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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
四幕 貧乏疾走

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ヒューデルさんは正義の悪役

 叫びながら、ルキノは急加速するエアボードから振り落とされないように両手に力を込めた。腕が千切れそうに痛かったが、このまま落ちるのだけは御免だった。そんなカッコ悪いことは、完璧優等生(エリート)誇り(プライド)が許さない。


 ルキノは急降下し流される足が一瞬地面に着いた瞬間、強く蹴り上げた。ボードの上に両足を乗せて、呻くように声を発しながら、膝に力を入れる。


 上下左右にバランスを取りながら、ルキノは少しずつ腰を上げていく。完全に立ち上がったルキノは、思わず叫んでいた。


「ざまあねぇーなあ、おいっ!」


 そのまま重心を前に寄せつつ、路地を右折。大通りへ出ると、日ごろカラフルな店が並ぶ路地は、すべてシャッターを閉じていた。日中の賑やかさを全て欠如させた大通りの奥に、走る二人の背中が見える。


「くっくっくっ。このまま生きて帰れると思うなよっ!」


 頭の血が沸騰しそうな熱を感じるが、ルキノはそれどころではない。

 血走る目を見開きながら、ルキノは加速のスイッチを踏み、大男の背中を捕らえる。


「ちぇすとおおおおおお!」


 そして、その刈上げをハリセンで思いっきり叩いた。

 スパーンと気持ちいい音が夜の虫の音をかき消した瞬間、ルキノはとうとうバランスを崩し、エアボートから転落する。乗り手を失ったボードはそのまま突き進み、電灯の柱に衝突した。ガタガタと地面を滑り、かなり遠くで止まる。


 その間に、ルキノはタイル状の地面を二転、三転。

 一回横たわってしまった身体は、なかなか動いてはくれない。そのまま、突如襲ってくる異様な眠気に促されて、ふと目を瞑ろうとした時だ。


「えっ……ちょっと……ルキノ⁉」


 自分を心配するその声に、ルキノは辛うじて閉じかけた瞳を開くと、黒髪を振り乱した女性が、駆け寄って来る。


「えっと……あの……とりあえず大丈夫? あたま、馬鹿になった?」


 しゃがんで見下ろして来る彼女は明らかに戸惑っている。そんなユイを、ルキノは鼻で笑った。


「タカバじゃあるまいし……」


 ――大丈夫だ。


 そう言って起き上がろうとした時だ。

 屈んだ彼女の膝の奥。暗闇の奥にチラリと見えたのは、灯りに照らされた桃色の布地。


「おっと!」

 

 ルキノは慌てて起き上がり、顔を背けた。なぜかとっさに、鼻を押さえてしまう。


「え……どうしたの?」


 ますます困惑した彼女の顔を横目で見ながら手をそっと離すと、その手には特に何も付いてはいなかった。それに胸を撫でおろした時、


「ひゅぅぅぅうううでるでるでるでる!」


 その声は、頭上から降って来た。

 見上げれば、二階建ての屋根の上になびくマント。ルキノがコートかと思っていたのは、マントのような代物だったようだ。闇夜に黒いマントをなびかせて、その男は腕のように長いパンをかじっていた。


 そして、一言。


「美味いっ!」


 ヒューデルさんは黙々とパンを食している。かなり歳がいっているのか、長く白いひげが生えていた。髭も口の中で一緒に咀嚼しているようである。星空の逆光で表情は霞んでいるものの、真剣に食しているようだ。


 ――良かったね。


 正直な感想だった。


 ――美味しいならよかった。満足したなら帰れ。


 そう言い返す気力すらなく、ルキノはそれを指差した。


「ユイ、君にこんなこと訊くのは差別になってしまうから心苦しくあるのだけど……」

「あー、黒いからって? あまりに呆れすぎて傷付く余裕もないから答えてあげるけど……あんな変人、知り合いにいないと信じたいわね」

「だよね。僕の知り合いでもないといいなと思っているよ」


 二人で半眼を見合わせて話していると、タカバがようやく頭を押さえながら立ち上がった。


「ルキノ! テメェ、なにしてくれるんだァ⁉」


 彼の握りこぶしが震えている。それに、ルキノは「ふっ」と笑った。


「じゃあ、その怒りをあれにぶつけておいでよ。なんかさ、僕、疲れたんだよね。てか、タカバ凄いよね。いつもあんなテンションでいるのって、疲れない?」

「テメェのテンションが低いことなんざ知らねェーよ!」

「私のことを無視し続けるなら、このパンがどうなってもいいのかね?」


 それは意外と紳士的で、だけど偉そうな声音だった。


 ――正直、心底どうでもいいんだけどな。


 よくよく考えてみれば、だ。

 疾風の如く高速で駆け抜けたヒューデルさんは、パンをルキノも使っていた籠に入れて運んでいたようである。道端にパンが落ちていないことは奇跡的だが、何かで覆うことなく外に長時間晒されたパンを、再び売ることなど出来るだろうか。

