成功の秘訣は何度も失敗すること
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「お、成功した!」
ユイは公園から離れた路地裏で、小さく歓喜の声をあげた。
転移魔法に初めての成功したのだ。
移動距離は、走れば十数秒程度の距離。公園からの騒がしい声が、充分この場所にも届く。
少し顔をのぞかせれば、チンピラの数は十を超えたらしい。一目で喧嘩魂に火がついたとわかるタカバが意気揚々と拳を掲げていた。そして、ルキノの高笑いがやたら響いている。
「けど、ルキノがあんな風に笑うなんて……やっぱり結構痛かったりするのかな?」
「靭帯も切れてて、利き手は骨折。頭部も強打の後遺症で目眩や耳鳴りもあると見たが……さすがの私も、よくここまで動けるもんだと感心してるぞ」
横に立って憮然と語る男に、ユイは顔を上げる。
「なんで動いてるの、あいつ?」
「あの根性だけは、私も一目置いているのだがな」
「あら、あんたが褒めるなんて珍しいわね。ナナシ」
ユイが小さく笑うと、ナナシは無表情のまま髭をベリッと剥がす。シルクハットを脱ぎ、出てきた白銀の髪の下から見下ろす瞳はいつも通り冷たい。
「ところでエクアージュよ。それのどこが、転移成功なんだ?」
「え? ちゃんと無傷で移動してきたじゃない?」
「貴様が持ってものを見てみろ」
言われて、ナナシは手に持つものを見下ろす。
それは、冴えない顔の『ヒューデルさん』だ。ユイは彼の左腕を持っており、肩、顔、その向こうの右肩から大量の血が噴出していた。
「うわっ!」
声を荒立て、持っていた手を投げるユイ。すると『ヒューデルさん』は空いた手を即座に腕のない肩へ当てる。
泣き叫んでいた。涙と鼻水をこれでもかと垂らし、冴えない中年が再び身体を丸める。
だけど、出血は止まらない。腕のなくなった肩から溢れる血が止まらない。
彼の下には、どんどん赤い水たまりが広がっていく。
「えーと……腕をどこかに忘れてきちゃったのかな?」
「そういうことだ、戯けが。早く黙らせないと、うるさくて人が来るかもしれんぞ」
――あっちの乱闘の方が、よっぽどうるさいと思うけどね。
そうは思いながらも、ユイは顔をしかめつつ手を前に掲げる。
鼻につく異臭が気持ち悪い。とめどなく吹き出る血流がどこか滑稽だった。
「ちょっとあんた。手を離さないと、その手も吹き飛ぶわよ?」
その台詞に怯えたのか、肩を押さえる手が少し浮いた瞬間、ユイは指を鳴らした。
中年の肩付近で赤い爆発が起き、その反動で中年の身体が転がって来る。
それをユイは片足で止めた。そして、その焼いた肩口が見やすいように動かす。
「とりあえず、止血はこんなもんでいいかしら?」
ユイとしては優しさのつもりで声をかけるものの、中年は歯を震わせ、ユイを怯えるような目で見上げるのみ。ユイは溜息を吐いて、膝を屈めた。
「あのねぇ……そりゃあ、腕がスッポリ取れちゃったことは悪いと思うけど、本来ならジワジワと拷問するはずだったのよ? 一思いに済んで、むしろ感謝してもらいたいところなんだけど」
「エクアージュよ。だから水場から水場への転移にしておけと、あれほど忠告したではないか」
「嫌よ。誰かさんみたく、無駄にビショビショになりたくないもの」
「ならば、明日からさらに厳しい訓練に耐えることだな」
「え、もう転移の訓練は飽きてきたんですけど……」
ナナシの冷酷な一言に振り返っても、彼の意見が変わるわけはない。
――まぁ、使いこなせれば、一気に出来ることが増えるものね。
仕方ないと、ユイが肩を落とした時である。
「お前ら……何者なんだ……?」
掠れた声で尋ねてくる『ヒューデルさん』に、ユイは口角を上げた。
「じゃあ……改めて初めまして、ヒューデルさん。私は魔女のエクアージュです。ちょっと世界を破滅させるためにね、助力を乞いに来たの」
