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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
四幕 貧乏疾走

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怪談噺を好むのは子供よりも大人





「そういえば、聞いていいか?」


 ルキノは保育園での仕事を終え、タカバとその妹マールと共に、夕焼けが照らす橙の小道を歩く。

 大通りから少し離れた小道は、比較的静かだった。小さな集団住宅(アパート)から微かに聴こえる家庭音が、むしろルキノの気持ちを落ち着かせてくれる。赤ん坊の泣く声や母親の叱り声。その騒がしさこそがあたたかい。


 だけど、ルキノはそれを聞きながらのんびりと散歩をするわけにもいかなかった。自分が本来なら絶対安静の身で、病院から金を稼ぐために脱走したことがバレるわけにはいかないのだ。


 そのために、ルキノは質問をする。自分のことを詮索されないためには、相手に話しをさせればいいのだ。


「この子が、家族の中で紅一点って言ってたけど?」

「あー、それな」


 とてとてと歩くマールと手を繋ぐタカバは、昨日の夕飯を話すような気軽さで言った。


「四年くらい前によォ、母ちゃん病気で死んじまってな。マールはそん時、まだ一歳くらいだったか。あとウチの家族は兄ちゃん二人に、弟一人と父ちゃん。だから、こいつがウチで唯一の女の子ってわけだ」

「……そっか。マールちゃんは寂しくないかい?」


 タカバに手を引かれながらも、マイペースに歩くマールの頭をルキノは撫でる。

 彼女はルキノの手を払いのけるかのように、頭を振った。


「ぜんぜん。むしろ(にい)たちが『うっとーしい』」

「おぉ! マル、よく『鬱陶しい』なんて難しい言葉知ってんな!」

「ふつー。タカバ(にい)がバカなだけ」


 一回り以上年下の妹に貶されても、タカバは嬉しそうに笑っている。

 そんなタカバは、急に思い出したかのように話し出した。


「そういえば、マル。噂のヒューデルさんは出たか?」

「ぜんぜん。マルのおきてる時間にはでない」

「ヒューデルさん?」


 眉をしかめるルキノに、タカバが説明する口調も、なぜか嬉しそうだった。


「近頃エクバタの裏路地で有名な噂があってな。毎日夜が更けると、奇声を発しながらエクバタ中を走り抜ける怪人がいるらしいんだよ!」

「そいつが痴漢とか殺人でもしているのか?」

「いや、ただ『ひゅーでるでるでるでる』と叫びながら走るだけのオッサンらしい。どーやらよォ、北の方からやってきた伝説の奇人らしいぜ!」

「……さっさと捕まえようよ、そんな近所迷惑な奴」


 訊くまでもなく、その奇声から取って『ヒューデルさん』と呼ばれているのだろう。

 そう推測しながら心底呆れるルキノを、タカバが指差す。


「それがよ? その声を聴いた人は次々といい事が起きていてだな。二件隣の奥さんは、難産だろうと言われてた子供があっさり生まれてきてくれたとか、便秘で悩んでいた向かいのおばちゃんが快便になったとか、そのまた隣の旦那さんが無くしたと思っていた結婚指輪が出て来て離婚を回避できたとかで――むしろヒューデルさんを警察(ポリス)の手から守ろうという運動さえ起こってだな。いつか、故郷の北の地に返してあげようという保護団体の設立も予定されているらしいぜ!」


 ルキノはその指を左手で掴んだ。


「人を指差すな――あと言っておくが、そんな馬鹿な運動に参加するなよ? クラスメイトがそんな反政府的運動しているとなったら、僕の評判にも響く」

「まぁ、オレもまだ新聞(ニュースペーパー)で読んだだけだから、何とも言えないがよォ……でも、そんな奴が本当にいるなら、捕まえてみてェーよなぁ。どんな奴なのか、顔見てみてェと思わねェ?」

「そんな暇があれば、勉強の一つでもしたらどうだい? 来月の試験は、卒業試験にも加算されるらしいじゃないか」


 タカバは手を下しつつも、半眼を向けてくるルキノにため息を吐いた。


「やれやれ、ルキノさんにはロマンがないねェ。そんな人生、つまんなくねェ?」

「そんなことないけど」

「バカ(にい)よりルキノたんの方がどーみても『かちぐみ』」

「バカ兄言うなって、言ってんだろォ!?」


 舌足らずな喋り方で淡々と貶す妹を、タカバはそれは愛おしそうにワシャワシャ撫でまわす。かというマールも表情を微動ださせないものの、大人しく撫でられていた。嫌ではないのだろう。


