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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
三幕 懸命実習

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便所サンダルの裏側



 ◆ ◆ ◆



 巨大な結晶体(クリスタル)が弾け飛ぶ。

 飛び散る破片にライトの光が当たって乱反射する輝きに、ユイはふと憧憬を覚えた。


 ――ルキノみたい。


 だけど、綺麗なのは一瞬だった。器を無くした水は、溢れ、流れ、透明感のない青白い水が、眼下でドボドボと湖の如く溜まっていく。ふとユイが類似画像として思い浮かぶのは、浴槽に湯を注いている光景。


「なんか地味ね」

「世界の破滅に派手さはいらんと思うが」

「そう? どうせなら華々しく散った方がやり甲斐があると思うけど?」

「じゃあ、せいぜい頑張ることだな」


 そんな光景を見下ろしながらのんびりと話す二人の横で、


「ななな……なんで割れたの⁉」


 足を引きずりながらも駆け寄ってきたルイスが、眼の前の事象に驚愕していた。


「お姉ちゃんがやったの⁉」

「さて、どうでしょう?」


 方を竦めてお道化ながらも、ユイは操作卓(コンソール)を叩く。ありとあらゆるメーターを、最大値まで上げたのだ。


「な……何をしたの?」


 青ざめた表情を浮かべるルイスに、ユイは満面の笑みを返した。


「せっかくだからね。派手にしてみようかと」


 結晶体(クリスタル)に通じていたパイプから、マナの濁流が激しく溢れ出す。ユイが指を弾くまでもなく、天井や隅に渡るパイプに亀裂が走り、勢いよく噴き出した。


「ひゅー、まさにマナ中毒。なんか気持ち悪くなってきたわね!」

「だからお姉ちゃん死んじゃうって言ったでしょ⁉」

「マナってさ、どこにだってあるじゃない?」


 噴出したマナの飛沫に、ユイの全身が濡れる。掻き上げる髪が重かった。


「街の灯りや列車(トレイン)だってマナで動いているし、そもそも空調管理から空そのものに至るまで、マナの動力で動かしているわ……黒髪がマナの影響を人より受けやすいのなら、たとえ首都に暮らしていたとしても、私も健康被害みたいなの、受けているのかな?」

「そーだよ!」


 怒鳴るように叫ぶルイスは、ユイの腕を引っ張る。


「ランティスの住民の平均寿命が四十年。エクバタのそれは六十年だと言われてるけど、おそらくお姉ちゃんは三十年くらいだ! 前例があるわけじゃないけど、モナ様がそう言ってたよ!」

「あの教師が、なんでそんなことわかるのよ?」

「お姉ちゃんの髪の毛や皮脂のサンプルを取って、メサイアで研究してたんだ! もしかしたら魔法の素養があるかもしれない。キッカケ次第で、いつでも引き込めるように準備しておこうって――でもまさか、お姉ちゃん本当に……」