「魔女……? まさか、モナ様が仰っていた――」
「あら。あのオバサンから聞いているなら、話が早いわね」
ニコリと微笑んだユイは、『ヒューデルさん』の襟元を掴み上げる。
「あんたたち反政府組織について、知っていることを洗いざらい話しなさい。さもなくば……わかるわよね?」
「わ……我らの信仰心を試そうといえど、そうはいかぬ! 我らはメシア様に命を捧げたのだ! メシア様のためなら命なぞ惜しくはない!」
「いやぁ、格好つけてるところ悪いんだけど」
声を荒立てる『ヒューデルさん』に、ユイは再び嘆息した。
「神様の普及っていう名目のために『ヒューデルさん』として怪しげな活動をしていた反政府組織の団員捕まえましたーって、私が今から政府に引き渡してもいいのよ? そうしたら、あんたは自白剤でも飲まされて拷問。あんたの家族も同じような運命を辿ることになると思うんだけど……それより、ちょっと怪しげな魔女に情報渡した方が、悪いことにならないと思わない?」
「お、お前を信用する根拠はない!」
「確かに」
彼の言うことにすぐさま納得したユイが両手を打つ。
だが、笑みは崩さなかった。
「じゃあ、情報交換と行きましょうか。私はあなたたちが『ヒューデルさん』なんて伝承を模してまで必死に探している実験体の居場所を知ってるし、いつでも接触できるわ。なんだったらその場所に侵入しやすい日を教えることだって出来るのだけど、どうでしょう?」
「なぜ実験体のことを……?」
固唾を呑む『ヒューデルさん』に、ユイは即答する。
「本人から訊いた」
「お前、まさか実験体を⁉」
「彼なら元気よ。もう減らず口をこれでもかと披露してくるから、可愛くて殺したくなるくらい」
そして、ユイは中指と親指を付けた。
「それで、とりあえず私の訊きたいことなんだけど――」
いつでも指を弾けるように。
いつでも目の前の男を殺せるように。
ユイは口角だけ上げて尋ねた。
「あの偉そうだったモナ先生に、家族とかっているのかしら?」
「あの『ヒューデルさん』は逃してよいのか?」
「あのままアジトに帰るだろうし。発信機も付けておいたから、むしろ好都合よ」
情報をもらうなんてオマケのつもりだったが、思っていた以上の成果があり、ユイはホクホクと小型通信機に聞き出したことを記録しつつ、少し席を外していたナナシにその成果を報告していた。
反政府組織メサイアの団員数はおよそ五万人程度。この人数だけだとエクア全人口に対して百人に一人という割合だが、実際に活動している人数はさらに十分の一くらいらしい。
本部があるのは南部クオノール。ほとんどの主要都市に支部も存在しており、エクバタ支部含め地下施設が多いとのこと。
そして、教祖として組織のトップに君臨しているのが、ユイも知るモナ教師。もちろん他にも幹部が何人もいるものの、ここ十年でどんどん地位を昇りつめ、数年前に名目上の教祖となったらしい。そのあまりに不自然な昇級は団員の中でも疑念があるものの、組織の運営としては大きな問題は今までなかったとのこと――この間のランティス暴徒事件を除いては。
「それでやっぱり、今回の『ヒューデルさん』騒ぎは、あの時に私たちが保護したルイスから情報が漏れるのを恐れて、その居場所を探っていた――という目的で間違いなかったみたいね。自ら実験体になりながら、その研究にも携わっていたなんて……どれだけ優秀な兄弟なんだか」
「しかし、だとしたら病院を調べないとは無能すぎやしないか? 一番に思いつきそうなことだが」
「もちろんまず先に調べたんだけど、アシが出なかったんだって。政府だけじゃなくてブライアン社も関わっているらしいけど……本当に油断ならないわね」
一瞬小型通信機を動かすユイの手が止まると、ナナシが苦笑する。
「それは、あの腹黒令嬢のことか?」
