女のコの憧れる夢物語
「えー、師匠に言われたからにゃ、オレが仕切るわけだが……」
教壇の前に立ったタカバが咳払いする。
「エラってのが主役でいいのか?」
タカバはクラスの全員に訊いているつもりなのだろうが、それに答える者はいなかった。
それは必然であろう。どんな物語だが、誰もわからないのだから。
タカバもそれを理解していたのか、嘆息する。
「だよなァ……おい、劣等種。テメェも『灰かぶり姫』がどんな話か知らねェーのかよ」
「知らないわね」
教室の後ろから、ユイは即答を返す。
が、本当はどんな物語なのか、ユイは知っていた。
古代に童話として語り継がれていた少女向けの物語の一つだ。
実の両親を亡くしてしまった可哀想な少女『エラ』は、親戚筋である叔父夫婦によって引き取られた。しかし、血の繋がりである叔父も仕事で家を空けることが多いこの家で実権を握るのは、その妻である義母と姉妹。彼女たちから奴隷にも等しい小間使いのような扱いを受けていたエラに、ある日奇跡が訪れる。
王子様が婚約者を探すパーティに、今までのエラの苦行を哀れんだ魔法使いが、エラに素敵なドレスとガラスの靴を授けてくれたのだ。
美しく着飾ったエラがパーティー会場に足を踏み入れると、その美貌はたちまちその場の男性たちの目を集めた。それはまた、王子も例外ではない。王子にダンスを申し込まれ、夢のような一晩を過ごすエラ。だけど、夢は必ず覚めてしまう――魔法使いと約束した時間までに家に戻らなければならなかったエラは、王子の制止を振り切り、姿をくらますのだ。片足のガラスの靴だけを置いて。
そして後日、どうしてもあの晩の女性を忘れられないと嘆いていた王子は、唯一の手がかりである片足のガラスの靴を持って、街中の女性の中からエラを探そうとする。
しかし、なかなかサイズの合う者は現れない。その役目を遣わさっていた従者はエラの家にもやってくるが、義母たちの嫌がらせにより、その靴を履くことが出来ず、地下室で泣いていたエラ。
しかし、またしてもエラに奇跡が訪れた。
いつもコッソリと世話をしてくれていたネズミたちが、エラを助けてくれるのだ。ギリギリで調査の場に辿り着いたエラがその靴の持ち主だと発覚し、あとは大団円。エラは王子様と結婚し、『シンデレラ』と改名した彼女は、その後幸せに暮らしましたとさ。
――胸くそ悪い物語ね。
ユイは胸中で吐き捨てた。
今までの苦労が報われた話――という点で見れば悪くはないのだが、結局彼女は『奇跡』という他人の手で助けられたにすぎないのだ。
魔法使いの気まぐれと、運が良かっただけ。
ただ他人に頼っただけ。
――それこそ、神様だとかメシア様に縋る反政府組織の信仰と変わらないわよね。
夢見る女のコのためのストーリーが嫌いというだけでなく、これを説明するのが面倒なユイは口を閉ざす。
劣等種と呼ばれようがなんだろうが、面倒なことには関わりたくない。
今さら学業や成績が関係ないのはもちろんなのだが、それ以上に演劇なんてやったことがないのだ。自ら進んで恥を晒すなんて、言語道断。
――まぁ、配役の数からして、全員が舞台に上がるわけではないだろうし。
せめて裏方の仕事を適当にやっているフリだけして、適当にしらばっくれよう――そう決めて、ユイは頬杖ついてそっぽを向いた。
そのユイの態度にタカバは舌打ちする。
「オイ、なんだよその態度は。テメェだって関係ねェーわけじゃねェーだろーが」
「だって、誰もストーリーがわからないんだったら、配役も決めようがないじゃない。それに、いつ、どこでやるかも分かってないのよ?」
その時、おずおずと前の方で手が上がった。
「あの……」
「お? メグちゃんどーした?」
引きつっていた顔もどこへやら。少しだけ優しい声音で、タカバはメグを見やる。
「今さら黙ってても仕方ないから言うけど……この演劇、ブライアン社の病院でやるみたいなんだよね」
「病院? オレらが入院してた所か?」
タカバの質問に、メグがコクンと頷く。
「うん。学園から申し出があったみたいで、ある生徒がとてもお世話になったからお礼にってことみたい」
「とてもお世話ってよォ。言っちゃ悪いが、金出す怪我人の面倒看るのは病院の仕事じゃねェーの?」
「それがその……」
メグが口元に手を当てて、小声で言いずらそうに話した。