 その発言に、ユイは思わず吹き出す。


「実験ラットにするつもりが、本当に魔法が使えるとは思ってなかったって?」

「違う――いや、表向きは実験体(サンプル)にするつもりだったけど、おれは違う……違ったんだ……お姉ちゃんのせいだけど、でもお姉ちゃんのおかげで……」


 泣きそうに震えるルイスの唇を、ユイは人差し指で塞いだ。


「大丈夫よ、慣れているから」


 その間にユイたちのいるフロア内でも、マナの水がどんどん足元に溜まっていく。重みに負けて、床が抜けるのが先か。窒息するのが先か。


 ――私が死ぬのが先かもね。


 目を伏せるユイを顔を覗き込んでくるのは、ナナシである。その顔は心配するわけでもなく、悲観するわけでもない。真顔で、ただ事実だけを確認する。


「エクアージュよ。この程度で満足したつもりはあるまいな?」

「まさか」


 苦笑しながら、ユイは彼の肩を押しのけた。そして壁に向けて、指を鳴らす。すると、パチンッとした音と同時に、壁が爆破されるように弾け飛んだ。


 曇天にも関わらず、外の光がとても眩しい。


「本当に、それは魔法なの⁉」


 ルイスが怪訝に顔をしかめるものの、ユイは苦笑を返すだけで何も答えない。代わりというわけではないが、「うむ」と声を発したのはナナシだ。


「よし、そこから飛ぶのだな?」

「は?」


 腕を組んで頷くナナシが片足を上げる。便所サンダルの裏のデコボコが、ユイに垂直に向けられた。いつになく突拍子もない行動に、ユイは半眼を返すことしか出来ない。


「……何してんの?」

「見てわからんのか。貴様を蹴り落とそうとしているのだ」

「私はとりあえず新鮮な空気を確保しようと思って、穴を開けただけなんだけど」

「では、どうやってここから脱出するつもりだ?」

「そうねぇ……どうにか空気の確保して階段下って行こうかと――て、ちょっと⁉」


 バランスよく片足で立ち続けるナナシの奥で、しゃがみ込んだルイスが発狂したかのように小型通信機(モバイル)に向かって喋っている。通信相手は(ルキノ)のようだ。


「兄ちゃんっ! なんなの、あのユイっていう女は⁉」

『ユイ?』


 ――いざって時は、お兄ちゃんを頼るのね。


 この兄弟に何があったかはわからないが、いざって時の通信相手がルキノで、ユイは嬉しくなる。あんな胡散臭い女教師(モナ)に縋るよりも、結局は兄が大事だということだから。

 画面の向こうのルキノは苦笑している。それにルイスがまた、怒っていた。


「笑い事じゃないって! なんなの、あの化け物は」

『……彼女が何したか知らないけど、化け物呼ばわりはないんじゃないのか?』


 ――約束、忘れてないからね。


 ユイは濡れて重い髪を絞り、それを払う。そして、ルイスの襟首を掴み上げた。ユイの腕力で持ち上げるのは叶わないが、ギリギリ引きずることなら可能だ。ルイスは振り向きながら抗議をしてくるが。


「わわ! いきなり何すんのさ! 僕は最後兄ちゃんに……」

「挨拶も和解も後で直接言えばいいでしょ! 私は君を連れて帰るって、約束してんのよ!」


 その時だった。

 横に強い圧力を感じた瞬間、ユイの身体は呆気なく吹き飛んでいた。もちろん、ルイスを掴む手も放してしまっている。壁にぶつかることもなく、気が付けばそこは空の上。ユイが開けた大穴から、身体が飛び出してしまったらしい。


 空に浮いた一瞬で見えたのは、便所サンダルの底を向けた変人の姿だけだった。


「遅いぞ、エクアージュ」


 ――あんたが短気なんでしょうがっ!


 そう言い返すよりも前に、ユイの身体は重力に従い落ちていく。人が空に投げ出されて、落ちるのは必然。人間には羽根がないから、鳥のように空を飛ぶことはできない。


 長い黒髪が逆立ち、バランスが取れないまま落下する。

 頭がぐるりと回る感じがした。マナ中毒のせいもあるかもしれないが、それ以上に物理的な法則によるものだろう。


 ――このまま気を失えば、ラクに終わるのだろうけど。


 そんな考えが頭をよぎるものの、思い出すのは彼の言葉だ。


『無事に帰って来てくれ』

「わかってるわよ」


 死ぬわけにはいかない。

 このままラクになるわけにはいかない。


 罪悪感で彼を苦しめるのも一つの復讐の手段なのかもしれないが、それでも、あの時の真摯な彼の表情を裏切れるほど、ユイは彼のことをどうしても嫌いにはなれない。


 だからユイは唇を噛みしめ、覚悟を決める。


 ――私は魔女エクアージュ。


 指を鳴らすのは、ただのイメージ。ユイが思い描くきっかけである。だから、実際に鳴った鳴らないは問題ではなく、ユイが出来ると信じることが重要なのだ。


 思い込みが、現実となるのならば、


 ――だったら、飛ぼうと思えば空だって飛べるはず!


 ナナシのような空間転移はもちろん、空を飛ぶ訓練だってしたことがない。

 だけど、イメージさえできれば体勢を整えるのは簡単だった。落下速度が落ちた瞬間、黒髪がユイを纏うように、フワリとなびく。


 宙に浮いて安堵の一息を吐いたあと、最初に視界に入ったのは大きな爆発だった。


 青白い光の明滅が、現実離れしているほどに綺麗だと思えた。


 半球に膨らんだ光が、一瞬で消えてなくなる。その反動でユイの目には、その部分が黒くスッポリ消えてしまったように見えた。世の中に『無』というものがあるのなら、まさにそれを体現したかのような感覚。


 しかし何回かまばたきしてみれば、市街地から伸びた細い道の途中にポッカリとしたクレーターが存在していて。


 そこには、何があったのだろうか。

 そこには、誰がいたのだろうか。


 考えるだけで、ユイの背筋に悪寒が走る。


 ――ルキノ⁉


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