 衛生面的な問題が起こってしまえば、呆気なく閉店という末路を辿ってしまうだろう。賠償責任が生じれば、大袈裟な話、一家心中になるかもしれない。


 ならば、あの泣きそうだった可愛らしい少女のために、ルキノが出来る事といえばどうにかして、盗まれたパンの代金を回収することだ。


「えー、ヒューデルさん。あなたのご職業は?」


 膝に手を置き、立ち上がる。

 神経が焼き切れるかのような痛みに顔をしかめるのも、一瞬。ルキノは帽子は帽子の位置を整えながら尋ねる。

  

 ――帽子が脱げないよう細工しておいて正解だな。


 今日会った人々の反応からして、誰もルキノの頭に巻かれた包帯には気付いていないようだ。

 そして、ルキノが本当に隠したいことも。


 その他所で、ユイがタカバに尋ねている。


「ねぇ、あのパンってそんなに高いの? 人質になれるくらい」

「んなわけあるか。毎日買いたくなるような良心的な値段設定を心掛けてるぜ」


 ヒューデルさんが偉そうにパンを掲げているから、その価値を疑問に思ったのだろう。


 ――それにしても、仲がいいことだな。


 そんな二人を横目で見て、ルキノは思わず毒づく。

 だけど、今はそれどころではない。タカバは、放っておいてもタカバなのだ。誰よりも筋が通っている馬鹿だからこそ、友情と恋愛をはき違えたりはしないだろう。


 それよりも、気になるのは――――

 ふと思い浮かんだルームメイトの少し赤らんだ顔は、ヒューデルさんの一声で掻き消えた。


「私の名はヒューデルさん! 職業は正義の悪役だっ‼」

「どっちだよ⁉」


 即座に返したのはタカバだった。ユイとの会話どころではなくなったのか、


「ヒューデルさんは魔法が使えんだよな! 頼む、オレに魔法を教えてくれ!」

「ほう……貴様は何のために魔法を求めるのか?」


 髭を撫でるヒューデルさんに、タカバは迷うことなく答える。


「目の前で困っている奴を、救ってやりてェ!」


 ――どいつもこいつも、ずいぶんカッコいいことを言うもんだな。


 ルキノは呆れるものの、タカバの顔は真剣そのもの。

 会話が逸れてしまい、ルキノが弁償という本題を切り出そうとした時だ。


「娘の下着を覗いた小僧は、魔法が使えるなら何がしたい?」

「不可抗力だ!」


 ルキノは即座に反論した。それと同時に、隣にいたユイの目を見開かれていく。


「え……」


 そして顔を赤らめ、スカートの裾を押さえた。

 ルキノは慌てて手を振る。


「違う! 本当に見てなんか……いや、見えそうだったから即座に目を逸らして……」

「なんだよ、ルキノも見たのか? 劣等種のピンクの――」


 ユイの動きは速かった。ルキノの持つハリセンを即座に奪うと、タカバの頭をスパーンと叩く。

 

「言うな馬鹿っ! もう……二度とスカートなんか履かないんだから……」

「それは学園の規則に違反してしまうから、制服のスカートは……」


 ルキノのとっさの正論を、ユイはギロッと睨み付ける。それに、ルキノは唇を噛みしめて、素直に頭を下げるしかなかった。


「すまない」


 腕を組んでプイッとそっぽを向いたユイに嘆息して、ルキノは顔を上げる。

 ヒューデルさんは、長かったパンをそろそろ完食するようだ。だけどモシャモシャと咀嚼しながらも、ジッとルキノから視線を逸らさない。


 ――答えない限り、こっちの話には聞く耳持たないといった風だな。

 

 だから、ルキノも仕方なくこの唐突な質問に答える。


「魔法ね……時間を戻すことができるなら、使ってみたいかな」

「娘の下着を見る前に戻るのか?」

「まぁ、それもそうだけど」


 ルキノは苦笑する。


 戻れるものなら、あの旅行をもう一度やり直したい。

 もっと、家族の笑う顔を目に焼き付けておきたい。

 そして、家族を失うことがないように、もっと上手く立ち回りたい。


 だけど、そんな淡い希望をヒューデルさんは一掃する。


「戻ったところで、弱い小僧に何ができる?」


 ――容赦ねぇな。


 そう言われては、ルキノは何も言い返せない。今ならともかく、子供だったあの頃に一体が何が出来ただろうか。両親の側にいたら、きっと彼女は救えなかった。


 どっちが正しいかなんて答えは、永遠に出そうにない。


「小僧、今の自分は嫌いか?」

「いや、別に」


 それでも、ルキノは苦笑しながら首を横に振る。

 気取って、無理して、突っ走る。

 それは痛くて、とても辛いけれど、そんな自分は嫌いではないから。


 ――父さんや母さんには申し訳ないけど、ユイのためにと頑張る自分が嫌いではないんだ。


 優しく、自分のことを愛してくれていた両親の顔を朧気ながらも思い出す。

 今、自分は彼らに胸を張れる自分でいるのだろうか。

 彼らから受けた愛情を、大好きな人に捧げられるような自分でいるのだろうか。


 尋ねたくても、彼らはもう何も答えてくれないけれど。

 代わりに、ヒューデルさんが微笑む。


「ならば、小僧に魔法は不必要だな。だからこそ、私は貴様にこれをやろう」


 そう言って、ヒューデルさんはキラリと光る何かをルキノへと投げた。ちょうど目の前に落ちてきたそれをルキノが片手で受け止めると、それは金色の輝く銃弾だった。妙にキラキラしており、オモチャのように軽い。上下を返して見ても、中に何かが詰まっている感触もなかった。


