美青年が生き伸びる理由
◆ ◆ ◆
棍棒のような金属が、ナイフのような包丁が、素人のこぶしが、ありとあらゆる方向から飛んでくる。
ルキノはそのひとつひとつを冷静に視線で捉えていた。
汗でより輝いている金糸を大きく揺らし、一歩ずれる――と見せかけて、実際は重心をずらしたのみ。すかさず踏み込み、それぞれの鳩尾、首筋、その他急所に一撃を加えていく。
武器は使わない――いや、使いたくなかった。
――やっぱり、出来るなら殺したくない。
ルキノの胸の内はそれでいっぱいだった。だけど『出来るなら』という言葉を入れずに考えることはできない。
「皮肉だな」
ルキノは苦笑しながら、また一人を倒していく。気絶させていく。
その時だった。人の間を抜けて、自分を狙う銃口が一瞬見える。
ただの銃弾ではない。独特の光をはらんだ、レーザー弾の銃口。大砲のような大破型のレーザー砲ではないが、確実に狙ったものを貫通し、焼き殺す光線長銃がルキノを狙っていた。
――俺だってわかってもらえないのか。
世知辛い考えがよぎる脳裏をルキノは振り払い、服の隙間から小型ナイフを取り出し、銃口先へと投げつける。
――ごめん、俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。
ここは戦場。
――そして、俺は敵だから。
光線長銃を構えた暴徒の眉間にナイフが突き刺さった。赤い血も流さず、仰向けに倒れる様をルキノは見ない。その余裕がない。
即座に襲い掛かってくる暴徒が、視界を覆うから。
即座に襲い掛かってくる同郷の者が、視界を遮るから。
「敵なんだ――だから!」
謝罪の言葉を胸に秘めつつ、ルキノはまた他のナイフを取り出す。そして一人の瞼に刃を突き刺し、横に裂いた。
そして、ルキノは今の仲間の安否を確認する。
筋肉馬鹿は、相変わらずの大ぶりなこぶしで確実に敵を殴り倒していた。
小柄な少女は、隙を見ては相手の武器を奪い取り、疾風か竜巻のごとく素早く、豪快な攻撃を繰り返している。一番の成果をあげているのが彼女だ。
後方に下がらせたクラスメイトたちは、大人しく銃を構えているだけだった。牽制さえしてくれていればいい。流れ弾がこちらに当たるのだけは御免である。
目まぐるしく変わる視界に惑わされることなく、ルキノは的確に判断し、行動し、感情を押し殺す。
――必要なんだ。
そう自分に言い聞かす。そしてまた、昔、あやとりという遊びを教えてくれたお姉さん――今はオバサンとなった女性をナイフで突き刺した。素人とはいえ、相手も必死。そして人数もいる。手加減をする余裕がルキノにはなかった。ナイフを振るうたびに大きく鼓動する胸を一瞬だけ掴む。その自分の行動を、ルキノはすぐに後悔した。
肩に大きな痛みが走る。すぐに後ろに足を回して蹴り飛ばすが、右肩からは血がとめどなく滴り落ちた。大きな刃で斬られたようだ。確認する暇はないが、即座に左手で抑える。止血しなければ、命に危険が及ぶかもしれない。少なくとも、右腕はしばらく使い物にならないことは明白だ。乱戦の最中に、利き手を失ったのだ。
「天罰か?」
神なんて全く信じていないルキノだが、何気なく浮かんだ単語を口にする。
痛みと現状に戸惑いながらも、視線は自然と左右の敵を認識していた。通常の弾丸と鈍器が自分の頭を狙っているようだ。
「クソっ」
毒づいても遅いことはルキノ自身が一番良く分かっていた。
過去の行いが悪かったのだろうか――そんなことを考える。
努力はしてきたつもりだった。だけど、非道でもあったと思う。仲間だと思っていた生徒会の仲間にも恨まれていた。ついこの間も、過去に退学させた同級生をエクティアタワーでねじ伏せたばかりだ。
でも、それでも――叶えたい夢があった。そのために自分の置かれた環境を変えたかった。そして、彼女を幸せにできる土台を築きたかった。
――そんな自分になりたかった。
だけど、もう限界なのかと、ルキノは迫りくる攻撃を大人しく受けようとする。
今までどれだけの人を踏みにじってきたのか――それはルキノ自身、自覚していた。それにこれ以上、同郷の仲間を傷つけることも心苦しかった。
もう終わりにしよう。
――あの世なんて場所、あるのかな?
