騒いでいる二人をボンヤリと眺める。あの二人は、ランティスでの惨状から自分を助け出してくれた、謂わば恩人だ。だけど今では、自分を死へと導いた張本人。
――始めから、このためにおれを助けた……ようには見えなかったんだよなぁ。
世界を破滅させたい――あの黒髪の魔女は、そう言っていた。
今回、病院を反政府組織に襲撃させようという試みも、その一環なのだろう。政府と反政府組織の同士討ち。そしてエクバタ一の大病院の機能を停止させ、その出資を担っている大企業ブライアン社にもダメージを与える。少しまどろっこしい気もするけれど、少ない戦力で着実に物事を進めていくのだとしたら、悪い選択肢でもないだろう。
そのための駒をして自分を確保した――そう考えるのが筋ではあるものの、あの時の二人の態度を思い出してみたら、そう計画的だったとも思えない。
――特にお姉ちゃんなんか、『兄ちゃんに頼まれたから』て感じだったし。
ただの恋する乙女だった。好きな人に頼まれたから、一生懸命に不器用ながらも配慮した――まさにそんな感じの素振りだった魔女は、今や演技も忘れて壇上で『魔法使い』の嫌がらせのような好意を本気で嫌がり続けている。
――あんなお姉ちゃんに、そんな複雑な演技が出来るもんかな?
疑問符を浮かべてみても、舞台を観ているだけでは、ただ否定の答えしか浮かび上がらない。
そしてようやく、舞台の幕が一度下りる。シーンが変わるのだろう。優美な音楽が流れる中で、微かにガタガタと大きな物を動かす音も聴こえてくる。
――まぁ、どっちにしても変わんないか。
彼女たちの思惑がどうであれ、自分が今日死ぬのは変わらない。
自分には何が出来たのだろう。
自分には何が残せたのだろう。
悔いるような気持ちでいるルイスをよそに、再び舞台の幕が開く。
先程とは一変、綺羅びやかな壇上には、思わず吹き出したくなるくらい輝かしくも美しい男が偉そうに座っていた。
そんな眩しすぎる兄を遠くから眺めて、ルイスは思う。
――一言でも謝ってくれれば、それで良かったのに。
昔、自分のことを置いていった兄。
だけど、縋るような思いで自分の無事を願ってくれた兄。
その兄に対する素直な愚痴は、決して兄には届かない。




