彼にも友達がいたのです
その部屋は、左右対称同じように家具が設置されている――家具といっても、勉強机とタンスとベッドだけなのだが。
それなのに、片やモデルルームであるかのように整理整頓されているのに関わらず、もう片方はこれでもかと雑貨や雑誌が飛び散り、おもちゃ箱のような惨状となっている。
寮暮らしを始めて十年間。今までルキノは何度もそのことで揉めて来た結果、自分のテリトリー内でお互い好きなようにする、という折衷案で落ち着いた結果がこれだった。ただし、臭いの発するものに関しては応相談。以前、ルームメイトの香水瓶が割れ、運悪くルキノの新品の制服にかかった時は壮大な修羅場となった。
それはともあれ、そんな乱雑としたベッドから、
「おー、ルキノじゃん。入院してんじゃなかったのー?」
ルームメイトのヒイロがベッドに横たわりながら片手を上げた。
背の低い彼のトレードマークは、鶏冠のように逆立てたオレンジの髪。色はコロコロと変わるし、その鶏冠も数ヶ月前のひょんなことから小さくなったものの、今ではスッカリ元の大きさに戻ってしまっていた。少しでも背を高く見せようという心意気はやっぱり変わらないのだろう。
釣り目ながらも大きな青い目が、ルキノの様子に気付いて真ん丸に見開かれている。
彼が大きなヘッドホンを外せば、ジャカジャカと騒がしい音楽が漏れ出した。
「なんだよー、その今にも死にそうな様子はよ? 墓から這い出てきたのか⁉」
「……あいにく、まだ生きてるんだよね」
そう皮肉にもならないことを返しながら、ルキノは松葉杖を壁に立てかけ、病院着を脱ごうとする。だけど、腕のギブスがひっかかり、なかなか思うようにいかない。
「クソっ」
舌打ちしながらも一人悪戦苦闘するルキノに、ヒイロは大きく顔をしかめた。
「あのー……ルキノさん? 本気でお前、何してんの?」
「見てわからないのかい? バイトに行こうにもこんな格好じゃ行けないから、着替えに来たんじゃないか」
「はぁ⁉」
ベッドから飛び起きたヒイロが、ズンズンとルキノに詰め寄る。
「何? お前バカなの? 腕そんな重そうなの付けてて? 頭にも包帯グルグル巻かれちゃって? 松葉杖なしで歩けなくって何? バイト? ねぇ、もう一回訊いていい? ルキノん、おバカなの?」
「いつも僕のレポート写して、追試の時はみっちり家庭教師してあげている僕に対して、ヒイロは一生、僕を馬鹿呼ばわり出来ないと、思ってたんだけどな」
「はーい、こんくらいの台詞も息継ぎなしに言えないバテてるルキノ君に、嫌味言う資格ありませーん!」
口を尖らせた鳥顔に言われ、ルキノのこめかみがピクピク動く。
だけど、言われたことは事実で、それに反論する気力は湧かない。だから、嘆息交じりに返すしかなかった。
「……心配してくれるのはありがたいけど、今回ばかりは放っておいてくれないか? 切実なんだ」
「何、金?」
腕を組むヒイロの目が、まっすぐにルキノの陰る碧眼を見つめてくる。それに、ルキノはたじろぎながらも「あぁ」と短く頷くしかなかった。
外ではイメージのために極力貧乏なことを隠しているとはいえ、同居人にまで隠しておけることではない。休みのほとんどがバイトで潰れていること、一人の時は食費も極力削り、部屋着は気潰した私服をまわしていることなど、隠し通せるわけがないのだ。
それを噂で広めれば、絶対面白いことになる。
だけど、それを唯一知りながらも今まで十年間他言したことがない同居人は言った。
「レポートと家庭教師代、前払いで払ってやろうか?」
「これだけの治療費と一週間分の入院代を賄えるほど高額、請求してもいいのかい?」
やっと病院着を脱げたルキノは、ゴソゴソとタンスを覗く。
長袖なんて、とてもじゃないけどギブスが邪魔で着れそうにない。かろうじてタンクトップと、半袖のシャツだろう。まだ今の季節では少々肌寒そうだが、仕方ないだろう。本当はシャワーも浴びたいところだが、時間的猶予もない。
「……貯金下せば、なんとかなるぜ?」
ルキノの背中に、ヒイロの真面目な声がかかる。
ルキノは苦笑した。
「貯金って、君が毎日ニヤニヤしながら眺めている通帳のことかい? 命よりも大事なお金なんだろ?」
「けど、友達が困っている時こそ、使い時だと思うんだ」
決意がこもった言葉に振り返ると、その顔はやっぱり真剣そのもの。
――こんな男に『友達』だなんて、君こそ馬鹿じゃないのか?