もしもそんな都合の良い世界があるのなら、亡き両親が両腕広げて迎えてくれるのだろうか。そんなあたたかな光景を想像しようとした。その時だ。
「ル……ルキノ! ユイから通信が入ってる!」
後ろで構えているクラスメイトが、そう叫んでいる。
ルキノはとっさに身を屈め、鈍器を持つ人の足を振り払う。その華麗な自分の動きに、ルキノ自身苦笑するしかなかった。
――俺もたいがい、現金だな。
「メグ、ちょっと下がっても大丈夫かい⁉」
「いいよ! ただ、援護射撃もっと厚くして!」
お互いに声を張り上げ、メグの了承にルキノはすぐさま、踵を返す。
「ちょっとメグちゃん⁉ 流れ玉が当たったら危ねェ――」
「大丈夫だよ。タカバ君はあたしが守ってあげるから」
戸惑うタカバに迫る敵を、メグは手近な敵を投げ飛ばして当てる。
「かっけェ……」
ポカンと口を開くタカバを鼻で笑い、ルキノはすぐさま、後方の仲間から通信機を預かった。
「ユイ、無事か⁉」
だけど、その画面に映る相手は目的の女性ではなかった。本来の自分とそっくりな姿に、ルキノは眉をしかめる。
『あ、兄ちゃん? 久しぶりー、僕ルイスだよー』
気軽く挨拶してくる少年は、かつて自分が故郷に置いてきた、ただ一人の家族。
褐色じみた髪色が、ルキノは大嫌いだった。
彼の顔を見たのは、何年ぶりだろう。先日、ユイを迎えに行った時にも会ったものの、あの時はほとんど顔を見ないようにしていた。見るのが怖かったのだ。手紙や贈り物を送っても、何も返信を寄越さない弟が自分を恨んでいるのは、明白だったから。
昔とまるで変わらない弟の姿に、ルキノは唇を噛みしめた。血の味がする。
「ルイス……ルイスなのか……?」
『そうだよー、ルキノ兄ちゃん。今忙しいところ悪いんだけど、ちょっと確認したいことがあって、連絡しちゃったー』
「連絡したって……お前、今俺が何しているか分かって――」
『この人って、昔、兄ちゃんを助けた人だよね?』
画面が少し遠ざかる。暗い部屋。弟の奥には、黒髪の女性がいた。防護服をどこへやったのか、かなり露出の激しい恰好で、彼女は床に座っている。黒髪の下から覗く怪訝な顔に、怪我はなさそうだ。
「ユイ……ユイなのか! ルイス! お前いったい何をしているんだ⁉」
ルキノが怒鳴るように叫ぶと、ルイスは一度後ろを向く。そして再びこちらを見た時には、ニッコリと満面の笑みを浮かべていた。
『僕はねー、今から兄ちゃんの命の恩人を、殺そうとしているんだよ?』
そして、ルイスがユイに銃口を向けた。彼の声が喜々と響く。
『昔さ、最初で最後の家族旅行で、父ちゃんがスリに遭っちゃったよね。それで――』
「黙れ!」
ルキノは叫ぶ。
聞きたくなかった。聞かれたくなかった。
今、ここには自分は完璧だと信じているクラスメイトがいて。
そして何より、彼女にだけは、自分の哀れな過去を知られなくなかった。思い出してほしくなかった。
ルイスは、そんな兄の必死の形相を嘲笑った。
『はは……何? これ以上喋ったら父ちゃんと母ちゃんだけでなく、おれのことも殺すの?』
「言うな……」
『そうだよね。兄ちゃんはこのお姉ちゃんが──』
「それ以上喋るな‼」
ルキノは思わず、画面から目を背けようとする。だけどやっぱり目に残るのは、彼女の顔。
人質であるはずの彼女が、ポカンと口を開いていたのだ。状況を把握していないのだろうか。それとも、自分の顔がよほど滑稽に映っているのだろうか。
