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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
四幕 貧乏疾走

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桃色魔女が夜を告げる





「ねぇ、ユイさん。今さらだけどさ、なんでルキノん探すのにそのおもちゃ買ってたの?」

「ルキノっていうより、タカバのためかな。実習の時に無理矢理使った挙句、回収できなかったからね。弁償はきちんとしようと思って」

「さっきのアイス代といい、案外律儀っすねー」

「借りは作りたくないだけよ」


 ユイはリボンのかかったエアボードを、街灯の柱に立てかける。これはさっきまでヒイロに持ってもらっていたものだ。アイスを食べ終えてからまだ少し時間があるだろうということだったので、包装を取り、ユイがちょっと一工夫(・・・・・・・)施してたのである。

 常闇の中でオレンジの光に照らされた白い板は浮き上がるように発光し、真っ赤なリボンが映えていた。


 エクアの空は、すでに電源を落としていた。

 黒が嫌いというくせに、エクアは夜の黒は捨てられない――光を捨てないと、人間という生体は休むことが出来ないからだと科学で承認されているので、エクアとしても皮肉の策なのだろうけど――その皮肉を、ユイとしては嘲笑うしかなかった。


 だったら自分のことも、もっと受け入れろ――と。

 だけど、エクアという世界はそれこそユイを嘲笑ってくる。


 どんな夜であろうとも、歯がゆい台詞を難なく放つあの男は、星よりも輝いているのだ。


「そこのお疲れのレディ、僕のお薦めを一口食べていきませんか?」


 その路地は、エクバタの中央にほど近い裏道だった。病院からも寄り道しなければ十数分で着くだろう。

 噴水公園から少し外れた薄暗い路地は、さほど裕福でもない人たちが暮らす住宅街。煌びやかはないが、生活には便利な区画である。狭い所にひしめくように生活する労働者が休むにはうってつけの所。


 その一画に、小さなパン屋があった。

 看板には、煤けた赤い文字でこう書かれている。


『パン屋のヤマガタ』


 ぼんやりとした街灯で照らされた店はおぼろげで、仕事に疲れた人々の目には止まらないであろう地味な外観。


 だけど、もちろん彼は違う。まるで、闇夜に浮かぶ一番星のように、誰の目も引く美しさ。


 白いシャツに白銀のエプロンを付けた彼が、籠から一口のパンを取り出せば、密に吸い寄せられる蝶のように、女性たちは彼に集まる。その女性たちの唇に彼がパンを優しく押し当てれば、女性は皆、顔を赤らめて嬉しそうに微笑む。その輝きは帽子を被っていようと、隠れるものではないようだ。


 何の罠か。トラップか。


 陰からそれを覗くユイには、その女性たちがゴミを集めるための虫にしか見えない。醜く、己の考えを持たない機械の虫だ。


「アレやられたら、簡単にユイさんも釣れそうっすね」


 隣で苦笑しているヒイロにそう言われて、ユイは何も言葉を返すことが出来なかった。実際にあんなことをされたら、自分もあの女性たちと同様の反応を返してしまいそうだったから。


 だから、ユイはそれに答えず他の感想を述べる。


「てかルキノ、ずいぶんと元気そうじゃない。絶対安静はどこに行ったの?」


 ルキノの笑みはいつも通り完璧だが、見た目はどう見ても病人そのもの。籠をかけている手にはギブスがはめられており、肩から下げた三角帯で吊るされているのだ。

 それでも、その不便さも武器としているルキノを見ていては、決して心配する気になれない。


「ごめんなさい……パンを補充したくても、この手じゃ難しくって。もし良ければ、手伝ってもらえませんか?」


 上目遣いでそう言えば、パン屋までの同伴は容易いらしい。ウットリしている女性を何人か連れて、彼らはパン屋の中へ消えていく。


「念の為の確認だけど……ルキノはパン屋(・・・)でバイトしているのよね?」

「うん。タカバの家、ホストクラブじゃなかったはず……だぜ?」


 二人でどうしても疑問符を付けてしまうものの、ユイはもう一度顔を上げる。

 看板には、やっぱり『パン屋のヤマガタ』と書かれていた。


「今日からタカバん家の店が、夜間営業を始めるから、その時間帯のバイトを俺が紹介したんだけど……思ったより繁盛してるっぽいね」

「余計なことを」

「ん? なんか言った?」


 ユイは思わず出た言葉を「何でもないわよ」と誤魔化して、嘆息する。何だかんだで、あの包帯の量や動きのぎこちなさを見るに、入院していなきゃいけないには違いないのだ。なぜそこまでして働くのかはユイの知ったところではないが、ここまで来て見て見ぬふりで帰るわけにもいかない――


 ――……わよね? クラスメイトとして、一応だけど。おかしくないわよね?