自分は、女のことしか考えてないのだ。
かつて自分のことを身体を張って助けてくれた少女のことしか考えていないのだ。
そのためなら、誰だって利用する。
そのためなら、誰だって蹴落とす。
そのためなら、誰にだって嘘を吐く。
それがどんなに冷徹で、人情から踏み外れていようとも。
彼女が迫害されずに、人並み以上の幸せを掴むためには、世界の認識から変えるしかないから。
『黒』が一番美しいと認識されるような世界にするために。
彼女を幸せにするためなら、彼女の一時的な気持ちさえ踏みにじるほど――自分は、非道な男なのだ。それは、その少女自身さえ、例外ではないくらいの歪んだ覚悟。
――そんな優しいこと言うと、俺は簡単に利用しちゃうよ?
だからこそ、ルキノはこんな優しい友達を持つわけにはいかない。
返せない借りを、作るわけにはいかない。ある一線を過ぎるわけにはいかない。
だからこそ、ルキノは作り笑いに慣れていた。
「金はいつか女が出来た時にとっとけよ。本当、女と付き合うと嫌でも金が飛んでいくからさ」
「何? メグって、たかってくるの? ブライアンの令嬢だっていう話じゃん」
「彼女の悪い噂を立てるわけにはいかないからね。ノーコメントとさせていただくよ」
そして、ルキノは頭の包帯を隠すために、中央が折れている帽子を被る。これで、髪のセットが出来なくても誤魔化せるはずだ。
「じゃあ、行ってこようと思うんだけど……なんか日払いの良さげなバイト知らない?」
「お前今日、ただでさえ二つ掛け持ちしてなかったっけ……?」
深々と嘆息するヒイロは松葉杖を取り、ルキノに手渡す。そして、ものすごく不服そうな顔をしながらも、ヒイロはルキノに告げた。
「タカバん所のパン屋が営業時間を延ばすらしくって、夜のバイト募集してたぞ」
「お、ちょうどいいな。売れ残りにありつけるかも。ありがとう、応募してみるよ」
「いや、せめて怪我治るまではもっと栄養のあるもの食おうぜ?」
松葉杖を受け取りながら、ルキノはニヤリと口角を上げる。
「そんなお金があったら、こんな時まで働く必要ないと思わない?」
「うわー、今までかつてないほど美青年の無駄遣いだな」
「ほっとけ。今はこんなもんしか払えるもんがないんだよ」
「その切実さに涙出そう、俺」
「勝手にしろ。いくら泣かれても、出せる金なんてないけどな」
そんな戯言を飛ばし合いながらも、ルキノは自室の扉を開けた。
「死ぬなよー」
背後から聴こえる挨拶に、ルキノは思わず苦笑する。
――まぁ、せいぜい死なないように頑張るよ。
胸中でそう答えながら、小型通信機を開く。
午前のバイトにはギリギリ間に合うだろう――そんな時間。でもそれは、今まで通りのスピードで歩ければの話だ。
「行くだけでも死にそうだな」
こうして、ルキノの長い一日がようやく始まる。