「……まぁ、あのコも含めて――ということで。でもとりあえず、私たちのやることは済んだわよ。彼の居場所も教えてあげたし、警備が薄くなりそうな日も指定してあげたし。あとは頼んだ、ナナシ先生」
上目遣いで敢えて強調するユイに、ナナシはもちろん絶対の自信を持って「うむ」と頷いた。
「それは任せておけ。より楽しくなりそうなイベントを企画してある」
「いや、あんたの楽しいはむしろ嫌な予感しかしないんだけど」
「乞うご期待、だな」
言い切るナナシに嘆息を返して、ユイはナナシの持つ二つの遺物に目をやった。ヒューデルさんの千切れた片腕とハリセンである。ユイがヒューデルさんから色々と聞き出している間に、コッソリ拾いに行ってもらっていたのだ。
「回収ありがとね。でも、ハリセンは拾って来なくても良かったんじゃない?」
「きちんと返してやらねば、持ち主の幼女が可哀想であろう。あそこに置きっぱなしでは、踏まれて見るも無残なことになるところだったぞ」
「幼女って……あんたやっぱり、そういう趣味があるわけ?」
いつしか授業の題材にもなった魔法少女漫画を思い出してユイが顔をしかめると、ナナシは当然とばかりに言い放つ。
「あのような小さな女の子に『パパ』と呼ばれるのが、私の長年の夢なのだ!」
「うん、そっか……頑張れ」
呆れてそんな言葉しか返せないユイだが、ため息ばかり吐いていても仕方ないと、頭を切り替える。
――まぁ、概ね上手く行っているわよね。
ランティスで反政府組織の活動の邪魔もし、意図したわけではなかったがブライアン社にも多少の被害は与えられた。マナ貯蔵施設を潰したことにより、もちろんエクア政府にもダメージは与えられている。
始めから、四面楚歌な世界破滅活動。
その中で戦っていくには、とにかく場面を掻き乱し、敵同士にも潰しあいをしてもらうことが不可欠。
いかに、世の中を引っ掻き回すか――そのための次の布石は打てた。
――さて、じゃあ反政府組織さんにはますます活躍してもらいますか。
そして、破壊の責任を反政府組織に押し付けるのだ。
「さて、ナナシ。今日最後の仕事よ!」
「うむ! 任せておけ」
ナナシはそう言って、再び白鬚を装着し、黒いシルクハットを被る。その顔がどこか嬉し気なことに気付いたユイは肩を竦めた。
「その恰好、気に入ったの?」
「あぁ。こういった渋い老紳士になるのが憧れだったからな」
「だった……て。今からでも目指せるでしょ。あまりオススメはしないけど」
ユイは苦笑しながら横目で彼を見やると、ナナシはいつもの無表情になっている。
「ナナシ?」
「いや、何でもない。では、行く」
言うのが早いか、動くのが早いか。その瞬間ナナシの姿が消えて、
「ひゅぅぅぅうううでるでるでる! パン屋のヤマガタ! パン屋のヤマガタあああああ‼」
ガッツリ宣伝する奇声が、どんどんユイから遠ざかって行く。
――どれだけ気に入ったのよ。
ヒューデルさんの真似をして叫ぶという打ち合わせはしたが、タカバのパン屋を宣伝をするという作戦はなかった。もちろん、あのパン屋の景気や売り上げなんて、ユイには全く関係がないのだから。
だけど、ナナシがわざわざ叫ぶということは、それだけ味が気に入ったということなのだろう。美味しいものは、色んな人に知ってもらいたい――そんな情緒をナナシも持ち合わせていたということが、ユイにとっては驚きでもある。
――まぁ、ナナシと味覚が一緒というのも、悪い気はしないわよね。今度オススメのお菓子でも分けてあげようかしら。
ユイはクスクス笑いながら、路地からなるべく自然に公園へと戻る。
乱闘騒ぎは、もうすぐ収束しそうな様子だった。
――そういや、ナナシがルキノにあげてた金色の銃弾は何だったのかしら?
ふと聞き逃したことに気付いたユイだったが、「まぁいいか」とすぐに諦める。
どうせまたろくでもないことだろうと、ユイは安易にそう考えていた。