 自分自身と何度も確認して、ユイはその意を口にする。

 

「さて、あのキザ野郎を連れ戻しますか!」


 そうして、ユイが店に入ろうとした時だ。


「生徒会長殿おおおおおおおお‼」

 

 けたたましくも馬鹿っぽい声が、パン屋の前を派手に横切ろうと走ってきた。ヨレヨレの白い格好をした若人は、邪魔そうに長い前髪をシナシナにさせて、その走るスピードも遅い。


「あ、坊っちゃん」


 彼が目の前に来たタイミングで、ユイが見たまんまに声を発すると、彼はズベしッと転んだ。

 呆然と、ピクピクと倒れる彼を見下ろすユイとヒイロ。二人が何も声を掛けられずにいると、ゆっくりと彼の顔が上がる。


「く、黒髪の……乙女、か……?」

「あー……うん。こんばんは、坊っちゃん」

「ご、ご機嫌麗しゅう……ところ、申し訳ないが……オスカー財閥の御曹司たるこの、アンドレ=オスカーは緊急的使命のために急いでいる所なので、これにて……」


 くたびれ果てたアンドレ=オスカーは、両手に力を入れて立ち上がろうとするものの、またベチャッと地面とキスをするアンドレ。


 そんな彼を見て、ユイは彼の緊急的な使命とやらを推測しつつ、


「えーと……ルキノなら、このパン屋の中にいるはずだけど……」


 そう教えてあげると、彼の目がキラキラと輝いた。


「それは真か⁉」

「お、おぅ……このパン屋でバイトしてたぜ……」


 ヒイロも肯定してあげると、アンドレは「感謝するッ!」と威勢よく答えて、ズズズと地面に張ったまま回転。そしてズベズベと虫の如く器用に手足を動かして、明るい光源が灯るパン屋へと入っていく。


 キャーッという女性の悲鳴と「ア、アンドレ⁉」と驚愕する聞き慣れた声がユイ達の耳に届いても、少し様子を見ていると、


「おぉ、オメェら。何してんだ?」


 無遠慮なその声に振り替えると、大きなゴミ袋を三つ持ったタカバが目を見開いていた。頭に巻く三角帯が無駄に似合っている彼に明るく返事をしたのは、ヒイロだった。


「おう、ちょいとデート」

「はぁ⁉」

「ハァ⁉」


 タカバと同時に声を荒立てたユイに、ヒイロはむくれる。


「一緒にアイス食べた仲じゃんかー。そろそろ心開いてくれてもよくない?」

「馬鹿なのはタカバ一人で充分なんだけど」

「テメェ、当たり前のようにオレを貶すんじゃねェーよ」


 顔を引きつらせながら、タカバは辺りをキョロキョロと見渡した。


「ところで、今の騒ぎは何だ? もしかしてヒューデルさんか⁉」

「ヒューデルさん?」


 ヒイロが首を傾げると、タカバが「おうよ」と頷く。ヒイロが何か口を開きかけたが、それよりも早くユイは首を横に振った。


「違うわよ、今のは――」

「ひゅゅゅううううううでるでるでるでる!」


 ユイの声をかき消す奇声が、また一つ。


 行き歩くのは、家路に急ぐ人々のはず。さっきはたまたま残念な坊っちゃんだったものの、それでもまだ人の声だった。だけど、今回は本当に人の声かと疑いたくなるような甲高い雄叫び。


「な、何だよ⁉」

「よっしゃあ! 出たああああ‼」


 怪訝に顔をしかめるヒイロに対して、タカバは嬉しそうにゴミ袋を放り捨てる。


「はぁ? 出たって何が?」

「だからヒューデルさんだよ、ヒューデルさん。おしっ、テメェら。捕まえんぞ!」


 タカバが走り出そうとした時だ。


「ひゅゅううううでるでるでるでるでる!」


 ふと、何かが先頭に立っていたユイの横を吹き抜けると、スカートがフワリと持ち上がり、手に持っていた青い花から花びらが飛び散る。


 今まで黙っていたユイが、この現実に気が付いたのはスカートが再び重力に従いだした時だった。


「キャァアアアア!」


 叫ぶと同時にしゃがんだユイの後ろで、タカバが小さく呟く。


「あ、ピンク」


 ユイが舌打ちするのと、ヒッソリと指を弾くのは同時だった。


 轟音が、夜の始まりを豪快に告げる。

 





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