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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
四幕 貧乏疾走

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さぁ、ノルマを達成しようではないかッ!



 ◆ ◆ ◆



 アンドレ=オスカーの機嫌は大層良かった。

 なんたって、あのエクラディア学園軍事クラス最高学年主席、かつ生徒会会長から直々にプライベートで頼りにされたのだ。これを張り切らないで、何を張り切れというのか。


「待っていてくれたまえ、会長殿ッ! 要望を超える快適空間をこのアンドレ=オスカー直々に作成してあげようではないかッ!」


 総合病院の入院患者フロアを、アンドレ=オスカーは白いスーツに真っ赤な大輪の花束を抱えたまま闊歩する。すれ違う看護師(ナース)やご老人がチラチラとアンドレを見ているものの、彼は気にしない。人々の視線を集めることも御曹司たる所以だと割り切っているからだ。


 社会的に恵まれた地位に生まれたアンドレ=オスカーは、その持って生まれた才覚と与えられた環境で得た知識を最大限世の人々に還元することこそが責務。貴族が義務を負うノブレス・オブリージュの精神こそが美徳だとアンドレ=オスカーは信じ、それを疑うことなく日々の生活を送っていた。


 そのアンドレ=オスカーでも、始めは現生徒会長であるルキノのことは嫌いだった。なぜなら、悪質な噂が絶えない男だったからだ。


数々の女を取っ替え引っ替えし、この美貌を駆使して教師とも内通。その結果として成績を確保しているという男子クラスメイトからの密告があったのだ。


 そんな男が、学生のトップに立つという話が広まった。

 生徒会長――すなわち、我らの全権を担う立場に、そんなずる賢い男が君臨しようとしているという。


 アンドレは絶体絶命のピンチだと思った。

 そんなふしだらな男が仕切る学園になってしまえば、秩序も何もない淫らな学び舎になってしまう。


 今こそ、正しい貴族が義務を負うノブレス・オブリージュする時なのだとアンドレは確信し、自らが生徒会長になるべく朝も、昼も、放課後も、宣伝用のプラカードとチラシを持って、選挙活動に勤しんだのだ。

 

 結果――――惨敗した。


 票数を確認するまでもなく、大差で負けたアンドレが膝を着いて項垂れていた時だった。


『えーと……お疲れ様。立てる?』


 大勝利を収めたルキノが、少し困った顔をしながら自分に手を差し伸べてくる。

 エクアの晴天を背にした美男子は、男の目から見ても眩しい。


 だけど、そんな見せかけに騙されまいと、アンドレはその手を振り払った。


『同情なんかよしてくれたまえッ! このアンドレ=オスカー、そこまで落ちぶれてなどいないッ‼』


 すると、ルキノは苦笑する。


『まぁ、元気ならそれでいいんだけどさ。ところで、君は生徒会長(・・・・)じゃないとダメなのかな?』

『ど、どういうことだ?』


 アンドレが首を傾げると、ルキノはニコリと微笑んだ。


『良ければさ、生徒会の会計とか興味ない? 経済学部なんでしょ、勉強になると思うんだけど』

『ボクを部下に迎えたいというのか?』

『まぁ、簡単に言えばそうかな。どうせなら、僕もやる気がある人たちと働いた方が有意義だしね』

『やる気……』


 アンドレが呆然としていると、ルキノが肩を竦めた。


『誰がどう見ても、やる気は人一倍だったよね』

 

 その後ろで、幼馴染であるメグが腹を抱えていたのだが――その日から、アンドレ=オスカーはルキノ率いる生徒会で、彼の下働くことになったのだ。


 そんな懐かしい過去を思い出しながら、アンドレ=オスカーは目的の病室の前に辿り着く。

 過去の因縁はどこへやら。今の彼の青い瞳は、名誉ある仕事を目の前にしたやる気で、キラキラと輝いていた。





「それで、アンドレ……これは何なのかなぁ?」


 アンドレとは幼少期からの付き合いであるメグ=ブライアンが怪訝な顔で訊いてくる。

 それに、アンドレは胸を張って答えた。


「見ての通りさ、麗しの幼馴染よッ! 生徒会長殿がこの花を気に入った様子だったから、素敵にベッドルームをコーディネートしているのさッ‼」

「コーディネートねぇ……」


 昼下がりの午後だった。患者のいないルキノの病室のベッドが、真っ赤な花びらで覆い尽くされている。香水(フレグランス)を撒いたような芳しい香りがもしかしたら乙女心をくすぐるかもしれないが、それを病院のベッドに求める人はいないだろう。


 まるで他の用途に使うホテルのような仕上がりに、メグは頭を抱えた。


「おかしいなぁ。あたしがお昼食べて席を外したのって、三十分くらいだったと思うんだけどなぁ……」

「うむッ! 頑張ってみたぞ‼」

「あー、それはそれはとってもおつかれー」


 サイドテーブルには綺麗を通り越して芸術品と呼べる仕上がりに切られた果物の盛り合わせ。どこの豪華ホテルかとツッコみたくなるような三段重ねのアフタヌーンティーセット。ティーポットやカップも金の装飾がふんだんにされた最高級品。もちろんメグが茶葉の香りを確認すれば、メグですら年に何回も飲めるかというほどの逸品だ。


