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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
四幕 貧乏疾走

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女の勝負服を笑うな

 


 ◆ ◆ ◆


 

 きっかけは昨日の日中のこと。

 ハードな実習が終わり、久々に授業再開が再開したのも束の間、珍しく話しかけてきた元友達の言葉だった。


「あのね……ルキノ君が目覚めないの……」


 幼さを残す赤い瞳が、ションボリと揺れている。

 授業の合間の休憩時間にユイの席までやってきたメグが、いきなりそう言いだしたのだ。


 あの実習の後、クラスの半数近くが病院に入院することになった。

 あれから一週間。ガランとした教室は一見寂し気に見えるものの、休み時間の騒がしさはあまり変わらない。


「あたしも時間が空いた時、ちょこちょこ顔を出しているんだけどぉ、全然意識が戻らなくて。お医者さんはそろそろ目覚めるだろうって言ってるんだけどねぇ……だからユイが声をかけてあげたら、早く目覚めてくれるんじゃないかなって思って!」

「……彼女でも何でもない私が行ったところで、何が変わるとも思えないけど?」


 ユイが机に頬杖をつきながら返すと、メグはクスッと笑った。


「そんなユイが来てくれるからこそ、ルキノ君は喜ぶんだと思うよ?」





 ――そんな私って、どんな私よ?


 その日の深夜。

 ユイはベッドに腰かけながら、ゆっくりと目を閉じる。

 思い描くのは、バスタブの中の水。その中で、自分の身体を組み立てるイメージ。


 ――そりゃあ、ルキノの意識が戻らないのは心配だけどさ。でも、だからって医療知識もない素人が行ったところで何が出来るわけでもないし。そもそも、お見舞いに行って何したらいいかわからないし。あれかな、お花を買って行って、花瓶にいけるってやつかな……。


 パンッ。


 両手を叩いたその音に、ユイはハッとして目を開ける。するとナナシの鋭い目が、いつも以上に険しかった。


「何を考えている、エクアージュよ」


 見下して来るその金色の瞳は、今にもユイの射殺しそうな気迫がある。それに怯んだユイは半身を下げた。


「べ、別に……空間転移っていうの? なかなかうまくいかないなって、だけだけど」


 空間転移。


 ナナシがいつも水の中から現れるアレである。

 原理といえば、身体を構成している成分の六割は水分なのだから、分解した体の組成を組み直すには水中が最も効率がいい――ということらしい。

 だけど、どうしても身体を分解して再構築というのが、ユイにはどうしてもイメージできないのだ。


 その訓練をかれこれ一週間続けているのだが、まるで上手くいった試しはない。


 ナナシは髪を掻き上げて、深々嘆息した。


「エクアージュよ、近頃の貴様からはやる気が感じられん。あれか、愛しのダーリンに会えていないからか」

「ダーリンって……もしかして、ルキノのこと?」

「そうやってすぐに小僧が出てくるのなら、そうなのだろうな」


 そう言うナナシは、ユイを小馬鹿にするように鼻で笑った。


「ならば課題だ。明日の休日、小僧の見舞いに行ってこい。行かなければ、来週からの授業課題シリーズを『イケない☆私の王子様』とする!」


 そのシリーズが何だかさっぱりわかりたくないが、嫌な予感しかしない。

 だから(・・・)、ユイはルキノのお見舞いにいかなくてはならないのだが――とりあえず、今は目の前の現実から逃れることにする。


「……ところでナナシ、さすがにその格好はどうかと思うんだけど?」


 黒い外套には今さらとやかく言うつもりはない。

 だが、黒く縦長のシルクハットにモサモサの白い髭を生やして、いつも通りの無表情で振る舞う男にユイが半眼を向けると、彼は淡々と話し始めた。


「大昔に、サンタクロースという伝承があってだな」

「あー……良い子にプレゼントを配るオジサンの話だっけ? でも実際は親が子供が寝静まっている間に枕元にプレゼントを置いているだけってやつ」

「夢も希望もない言い方をするとそうなってしまうが……昔、私もそれをやろうとした時に、些か派手にやり過ぎたことがあってな。北の奇人伝説として、今も話が残ってしまっているらしい」