「絶対安静だって言われてたのに脱走して悪化した馬鹿がいたようで……」
『あ』
思わず声を出してしまった人物が三人。彼らと彼女は同時に口を押えて、堪える。
――ルキノめ……。
現在、入院中の馬鹿を強く責める気にもならない。彼は彼なりの理由があったのは、メグを含めて四人とも理解している。それでも彼のせいで面倒事が増えたとなれば、やっぱり頭は抱えたくなるものだ。
そのせめぎあいから一番早くに脱却したのは、壇上にいるタカバだった。彼は舌打ちして「しゃーねェー」と漏らす。
「まぁ、決まっちゃったものは仕方ねェー! やるぞ、テメェら。メグちゃんも教えてくれてあんがとな」
「どういたしまして」
メグにニコリと微笑まれて、タカバの顔が一気に赤く染まった。横を向いても、耳の赤さは隠しきれていないが、それでもタカバは声を張り上げる。
「えー、じゃあ決めっぞ。とりあえずアレだな。ナナシ師匠が義母はルキノだって言ってたな」
言いながら、タカバは汚い字で義母の下にルキノと記載する。
そして、首を傾げた。
「義母ってさー、義理の母ちゃんってことだよなァ?」
その発言で、ユイはルキノの女装姿を想像する。
美女に変装するのなら、ムカつくまでに美しいだろうから、まだ想像しやすい。
だけど、義母ということだ。イメージからして、義母といわれたらオバサン。そしてきっと腹黒い。
ユイはププッと噴き出す。
――ハマりすぎでしょ、義母役。
ちょっと前向きに参加しようとユイが思い始めた瞬間、前の方の席で再び手が上がる。
今度はメグの隣に座る、ヒイロだった。
「はいはーいっ! その主役、ユイがいいと思いまーす!」
「はぁ⁉」
思いがけず上がった自分の名前に、ユイは教室の一番後ろから声を張り上げる。
振り返ったヒイロは満面の笑みだった。
「だって、タイトルが灰色の姫……でしょ? 灰色とは違うけどさ、イメージ的にユイさんが一番ピッタリじゃない? 黒と灰色、似たようなもんっしょ!」
「いや、全然違うから! てか、灰色じゃなくて『灰かぶり』だから。薄汚れているとかそういう意味だと――」
「余計にピッタリじゃーん」
ユイの口述に重ねてきたのは、ヒイロではなかった。
クラスの誰かの女子の声。教室中見渡したが、クラスのほとんど全員がユイのことを好奇の目で見ていたので、特定はできない。
そこから広がるのは早い。
「灰色なんていう不気味な役、わたしたちには無理だもんねー」
「そうそう、適任者がいてくれてよかったー」
「もういっそ、灰色の姫じゃなくて、黒色の姫でよくねぇ?」
女子の声に男子の声も混じり、それぞれの声を聴き分けることが困難になる。
――またか……。
ユイは反論するのを止めた。
席に大人しく座る。ため息を吐く。だからといって、どうなるわけではない。
――こいつら全員、爆破するわけにもいかないしな。
だから、誰かが止めてくれるのを待つ。
いつも助けてくれる彼を待つ。
――あぁ、そうだった。
気が付いて、ユイは俯くのだ。
今ここに、ルキノはいない。
その時、ダンッと何かを強く叩いた音が、ユイの顔を引き上げる。
「うるせええええええええええええ!」
タカバの怒声が、鼓膜を揺るがした。
「オレが仕切ってんだっ! 勝手にゴチャゴチャ言うんじゃねェーよっ!」
歯を軋ませながらタカバが再び後ろを向くと、エラという役名の下に、デカデカとユイの名を刻む。
「劣等種、やってやれ! やりきってやれ‼」
「よーし、じゃあ俺、王子様役やるー! 王子になってユイさん口説くんだー」
勝手に進行していくこの状況に、ユイは再びため息を吐いて、机に突っ伏した。
タカバはきっと、ゴチャゴチャとうるさくなったのが気に食わなくて、とりあえず場を纏めたにすぎないのだろう。
ヒイロも所詮、ユイに姫役のユイと王子役の自分で、演技でもイチャイチャというのを想像したにすぎないのだろう。
二人の馬鹿の考えが容易に想像できてしまい、ユイは顔を上げることができない。
面倒で無駄なことはやりたくない。
だけど、話はすでに決定事項として、どんどん進んでいく。そこに誰もユイの気持ちを考慮してくれる者はいない。
――さっさとこんな世界、滅んでしまえ……。
今日もエクアの空は嫌味なまでに青い。
今のユイには漆黒の髪を掻き上げる気力さえ湧かなかった。