「これは?」

「貴様が真に魔法に縋りたくなった時に使うが良い。必ず、貴様の願いを叶えてくれるだろう!」

「……今しがた、僕には魔法がいらないと言ったばかりではありませんでしたっけ?」


 ルキノが顔をしかめると、ヒューデルさんはすごく嬉しそうに笑う。


「無論、嫌がらせに決まっているではないか! なぜなら、私は貴様のことが大嫌いだからな‼」


 ――初対面でいきなり嫌われても……。


 そう呆れるものの、この理不尽さにルキノは覚えがあった。ふとそこまで出かかっているものの、立っているだけで生じる節々の痛みに、思うように思考が回ってくれない。


 とりあえず後ろから「あ、テメェだけずりィ!」と喚くタカバを適当に払いのけて、せめてもとルキノは訊く。


「それで、この銃弾は何なんだ? 普通に撃てばいいのか?」

「それはだな――」


 そして、ヒューデルさんは最後の一口を食べた。


「ふぁふほふぁへひわほーふぉもほへふほは」


 その結果、何を言っているのかさっぱりわからない。

 それとほぼ同時だった。


「ひぇーでるでるでるでるでるううううう!」


 遠くから、あの奇声が聴こえた。しかし、どこか悲痛めいた必死さが伺える。


「ひゅぅぅううううでるでるでるでる!」


 そして、屋根の上のヒューデルさんも突如叫び出す。まるで、遠くからの奇声を誤魔化すように。


 ――ヒューデルさん二人説は当たっていたようだな。


 だけど、二人とも本当のヒューデルさんというわけではないのだろう。

 一人がホンモノで、もう一人がニセモノ。


 ――まぁ、おそらく目の前のこいつがニセモノだろうな。


 一瞬でそこまで判断して、ルキノが口を開こうとした時だ。


「滑稽だな、本物のヒューデルさんがピンチだぞ!」


 パンをすべて呑み込んだ偽者ヒューデルさんが、自ら偽だと公言する。


「お……オメェ、ニセモノなのか……?」


 タカバが震える指を屋根の上で黒いマントをなびかせている男に向けると、そいつはまるで悪ぶる素振りもなく「うむ」と頷いた。


「それは『ヒューデルさん』という定義次第だな。誰かに幸せをもたらす存在が『ヒューデルさん』なのか、奇声を発する存在が『ヒューデルさん』なのか。ただ一人の固有名詞でとしての『ヒューデルさん』なのか」


 そして、ヒューデルさんは明らかにルキノに向かって、不敵な笑みを浮かべた。


「では小僧──期待しているからな」


 そう言い残し、その『ヒューデルさん』の姿がいきなり消えた。闇夜に溶けるように、忽然と。ルキノが目を擦り、まばたきしてから凝視しても、もう屋根の上にその男はいない。


「な……何だったんだ、一体」


 それに応じたのは、ユイの冷静な声だった。


立体映像投影機(ホログラフィ)だったんでしょう。何をその程度で狼狽えてるのよ」

「あぁ、そうか……」


 深く息を吐いてから横を見ると、ユイの表情がどこか引きつっている。


「どうしたんだ?」

「何が?」

「機嫌悪そうだなって思って」


 すると、彼女があからさまに眉をしかめた。


「別に……し、下着をいろんな人に見られて、機嫌のいいヤツなんていないでしょう? それよりも、ヒューデルさんはどうするの? まだ探すの?」

「そうだね。僕としてはパンの弁償を要求したいだけだから、さっきのパン泥棒を捕まえたいだけなんだけど」

「何だよ⁉ よくわかんねェーけど、本物のヒューデルさんがピンチなんじゃねェーの? だったら早く助けに行かなきゃじゃねェーか⁉」


 タカバからすれば、『ヒューデルさん』は英雄(ヒーロー)か何かなんだろうか。

 ルキノは再び溜息を吐いて、思案しようとする。だがやっぱり、頭は全然働かない。あちこちが痛い。少しでも気を抜けば、すぐに倒れてしまいそうだ。

 

 だけどタカバの瞳からは、今にも熱い答えを期待するような必死さが伺えた。

 対してユイは、自分を試すかのような鋭さでこちらを見ている。


 ――カッコ悪いところは、見せたくないよな。


「じゃあ……とりあえずピンチらしいヒューデルさんに媚び売って、僕らも幸せのお裾分けをもらおうか」


 ルキノは苦笑しながら、さらに身体に鞭を打つことを決め、ヒューデルさんからの贈り物を無意識にエプロンのポケットにしまったのだった。






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