「で……これ、ルキノ君がお願いしたって本当?」


 両手の指に何枚もの絆創膏が貼ってあるアンドレは、その質問に迷うことなく即答する。


「もちろんだともッ! ゆったりとしたおやつタイムを満喫したいと要望する生徒会長の細やかな願いを、全力で叶えただけさ」

「……あたしさぁ、どーしてもアンドレがお見舞いに来たいっていうから病室教えたけどさぁ……ルキノ君、絶対安静だから大人しくするようにって、何回も念押ししておいたよねぇ?」


 メグの赤い目が異様に冷たい。

 それにアンドレは一瞬ゾクッと背筋が凍るものの、正直いつものことなのですぐに気を取り直す。


「そうだな。だから全力で安静出来るような環境を整えたに過ぎないが?」


 さも当然と言い切るアンドレに、メグは腕を組んで言葉を選び直す。


「もうこの部屋の惨状は諦めるとして……アンドレはさ、噴水広場でルキノ君に会ったんだよね?」

「そーだともッ! その時に頼まれたのだと、先程から何回も説明していると思うが?」

「うん、だから何回も訊いているんだけど、そのこと自体がおかしいとは思わなかったのかなぁ?」

「どーいうことだ?」


 アンドレが子供のような純粋な瞳を丸くすると、メグは嘆息した。


「絶対安静の人がさぁ、散歩なんて許されると思うの?」


 そして静寂が数秒。

 アンドレの口がパカッと開き、徐々にその隙間が広がっていく。


「ああああああああああああああああああ⁉」

「うん。ようやく気付いてくれて嬉しいところではあるんだけど、ルキノ君に外で会った段階でおかしいなぁって思って欲しかったよねぇ。それで連れ帰って来てくれれば満点なんだけど、せめてすぐにあたしに連絡くれればとっ捕まえられたのにさぁ」

「せ……せい、せいと、生徒会長……殿は、だ、大丈夫なのかッ⁉」

 

 片言に慌てだすアンドレを、メグは冷たくあしらった。


「知らなぁーい! あーあ、これでルキノ君死んじゃったら、ぜーんぶアンドレのせいなんだからね⁉」

「はわわわわわわわわわわわ」


 泡でも吹き出すんじゃないかとオロオロとするアンドレを横目で見やりながら、「でも本当、アンドレはルキノ君のことが好きだねぇ」と言うと、アンドレの動きがピタッと止まる。


「当たり前であろう⁉ そりゃあ、最初は見てくれだけの優男かと思っていた時期もあったが――実際に行動を共にしてみれば、常に周りに気を配り、面倒な仕事ほど率先して引受ける。軽口も混ぜながら男女隔てなく仲良く話し、見た目や成績による差別や偏見もない。これほどまでに紳士的な男は今まで見たことがないと、ボクは感銘を受けたものだッ!」


 メグが口に手を当てて「まぁ、アンドレはすぐに感銘を受けてるけどね」と前置きしつつ、悪戯に笑った。


「えー? でも生徒会入る前はルキノ君のことズタボロに言ってたじゃーん。噂は僻みや嫉妬によるものだと思うって、あたし散々言ってたのにさぁー」

「し、仕方なかろうッ⁉ 面識のある者とない者の話を比べるとしたなら、面識のある者の話を信用しなくてどーするというのだ⁉ それに――」

「それに?」


 メグが首を傾げると、その短く赤い髪もフワッと揺れる。その様子をチラチラ見ながら、アンドレは拗ねた様子で唇を尖らせた。


「メ、メグがあまりに生徒会長殿のことを褒めるから、ボクとしても負けてはおれんと……」

「褒めるっていうか、その噂は違うと思うってだけだったと思うけど……何、嫉妬しちゃってたの?」


 その言葉に、アンドレの耳が真っ赤に染まる。


「当然だッ! ボクとメグは婚約者――だった(・・・)のだからなッ‼ 今だって出来ることなら……」

「アンドレ。そのことは前から言っている通り、別にアンドレのことが嫌いになったわけじゃなくて――」

「わかっている! ボクとしても、メグの相手が崇拝する生徒会長殿なら、何も文句はない――いや、何も文句は言えない。生徒会長殿なら、きっとメグのことを幸せにしてくれるだろう。だから……」


 アンドレはプイッと顔を背けた。鼻を啜り、目を擦った後に再びメグと向き合うと、赤くなった目と鼻で自信に満ちた笑みを見せた。


「だから麗しの幼馴染(・・・・・・)よッ! 存分に青春と恋愛を謳歌したまえッ‼」

「アンドレ……」


 目を伏せるメグの肩をポンッと軽く叩き、


「では、ボクは今から生徒会長殿を探してくるぞ! 彼はメグの恋人なのだから、なおさらこんな場所で死んでしまっては困るからな。己の犯してしまった罪は、きちんと己で清算してみせるッ‼」


 威勢よくこぶしを握って、アンドレは病室を飛び出した。


 その白いスーツの背中はしわくちゃだった。指の絆創膏といい、この場違いな病室を一生懸命に準備したであろう彼の姿を想像しながら、


「いってらっしゃい」


 メグは小さく笑って、そう告げた。


 


 

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