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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
三幕 懸命実習

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美青年が格好つけたい相手

 ルキノは左手で、しなだる右手を殴る。

 利き手が使えないからなんだ。血がどんどん抜けていくからなんだ。


 そして、髪をわしゃわしゃと掻きむしって、ルキノは声を張り上げた。


「メグ、タカバ! 手を止めてくれっ!」

「ハァ⁉ なに抜けたこと言ってんだ、よっ!」


 また一人誰かを殴り飛ばしたのだろう。ルキノからは見えないが、息を切らしながらも叫ぶタカバの声が、即座に返って来る。


 ――抜けたこと、か……。


 だが、それでも。

 ルキノは一歩前に出て、


「スラムのみなさん、僕のことを覚えていませんか⁉ ルイスの兄の、ルキノです!」


 声が割れる。喉に痛みが走るほど、思いっきり叫ぶ。

 すると、ざわめきの連鎖が広がった。


「ルキノ……?」

「ルキノってあの子の兄貴か?」

「親が死んで以来ろくに帰ってこないあの……?」


 徐々に、徐々にその戸惑いは広がっていく。

 そして、暴徒の攻撃の手は完全に緩くなった。止まるのも時間の問題であると、ルキノは判断する。


 だけど、ルキノは冷笑を浮かべない。

 影を落とした表情のまま、前線の仲間たちの元へ歩んでいく。


 たまに銃弾が飛んでくるが、どこから撃たれるのかさえわかれば躱せないことはない。

 たまにナイフが振り下ろされるが、致命傷さえさければ死にはしない。


 そして、誰よりも前線へ。

 もう一度彼女に会いたい一心で、ルキノはなりふり構わず、敵前で頭を下げた。


 謝罪するのは、兄としての責任を放棄し、故郷を離れたこと。

 そして、そこまでしたのに、未だ命じられるがままに敵対することしか出来ない未熟さ。


「たった一人の弟を皆さんに任せ――そしてこんな騒ぎになってもなお、何も皆さんの力になれず申し訳ございません」


 ルキノの後ろで、メグとタカバが顔を見合わせて戸惑う。

 それでもなお、頭を下げ続けるルキノに一つの石が投げられた。こめかみに掠った鈍痛にルキノは歯を食いしばるものの、それでも頭を上げない。


 そんなルキノを見て、群衆の動きもまた止まった。どこか懐かしい覚えのする男の声が「本当にルキノなのか?」と疑問符を上げる。


 そこでようやく顔を上げたルキノは、だいぶ老けた叔父に向かって「はい」と答えた。


「叔父さん……ご無沙汰しております。このような再会になってしまい、申し訳ございません」

「いや……ルキノ君……本当にルキノ君なのかい? ずいぶんと垢抜けたね……」

「あ、髪を染めてまして」


 呆然とする叔父に対してルキノが愛想笑いを浮かべていると、服の背中をツンツンと誰かが引っ張る。振り返ると、やっぱりメグが顔をしかめて見上げていた。


「ルキノ君、頭大丈夫?」


 ――それは怪我のことかな、中味のことかな?


 どっちとも取れる言い方に苦笑を返し、ルキノも小声で尋ねた。


「メグは大丈夫? 怪我はないかい?」

「あ、うん。あたしは平気」

「オレも大丈夫だぜ!」


 戸惑いながらも首を縦に振る彼女の後ろでは、ガッツポーズを掲げる怪我だらけのタカバの姿。傷がない場所がないくらいに血まみれだが、動きや声音に違和感はなく、どうやら致命傷はないらしい。


 ――あいつより俺の方が重症とは情けないな。


 ヤレヤレと肩を落としつつも安心したルキノは、再びスラムの住民たちへと向き直った。

 この間も、彼らはルキノの正体をボソボソと囁き合っていた。直接叔父も訊かれて「どうやら本物のようだ」と答えている始末。その光景に少しだけ気恥ずかしさを感じながらも、ルキノは意を決して声を張り上げた。


「もう一度言います――僕は十年前までここで暮らしていたルキノ=イドヴィスです。親不孝者と言われながらも、弟のルイスを置いて首都エクバタのエクラディア学園に進学した、あのルキノです。髪を染めているから、違和感のある人も多いとは思いますが……」


 スラムの人たちは、決して穏やかな顔ではなかった。眉間にシワを寄せて、戸惑いつつもその憎悪を隠せてはいない。叔父ですら、複雑そうな顔で口を真一文字に引き締めている。


 息が詰まりそうだった。それでも、ルキノは口を開く。


「このような惨状になってしまったこと、大変心苦しく思っています。だけど、あれから十年も経ちましたが、僕は未だ学生。このような争いになる前に止める力もなければ、要望を上に伝える力もなく――」


 その時「この裏切り者!」と、また石が投げられた。軌道がハッキリと見えていたものの、それもルキノは大人しく受ける。脳が揺れる衝撃を受けたのち、視界が赤く染まった。表面が切れた額から、滴り落ちた血が目に入る。片目がうっすらとしか開かない。


 ――痛いな。


「てめぇら、いい加減に――」

「大丈夫だから」


 ルキノを押しのけて前に出ようとするタカバを、ルキノは動く左手で制した。そして、自らスラムの暴徒たちに囲まれに行く。ゆっくりと、隠し持っていた武器を地面に置いていった。銃器はもちろん、爆弾、ナイフ、鉄線。絶対にバレないような襟の裏や服の下の装備までも全部置いて、彼らに示すのは誠意。