そんな彼女は、何か思いついたように両手を挙げていた。『これでどーよ』と言わんばかりに、得意げな顔で首を傾げている。
――馬鹿じゃないのか。
思わず、ルキノは吹き出した。
「彼女……まるで人質の自覚がないようなんだけど」
『くそっ!』
ルイスが悔しげに舌打ちすると、マイクから離れてユイの額に直接銃口を当てた。
音声は拾えていない。ルイスがユイを脅しているようだが、ユイは全く臆していないらしい。彼女がニヤリと笑ったかと思えば、その直後に長い白衣を着たびしょ濡れの男が、画面の端から飛び出して来た。
――またこいつか……。
その男がルイスを捕らえると、ユイが余裕綽々と画面に近寄って来る。
『そういうわけで、ナナシ先生と一緒だから。私の心配はしなくて大丈夫よ』
「あぁ……ただでさえ疲れている所を、余計に疲れさせてくれて感謝するよ」
ルキノは苦笑するしかなかった。
いくら心配したところで、自分の手は、まるで彼女に届かないから。
ここ最近、いつも大事な所で彼女を救うのはあの男だ。
――これを妬くなという方が無理だろ。
だけど、今ルキノが落胆したところで、現状は何も変わらない。
すぐ近くでは、発砲音が何度も飛び交っていた。罵倒が、悲鳴が、戦場に何度木霊したことだろう。この状況では、自分には出来ないことを容易くこなしてくれる教師に、感謝するしかないのだ。
ルキノは咳払いをする。
「一つだけお願いがあるんだけど」
『何かしら?』
「出来たらでいいんだ。弟も連れて帰ってきてくれないか?」
それは縋るような願い。
命なんか賭けなくていい。ただ、君さえ無事でいてくれればいい。
――昔、そう決めたはずなんだけどね。
それでも、やっぱり唯一となった家族の無事を、願わずにはいられない。
ユイが振り返ったその間に、ルキノは奥歯を噛みしめる。
――欲張りは、もうやめると決めたんだけどな。
ユイがこちらを向いた瞬間に、ルキノは頬を緩めた。そして、手慣れた笑みを造る。そんなルキノに、ユイは一言こう応えた。
『気が向いたらね』
肩をすくめて笑う彼女に、ルキノは再び苦笑した。
『本当に、君の無事が確保できて余裕があればでいいから』
「私どれだけ舐められてるんだか……まぁいいわ。善処する」
彼女が長い黒髪を翻す。しなやかなその髪はいつも彼女ならではの芯が通っているように見えた。ルキノは画面越しに、その髪を撫でる。
「無事に、帰って来てくれよな」
思わず出た呟きに、ユイが振り返った。困ったような顔をして、視線を逸らすものの、
『……そっちも、無事でいてよね』
ぼそっと言葉を返し、画面が黒く染まる。
「珍しくちょっと可愛いじゃないか」
ルキノは頭を掻いて、通信機を仲間に返す。
決して泣かない女。
決して弱音を吐かない女。
自分のことを好きだと言いながらも、一度も媚びてきたことがない女。
自分にフラれたばかりでも、平然とした顔で登校してくる女。
この数年、あれだけ自分に助けてもらいながらも、一度も自分から頼ってきたことがない女。
そして、今は他の男に助けてもらっている女。
普段は女の子らしい可愛らしさが全然ない彼女に「無事にいて」と言われてしまったら、さっきまで死んでも叱らないと考えていた自分が急に情けなく思えて、ルキノは毅然とした顔を上げた。
――なりふり構っている場合かよ!