「……あんた、昔から本当何してるわけ?」


 ユイがますます呆れ顔でそう言うと、ナナシはその豪勢な髭を撫でながら告げた。


「そういうわけで、こちらは順調だ(・・・・・・・)。貴様も夜までは、安心して小僧のお見舞いに行ってこい」


 体よく話を戻されてしまい、ユイはヤケクソ気味に「わかったわよ!」と吐き捨てることしか出来なかった。





 ――――と、二段構えでお見舞いに行く羽目になってしまったユイなのだが、そのためには大きな問題が一つあった。


 ユイの私生活上、クラスメイトと私服で会う機会は今までほとんどなかったのだ。

 そもそも、ユイには彼氏どころか友達すらいない。唯一いた友達とも、よくよく考えてみれば、休みの日に遊んだりしたことはなかった。ユイから誘うという概念もなければ、メグから誘って来ることもなかったのだ。


 ――今思えば、あくまでそれまでの付き合いだったっていうことなんだろうけど。


 今さら胸中で拗ねたところで、現実が何も変わるわけではない。


 休日は一人で過ごす――それが当たり前のことすぎたユイに、そもそもの落ち度があったという話だ。


「まぁ、そんな些細なことは、今はどうでもいいのよ」 


 嘆息混じりに思考を切り替えるユイにとって、最大の問題はただ一つ。


「お見舞いってどんな格好で行けばいいのよおおおおおおおお‼」


 ユイはタンスの中の服をひっくり返して、部屋にまた一つ投げ捨てた。


 窓から差し込む光は、ポカポカと暖かい。だけど、外に出れば少しだけヒンヤリする。今はそんな気候設定である。

 いつも均一の気候にしてくれればいいのだが、風情だとか、ファッション業界の業績だとかの関係で、あくまで過ごしやすい範囲で温度設定が変えられてしまうのがエクバタの実情。

 様々なファッションが楽しめると喜ぶ女子も多いが、ユイとしては面倒でしかなかった。


 そんなユイが投げ捨てた洋服の半分はジャージだった。趣味の機械いじりをしている時に汚れてしまうことが多いので、部屋の中でお洒落をしても無駄なのだ。実習の時のタカバのことを「ダサい」と馬鹿にしたユイだが、ジャージという点では大差ない。裾が絞ってあるかないか、色が緑かピンクかの違いくらいである。

 

 残りの過半数は制服類。普段街に出る時は大抵平日の放課後に済ましてしまうので制服で何も問題ないのだが、これ休日の今日着るのは論外だろう。休みの日に制服だとか、よほど貧乏人かセンスがないかと、笑われるのがオチである。


 あと残るのは、


「……いいのかなぁ、これで」


 ユイはその中の一つを掲げて見ては、首を捻る。


 ワンピースである。今持っているのは、大きな花柄のノンスリーブ。横に置いてあるのは、短い丈でタイトなビビットなオレンジのワンピース。他にはオフショルダーニットのワンピースや、チェック柄のシャツワンピースがある。


 これらの可愛らしい服装で外に出ることはほとんどない。こうした洋服は部屋の中の一人ファッションショーをして楽しむために通販で購入しているのだ。たまに母親が無断で送ってくる時もあるが、大抵は可愛らしすぎてユイの趣味に合わない。それでも、ファツションショーとしては面白いから、お礼と称して写真を母に送るくらいでお役目はご免なのである。


 ワンピースなんて、まさに女の勝負服である。

 たかだかお見舞いに行くのに勝負も何もないのだが、果たして着て行っていいものなのか。

 気合の入れすぎだと、笑われるのがオチではないのか。


 そんな懸念が次々と浮かんで早数時間。朝一で済ましてしまおうと思っていたはずなのに、もうお昼ご飯を食べてもおかしくない時間になっていた。


 ――そもそも彼女でもないのに、本当に私なんかが行っていいのかしら?


 その考えに、ユイは首を振る。


 メグの言葉なんて、どうでもいいのだ。ユイがお見舞いに行くのは、ナナシに脅されたから。だから仕方なく、お見舞いに行ったという体裁が欲しいだけ。


 ――どうせ、ナナシはまたどこかで見ているしね。『イケない☆私の王子様』て、お姫様役でもやれっていうのかしら。そんなの絶対に無理だし!

 

「まぁ? 実習のリーダーだったわけだし? 同じ班だったわけだし。お見舞いの一回行ったところで、何も問題はないわよね! それに『女は度胸』と昔の人は言ってたって言うしね‼」


 ユイはバッと床に置いてあったワンピースに決める。 

 それは、なるべく地味で落ち着いた、それでいて大人っぽいワンピース。


 そしてユイの首がゆっくりとドレッサーの方へ動いた。

 あとこの部屋から出るまでには、化粧と髪型という難関が二つも待っているのだ。






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