病院で騒いではいけない
国立総合病院は、とにかく白い。
床や天井や壁はもちろん、行き交う医師や看護師も白い制服を着ている。それは現代のエクアに限らず、古代の頃から同じだったようだが、ユイとしては自分の異質さが際立つようで、とにかく居心地が悪かった。
――そうそう、この妙な薬品臭みたいなのも嫌いだしね。
そういうことにしながら、ユイは無駄に高鳴る胸を押さえて、ルキノの病室へ向かう。
服装もクリーニング屋の店主から褒められる程度には問題ないようだし、髪型も清潔感を考慮して、横に一つに纏めてみた。少し取れかかっているが、コテで毛先を巻いたりもしてみた。
肝心のお見舞いの花も青系統のシンプルな花を選んだ。個人的にはピンク系統の可愛い花が好きなのだが、男性にピンクを贈るのはどうかと躊躇ったのだ。
――気にしすぎかもしれないけど。
そもそも、異性にプレゼントを贈ったことがないどころか、根本的に親以外の誰に対してもプレゼントを贈った記憶がない。
――うわ、私ってもしかして寂しい子?
そんなことを考えながら、ユイはなるべく遠回りをした。無駄に階段を昇ってみたり、右に曲がる所を左に曲がったりしてフロアを一周したりしてみたものの、目的の病室に着くのはあっという間だった。
「着いちゃった……」
ユイはノックの手を構えて、深呼吸する。
「大丈夫……班員のお見舞いなんて、リーダーとしては当然の責務なんだから……」
「そんな気負わなくてもいいんじゃない?」
いつの間にかヒョコッと見上げてくるのは、赤毛の少女だった。あどけなく笑う彼女に、ユイは思いっきり飛び退く。
「メメメ……メグ⁉」
「嫌だなぁ。そんなに拒否られちゃうと、さすがのあたしも傷付いちゃうなぁ」
そう言いながらも、メグは楽しそうにニコニコと笑っていた。
淡いピンクのカーデガンの下のブラウスはフワフワしていて、その下のショートパンツが相まって可愛い。そのショートパンツは、ルキノとデートしていた時と同じものだった。
――彼氏からプレゼントされたものを着てくるなんて、女の子としては常識なのかしらね。
そんなことを考えて、ユイは思わず嘆息する。
すると、メグは顔をしかめた。
「ごめん……そんな呆れられる冗談を言ったつもりはなかったんだけど……」
「あぁ……別に、こっちもそういうつもりじゃないわよ」
言い返すと、メグはキュッと唇を噛みしめる。冷たくあしらわれて、悲しいのだろうか。悔しいのだろうか。だけど、そんなものはユイには関係ない。
「あんたには用はないから」
そう言い放ち、ユイは覚悟を決めて扉をノックした。
しかし、中から返事はない。
――意識、戻ってないんだっけ?
無断で入ろうとした時である。
「せっかく頑張って来てくれたのに、申し訳ないんだけど……」
明確な拒絶を示したにも関わらず声をかけてくるメグに呆れながら振り返ると、彼女は肩を竦めて笑う。
「ルキノ君、行方不明になっちゃった」
「はぁ⁉」
ユイの声が、独特の静けさの中に響き渡る。予想外に響いた自分の声に焦ったユイは周りを見渡すも、幸い近くには誰もいなかった。
「行方不明って……どういうことなの?」
ホッと息を吐くやいなや、ユイはメグに問いかける。
すると、彼女はどこか嬉しそうに話した。
「朝方ルキノ君が目覚めたと思って安心してたらさ、診察を受けた直後に脱走したみたいなんだよねぇ。看護師さんたちが探してくれたんだけど、病院内にはいないみたいで。警察にも連絡しようか、て話も出たんだけど、大事になるのも困るし……ちょっと様子見ているところだったんだ」
「困るって……あんたが?」
それに、彼女は苦笑する。
「いい歳になって、エクバタ中に迷子の放送されたら、ルキノ君も恥ずかしいでしょう?」
「……ルキノの病状は?」
メグの言い分に何も思わないではないが、ひとまずユイは情報収集に専念することにした。
重症な恋人が行方不明になって、ヘラヘラ笑っている彼女の考えなど、知りたくもない。
――根本的に、メグなんかと話したくないんだけどさ。
だからといって、今は彼女から話を聞くのが一番手っ取り早い情報集めの方法だし、かといってルキノのことを放っておくという案がユイの頭に浮かぶわけでもない。
ましてや、
「一カ月絶対安静」
端的にルキノのそんな状態を聞いてしまえば、なおさら「お見舞いの義理は果たしたから帰る」と言えるユイではなかった。
「うわ……誘拐とかの可能性はないのよね?」
「監視用の虫を確認したけど、自ら窓を飛び出して行ったみたいだよ」
「そう、わかったわ」
そして、ユイはすぐさま踵を返す。
「どこ行くの?」
問いかけられた返事のために、ユイはわざわざ振り返らない。
「あんたには関係――」
「おやぁ、何を喧嘩してるのー?」
だけど思わぬ声に言葉を遮られて、ムッとしてユイは振り返ると、派手な色の髪を鳥頭のようにツンツン逆立てた見覚えのある顔が、「よっ」と片手を上げていた。
メグは何事もないかのように、その背の低い男に応対をする。
「ヒイロ君も、ルキノ君のお見舞い?」
「おう。そのつもりではあったんだけど……やっぱり、ルキノいねぇの?」
首を傾げた彼にユイが詰め寄ったのは、反射的だった。
「やっぱりって、あんた何か知ってんの?」
「おぉ……てか、ユイさん今日可愛いねー。制服よりもそういった大人っぽい格好の方が似合ってんじゃん」
「人の質問に答えなさいよ」
目を見開きながら褒めるヒイロに対してユイが睨み付けると、彼はハハッと笑う。
――クラスメイト……よね?
確かよくタカバと一緒に自分のことをイジメてくる一人だったとユイは記憶しているが、少なくともこんなに気安く話すような仲ではない。
彼の軽い態度と行方知れずなルキノのことが相まって、ユイの苛立ちがピークに達するも、ヒイロの放った言葉にユイはポカンと口を開いた。
「怖いってば。あいつ、どうしても今日バイトが休めないからってバイトに行ってんだよ」
「は……? 絶対安静のヤツが、バイト? 馬鹿じゃないの?」
「俺もそう思う」
再び笑うクラスメイトを尻目に、ユイは改めて踵を返した。
いつもの癖で髪を払おうとするも、今日は結んでいることを思い出す。その迷った手がパッと掴まれた。
「ルキノの職場、知ってんの?」
ユイよりも少し背の低いクラスメイトが、挑発的な青い目で見上げてくる。
「案内してやろっか?」
ユイは、そんなクラスメイトとのやり取りをニヤニヤと眺めているメグに気が付かない。




