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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
四幕 貧乏疾走

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秀才は休憩時間も有効に使う





 予定外に空いてしまった時間すら、ルキノは無駄にするつもりはなかった。


「……はい、ありがとうございます。えぇ、では今日の夕方からよろしくお願いいたします」


 たとえ声だけの通信であろうとも、ルキノは頭を下げることを欠かさない。相手に姿が見えていなくても、実際に頭を下げれば声も下がる。胸中で何を思っていようとも、表に出る声は動作の通りになるのだ。これほどラクに演技をする手段もない。


 女神のお膝元である、中央都立公園の噴水前。

 ルキノは小型通信機(モバイル)の通信を切って、一息吐く。


「ふぅ……これで予定通り、稼げそうだな」


 新しいバイトも取り付けた。

 クリーニング店は不服にも早退させられてしまったものの、給料は満額くれるという。ラク出来たといえばそうなのだが、無遅刻無欠席のプライドに傷が付いた。

 

「あー、クソッ」 


 舌打ちして、ルキノはパンを一口かじる。どうってことない、卵サンドイッチだった。

 職場の下見がてら、バイトの申し込みをする前に客として偵察してみたのだ。地味で寂れたパン屋だった。立地も悪く、経営に苦労しているという噂も頷ける。


 その時に買った昼食なのだが、


「うまっ!」


 口に広がる程よい甘さと塩気のバランスに、思わず声を出してしまう。通りすがりの子供がルキノをビックリした顔で見ていて、彼はとっさに顔を背けた。


 ――失態だったな……。


 いつ、どこで、誰が見ているかわからない。恥ずべき行動は、たとえ一人でも避けるべきなのだ。でなければ、誰に揚げ足を取られるかわからない。そんなことで、今までの自分の苦労に泥を塗るわけにはいかないのだ。


 そう自責しながらも、もう一口パンを食べる。


 ――クソ旨いな、このサンドイッチ。


 身体に栄養と優しさが染み渡るのは、起きてから一食も食べていなかったからか。それとも、全身の痛みで神経がおかしくなっているからなのか。


 どちらにしろ、ルキノはパンを口に運ばずにはいられない。素朴で懐かしい味がする。幼い頃、母に作って貰ったサンドイッチと似たような味に、ルキノの肩が少しだけ落ちる。


 パンを食べながら、ルキノはもう一度小型通信機(モバイル)で検索をかけた。

 調べるのは、ランティスのその後。自分が倒れてから今日までの時事ニュース。

 その記事は、あっという間に出てきて、


「マジかよ」


 唖然とするしかなかった。


 マナ施設が破壊され、空のスクリーンが使用停止になっているらしい。そんな暗い中で、執り行われたのは暴徒として死んでいったスラム住人の共同葬儀。専用の薬剤がかけられ、遺体を溶かしていく姿を捉えた遠目の写真が、記事の隅に小さく載せられていた。溶けて出た液体を小さなボトルに詰め込み、祭壇の前には、いくつものボトルが鎮座されている。


 ――叔父さん……。


 十歳で上京してきたとはいえ、両親が亡くなる前も親族付き合いはあったし、亡くなってからは親代わりとしてルキノ自身も数ヶ月だがお世話になっている。学園の入学書類の親族欄にもサインしてくれたのが叔父だった。


 ルキノは確認出来なかったが、あの場にいたのは叔父だけでなく、他の親族もいたかもしれない。

 その液状化してしまった変わり果てた姿に、ルキノは唇を噛み締めつつ、画面をスライドさせる。

 

 ランティスではマナ施設の再興作業も始まってはいるものの、あまりの損害の大きさから、なかなか作業が難航しているという。作業員の派遣も大々的に募集をかけているようだが、それでも人材不足は否めない。多額の報酬を掲げても、あまりの劣悪な環境になかなか人が集まらないようだ。 


 そして、ルキノはエクバタにそびえ建つエクティアタワーを見上げる。

 一カ月前に大規模な火災に見舞われた白い巨塔だが、今では何事もなかったように神々しく真っ白な姿となっていた。まだ内部は工事中のようだが、来月には営業も再開されるらしい。


 ――皮肉なものだな。


 エクバタの空は青い。

 エクアで一番大きなマナの供給施設が破壊されても、予備の施設や備蓄施設が稼働しているため、首都では今日も何事もないかのように世界が正常に稼働している。

 

 たとえ故郷が悲惨な状態であっても、ルキノは静穏な日常の中で、バイトに勤しむという考えは変わらない。治療費は必要だし、残された唯一の家族も、幸い今はこのエクバタにいる。


 ただ胸の奥が重くて、苦しいだけ。


 それを押し流すように、そのパン屋で売っていたお茶を口にする。少し肌寒くて暖かいお茶にしたのだが、ほのかな渋みが喉に心地良い。


 その僅かな平穏に一息吐いた時だった。


「生徒会長殿おおおおおおおおお!」


 割れんばかりの大声で叫ぶ男の声に、ルキノは顔をしかめながらも見やる。

 生徒会長と呼ばれる立場である自分――そして、あえてそう呼ぶ前髪のやたら長い金髪の後輩は、目にたくさんの涙を浮かべて、ルキノ目指して駆けてくる。


「アンドレ……」

「夢か幻かわからないが、このアンドレ=オスカーは今、猛烈に感動しているッ! なんたって、尊敬すべき好敵手(ライバル)である生徒会長殿が、てっきり病院で寝ていると思いきやこんな青空の下にいるのだからッ‼」