 ――仲のいい兄妹(きょうだい)だな。


 そんな光景を、ルキノは微笑ましく眺める。

 年の差は違うけど、似たような場所に自分もいたことがある――だけど、それは遠い昔のこと。


 あの頃へは戻れない。

 戻りたいかと訊かれたら、


 ――どうなんだろうな。


 その答えはすぐには出なかった。

 たとえ両親を亡くさずに済んだのならば、きっと彼女に出会うことはなかっただろう。

 そうしたら、まず今の自分はいない。エクバタに上京することもなく、ランティスのスラムでそれなりに粋がって暮らしていたのではないだろうか。


 そんな自分と、今の自分。

 間違いなく、大成しているのは今の自分だろう。だけど、そうでなければ――あたたかい家族に囲まれて、弟とも仲良く喧嘩をし、もしかしたら普通の恋愛でもしているのかもしれない。


「そういえばさ……タカバはマールちゃん迎えに来るまで、何してたの?」

「ハァ⁉ 気持ちわりィ……なんでンなことテメェに話さなきゃいけないんだよ……」

「何、その反応? もしかしてデートとか?」


 本気で顔をしかめるタカバに、ルキノがニヤリと口角を上げる。すると、タカバの目はますます細まった。


「馬鹿じゃねェーの? 普通に入院時の荷物整理したり、洗濯したり、父ちゃんや兄ちゃんと話してただけだっつーの」

「そっか……本当に普通だね」

「当たり前だろ? テメェはオレに何を求めてるんだ?」


 ――ユイとデートしてなきゃ、どうでもいいんだけど。


 胸中でそう返しながら、ルキノはそっと胸を撫で下ろす。それでもまだ他の人と、というパターンや、タカバが嘘を吐いている可能性も捨てきれないわけだが、


 ――まぁ、後者はないだろ。


 タカバが顔を赤らめているわけでもなく、本気で嫌悪している様に、ルキノはそう確信した。だてに十年間クラスメイトをしているわけではない。


「馬鹿みたいな単純さ、かな?」


 ルキノはタカバの質問に、ニコリと答えを返す。

 

 ――俺だって、こんな疑心暗鬼になりたいわけじゃないよ。


 普通の恋愛だったら、すぐに告白してしまえばいい。

 彼女が他の誰かとデートする暇なんてないくらい、すべて自分との予定で時間を潰してしまえばいい。


 本当は、そのくらい独占したいのだから。

 あのつんけんした可愛げのない所も、そのギャップとしてすぐに照れる所も。少しでも目を離せばすぐに無茶をして、辛いことがあっても懸命に涙を堪える所も。凛とした強さと儚さまで――もちろん、エクアを容赦なく両断するような真っすぐな黒髪の毛先まで、ルキノは独り占めしたいくらいなのだから。


 それでも、こんな探りを入れなければならないのは、彼女を幸せにする手筈が整っていないから。

 昔に夢見て、約束したことが何一つとして果たせていないから。


 ――ずっとランティスにいたら、こんなに(こじ)らせることはなかったんだろうな。


 ルキノがコッソリと苦笑した時だ。


「そういや……オメェの弟は、大丈夫なのか?」


 思い出したかのようにタカバに訊かれ、ルキノは「あぁ」と現実を思い出す。


 ――こっちもこっちで、拗らせてるんだよなぁ。


 現実的に先に対処すべきなのは、こちらの問題だろう。反政府組織(メサイア)から強制的に脱退させた形になるのだろうが、その信仰具合や身体の影響がどの程度なのか、まだルキノにはわからない。


 でも、メグの言う通りというのに若干の不安が残るものの、病院の手が必要なのは間違いないだろう。

 

「病院でマナ中毒の治療を受けているらしいよ。成長障害も一緒に検査してもらっているみたいだね」

「らしいって……そばにいてやらなくていいのかよ? 唯一の家族なんだろ?」

「あ、その話は広まってるんだね。隔離されてて、接見禁止なんだよ。なにか保護者の同意が必要な事態になれば、連絡来るだろ」


 ――そのためにも、とりあえずは金なんだよ。


 自分の治療費も足りないのだ。それなのに、弟の治療費なんてあるはずがない。もちろん両親の遺産なんて都合のいいものもない。


 とにかく、ルキノが弟と仲直りしようにも、とりあえず金がないと話にならない。治療を受け、元気になってくれなきゃ元も子もないのだから。


「まぁ、そんなわけで多少僕も物入りでね。申し訳ないけど、貰えるものは貰うから。その代り、ちゃんと儲けさせてあげるよ」


 ――弟の多大な医療費のために働くっていうなら、美談になるか?


 そんな打算を入れながら笑うルキノに、タカバは手を差し出して来る。


「お、おう。テメェの手柄で売り上げどーにかしてくれんなら、その分はいくらでも払ってやらァ」

「その約束、守れよな?」


 ルキノは左手で、その手をガシッと掴んだ。

 そんな男同士の約束の横を、興味がないと言わんばかりに少女は通り過ぎる。


「おっとー、ただいまー」


 いつの間にか、次のバイト先に着いたようだ。







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