「ですが、今回あなた方がこのような暴挙に出た理由……僕なら十分に計ることができる。マナタンクから流出するガスのせいで、実際に亡くなる者は後を絶たないですよね」


 肩から流れる血は止まらない。だけど、ルキノは手で無理やり押さえつけながら、口を動かし続ける。


「それなのに政府は、救済の手を何も差し伸べようとしないばかりか、見苦しくもその事実を隠ぺいしようとしている――市民によるエネルギーの排出の反対論が出てこないように。この不安を万延させないように。僕ら(・・)のことは蓋をして!」


 攻める箇所は、同郷意識。

 田舎特有の仲間意識を利用して、いつの間にか自分もスラムの一員であるかのように錯覚させる。自分を味方であるかのように納得させる――そうした話術は、学園で懸命にのし上がろうとした際に、徐々に身につけていった処世術だ。


「だけど僕は思うんだ。ただ闇雲に政府に立ち向かうだけが、僕らの取るべき手段なのか⁉ 真っ向から歯向かうだけが、僕らが幸せになるための方法なのか⁉」


 そして、首を振る。

 この十年、学園で学んだことは知識や武器の扱い方だけではない。それよりも、ルキノが重視していたことが、如何に自分をよく見せることが出来るかというアピール法だ。


「……違うだろ。僕らの場所を守るために政府が邪魔ならば、その政府を変えてやればいい。僕らにも優しい政府にしてやればいい。分け隔てない世界を創造する政府にしてやればいい」


 自分の言うことは全て正しい――そんな自信を、一度も持ったことはなかった。

 もっと上手い方法があるのではないのか? もっと効率の良い手段があるのではないのか?

 だけど、そんな弱みを見せたら、誰もついてきてくれないから。誰も信用してくれないから。

 だから、いつも考えて、努力を続けてきた。虚勢でもなんでも、自分を良く見せることが出来るのなら、自分のことすらいくらでも騙してきた。


 ――こんな情けない自分を、いつか彼女は受け入れてくれるのだろうか?


 その不安を、ルキノは握りつぶす。


「だから、僕はエクラディアに行ったんだ。確かに、弟には苦労をかけている。だが、実際に僕は誰よりも素晴らしい成績を叩き出して、着実にコネクションも作り出している。もう少しなんだ――あとは学園を卒業しさえすれば、僕は確実に世界に通用する力を身につけることが出来る!」


 誰かの息を呑む音が響いた。いつの間にか、誰もがルキノの話を聞き入っていた。

 言葉で訴えることのコツは、非の打ちどころのない正論を並べることだ。その中で、たまに甘いスパイスを混ぜ、耳障りをよくしてやればいい。


「僕を信じてくれないか? 今はまだ学生でしかないから、権力が足りない。だけど絶対、近いうちに僕は力を手に入れる。だから、もう少し待っていてくれないか? 僕が必ず政府を――このエクアという世界を変えてみせるから――今は両者の被害を広げないために、ここは引いてくれないだろうか?」


 ルキノは深々と頭を下げた。必死に偽ってきた金糸がハラリと落ちる。


 これ以上、ルキノに言えることはなかった。


 敵に頭を下げたと学園にバレたらどうなるのだろう? 政府や軍の上層部にまで噂が広がったらどうなるのだろう?


 それが少しだけ怖い。今まで積み上げてきたものが、壊れてしまうことが怖い。


 それでも、ルキノは頭を下げ続ける。

 あとのことは、あとがなければ起こらないのだから。

 今は生き抜かなければならない。仲間をこれ以上傷付けるわけにもいかない。


 でなければ、


 ――こんな所で死んだら、彼女に格好がつかないからね。


 その時、背後から可愛らしい声がルキノを呼ぶ。

 ルキノは頭を上げ振り返ると、メグが後方の生徒と合流して、ピョンピョンと飛び跳ねていた。


「ルキノ君、特殊回線でルイスって男のコから連絡! なんかひたすらユイの名前を連呼してる!」

「すまない。通してもらえるか?」


 画面の映像はザーザーと不鮮明だった。

 だけど画面の中に映っているのは、紛れもなく混乱していて泣いている弟の姿。


『兄ちゃんっ! なんなの、あのユイっていう女は⁉』

「ユイ?」


 彼女の名前に、ルキノは思わず笑ってしまう。いつも通り短気を我慢できない彼女の姿を想像してしまうと「またか」と自然に頬が緩んでしまう。


 それに、スピーカー越しの声は不服の色を顕にした。


『笑い事じゃないって! なんなの、あの化け物は⁉』

「彼女が何したか知らないけど、さすがに化け物呼ばわりはないんじゃないのか?」


 ルキノが怪訝に眉をしかめた時、画面の中の弟が誰かに襟首を掴まれていた。


『わわ! いきなり何すんのさ! おれは最後兄ちゃんに……』

『挨拶も和解もあとで直接言えばいいでしょ! 私は君を連れて帰るって、約束してんのよ!』


 通信機を落としたのだろう。画面のノイズが一層激しくなり、ガタガタと転がる音がする。

 そして白黒画面で見えたものは、漆黒の髪が広がる姿。奥の方では、あちこちから水が噴き出しているようである。


「え……ユイ! ルイス! 大丈夫なのか⁉」


 どこにいるのかは知らないが、どこかの部屋の中なら、そのまま水没してしまいそうな勢いで水が噴き出している。ルキノが慌てて声を掛けると、画面にはある男の顔がドアップで映った。


 超絶美形の人形のような顔が言う。


『無論だ』


 そして、映像がプツリと途絶えた。


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