 生徒会の後輩、オスカー財閥の御曹司たるアンドレ=オスカーは、なぜか制服よりも白さの際立つ格好をして、両手にいっぱいの真紅の花束を抱えていた。その花は見るからに、男がプロポーズする時に女に渡す高級な花。御曹司は伊達じゃないということの金銭感覚は今さらとやかく言うつもりもないものの、決してお見舞いに持参する花でないのは一目瞭然だった。


 だけど、さすがはアンドレ=オスカー。ルキノの予想通りに、ルキノの前で片膝をついて、その花束を渡してくる。


「さぁさぁ、遠慮せずに受け取ってくれたまえッ! 生徒会長殿が一日も早く元気になるように願いを込めて、ボク自身が一本一本選んでみたんだ」

「うん……気持ちだけ受け取っておくよ。重たそうだし」


 ――男から大輪の花束貰っても嬉しくも何ともないし。


 ルキノが愛想笑いを浮かべると、アンドレは愕然と言った様子で口に手を当てる。


「す、すまない……生徒会長殿……」


 突如涙ぐむアンドレに、ルキノは一瞬言い過ぎたかと狼狽えるものの、


「病人にこんな重たい物を持たせようとするなんて、ボクは浅はかなんだ……安心してくれたまえ、生徒会長殿ッ! もちろんこの花束は病室まで丁重に運ぶことを約束しようッ! あ、もちろんお見舞いの品はこれだけではないぞ。果物やゼリー、退屈しのぎの本、ボクの考えうる限りの見舞いの品を病室に手配しているから、楽しみにしてくれたまえッ!」


 堂々と、嬉しそうに無駄に片手を空へ掲げて宣言するアンドレ。

 そのアンドレを指さして、


「おかーたん、あの人どうしたのー?」

「こら、指差しちゃいけません!」


 なんて話す親子の姿に、ルキノは嘆息する。ルキノとしては仰々しいアンドレに慣れっこだが、世間一般の目はこんなものだろう。しかも、全身包帯だらけの男に、やたら綺羅びやかな男がプロポーズまがいなことをしているのだ。


 周りの希有なモノを見る目が痛い。


 ――だけど、こいつなりの善意なんだよなぁ。


 形はどうあれ、自分をこうも慕ってくる後輩はそれなりに可愛い。


 その最後の砦が、ルキノに笑みを作らせる。


「じゃあ、アンドレ。お言葉に甘えて、先に病院に戻っておいてくれないかな?」

「お、会長殿、まだ散歩を続けるのか? 病み上がりは無理しない方がいいと良く聞くが……」


 ――あー、病人が散歩していると思われてるのね。


 もちろんここは病院の施設外ではあるが、言われてみれば病院とさほど距離があるわけではない。

 不幸中の幸い――というほどではないが、ルキノはもちろん、後輩の勘違いを利用する。


「あ、実はまだ散歩始めて間もないんだよ。せっかくだからさ、もうちょっと外の空気を堪能してから戻るよ。今は痛みも引いてるし」

「では、僭越ながらこのオスカー財閥の御曹司たるアンドレ=オスカーもお供させていただこうッ!」


 威勢よく胸を叩くアンドレに、ルキノは苦笑した。


「いや、アンドレは先に病室に行って、その花を飾っておいてよ。出来ることなら、果物も剥いておいてくれると嬉しいかな。おやつに食べたい」

「なんと⁉ 生徒会長殿がこのアンドレ=オスカーに頼み事だとッ⁉」

「あぁ……ダメかな?」


 彼は自分のことを何だと思っているのかは定かではないが、アンドレの目がより一層キラキラと輝いた。


「任せておきたまえッ! このアンドレ=オスカーの名に懸けて、生徒会長殿が優雅なアフタヌーンティーを楽しめるように全力で病室をセッティングしておくことを約束しようッ‼」

「あ……うん。宜しく頼むよ」


 すると、アンドレは華麗に片足で半回転し、鼻歌でも聴こえてきそうな足取りでその場を去っていく。スキップの途中で足を捻っているようにも見えたが、意外と図太いから大丈夫だろう、きっと。


「ふぅ……相変わらず、嵐のようなヤツだな」


 一息吐きながら小型通信機(モバイル)で時刻を確認すると、次のバイトの開始時間が今かと迫っている。


「ヤバ、また急いで行かなきゃ」


 慌てて立ち上がると、やっぱり全身に走るツライ痛み。

 だけど同時に、アンドレと話している間スッカリ痛みを忘れていた事実を思い出し、


「どうにもあの御曹司だけは嫌いになれないんだよな」


 だからこそ、同時にゴメンとも思う。

 表向きとはいえ、彼が懇意にしている幼馴染と、自分は恋仲ということになっているから。


 ――あいつ、そのことどう思っているんだろう?


 ルキノからは訊かない。

 アンドレからも訊いてこない。


 その上で、あの通り自分を慕ってくれる後輩にも、ルキノは少しだけ胸を痛めて。


「行かなきゃ」


 ルキノは、懸命に松葉杖を動かしだす。






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