可哀想な自分をぶっ飛ばせ
制御室を占拠するのは容易かった。
ただ、魔法を使うだけ。
耳から血を流し倒れる作業員の合間に、ユイは下ろされる。
「歩けるか?」
「さっきよりはね。なんか魔法を使うたびに楽になっていった感じだわ」
「だろうな」
踵に力を入れて立つと、一瞬ふらついたものの、その後視点が揺らぐことはなかった。耳鳴りもだいぶ治まっている。自分がきちんと立てることを確認してから、ユイは「どういうこと?」とナナシに尋ねた。
ナナシももう一人の啜り泣く少年を下ろして、珍しく肩で息をしながら答える。
「マナ中毒というものは言葉の通り、体内に大量のマナを抱え込みすぎてしまうことによって生じる病気だ。対して、魔法は体内のマナを使う。つまり、高濃度のマナによって取り込みすぎた分とプラスマイナス調節できたというわけだな」
もとより、スラムに住む人たちは首都に住む人たちよりも平均寿命が短い。それは概ね、マナの余波を浴び続けているからというのは、実習に来る電車の中でユイ自らが語った話だ。
――さっきこいつがマナの管を破裂させたかた、急激に来ちゃったわけね。
でも、それならそれで、あの場にいたのはユイだけではない。
「ふーん……てかそもそも、どうして私だけそんな中毒になっちゃったのよ?」
「貴様が黒髪だからだ」
「……これ?」
ユイは横に長い操作卓台にもたれ掛かりながら、腰まで伸びた自分の髪をヒョイッと摘んだ。それに、ナナシは頷く。
「黒という遺伝子を持つ者ほど、マナの吸収率が高い。まぁ、だからこそ魔法が使えるわけだから、一長一短ではあるな」
「あれ? 誰かさんとその……接吻したから使えるようになったんじゃなかったっけ?」
ユイの言葉のチョイスに、ナナシは苦笑した。
「なかなか渋い単語を選んだな、エクアージュよ」
「ほっとけ」
「あれはキッカケみたいなものだ。太いチューブでも久しぶりに使おうとしたなら、中味が詰まったりしてなかなか使えんだろう。だけど、一度無理やりでも水を流してしまえば、その後はスムーズに使える――同じような原理だな」
そのわかりやすい説明に、ユイは眉間を寄せながら腰を上げた。
「ナナシ、あんた大丈夫?」
「……何がだ?」
「あんたがわかりやすい説明するなんて前代未聞じゃない。撃たれた傷見せてみなさいよ」
「……どうにも心配される基準が釈然とせんのだが」
「喧しいわね。いいから早く――」
そして、彼の背後に回ろうとした瞬間、ユイは振り払われる。
「そんな悠長なことしている暇はあるのか、エクアージュよ。この間に、小僧共が死んでいる可能性だってあるぞ」
「でも……」
「やるべきことから目を逸らすな。貴様が一番成し遂げたいことはなんだ? 偽善者気取りか? 小僧たちを助けたいのか? それとも世界への復讐か?」
――私がやりたいこと?
ボンヤリと浮かぶのは、この自分に優しくない世界への復讐。
幼少期から黒髪のせいでロクなことがなく、それは学園に通いだしてからも変わらない。ようやく友達が出来たかと思えば、彼女には裏切られ、好きな人には当たり前のようにフラれる。
本当に世界を破滅させたいのならば、仲間の怪我なんか気にしている余裕はないはずだ。
魔法という超常的な力が使えるとはいえ、自分はしがない女学生にしかすぎないのだ。それなりの犠牲と覚悟がなければ、成し得るわけがないことをしようとしているのだ。
それでもユイは唇を噛み締め、踏みとどまる。たとえ自分の覚悟が甘かろうとも、譲りたくないものがあるから。
「だからって――ここであんたに死なれでもしたら、寝覚めが悪いにもほどがあるわよ!」
そして再び、ナナシに組み付こうとした時だった。ユイの視線にふと入るのは、ずっとメソメソと泣いている少年。ユイが何を言うよりも早く、ナナシが共に連れてきたルキノの弟だ。よく見れば、彼の腕や足からもダラダラと血が流れていた。ナナシほど酷くはなさそうだが、どう見てもナナシよりひ弱そうにしか見えない。
それに、ユイは舌打ちする。
「あんたも痛いなら痛いって早く言いなさい! 止血くらいなら私だって――」
「どうして……どうして、モナ様はおれを……モナ様……」
「はぁ⁉」
彼が繰り返し呼ぶのは、あの反政府組織の一員だった歴史教師の名前。今までの流れを要約すると、どうやらモナにユイたちと共に死ぬよう切り捨てられた様子。
ユイはウジウジしているルイスに対して、大きなため息を吐いた。そして、「別にいいわよね」と勝手に了承得ながらナナシの白衣の裾を破く。それを包帯代わりに、ユイはルイスの腕に巻こうとするも――ルイスはそれを振り払う。
「もういいんだ! ほっとけよ、おれなんて……おれなんて……」
「いやぁ、私も放っておけるならそうしたいけど、あんたのお兄ちゃんに頼まれちゃってるからさ」
「に、兄ちゃんなんて関係ないだろ! あいつはおれのことなんて――」
ユイが手を出したのに躊躇いはなかった。パシンと容赦なく頬を打つ音が、多くの死体が倒れる制御室に響く。
ルイスは赤くなった頬を片手で抑えて激昂した。
「いきなり何すんだよっ‼」
「うるさい! さっきからこっちは忙しいのにメソメソメソメソ鬱陶しいのよ! おれなんて何⁉ あんなババアに裏切られたくらいで泣いてるんじゃないわよ!」
「な……モナ様をババア呼ばわりするなんて、おまえ調子に――」
叫んでいる途中のルイスの反対側の頬を、ユイはさらに叩いた。そして、彼が舌を噛んで痛がっている隙に血が流れている腕を引っ張り、強制的に包帯モドキを撒いていく。
「おまえいい加減に――」
「あんたの事情なんて知ったこっちゃないけどねぇ、メソメソしていたら大好きなモナ様がまたナデナデしてくれるの? あんたごと私たちを殺そうとした女が? そんな幻想抱いてるなら、片腹痛すぎるんだけど」
「そ、それは……」
とりあえず一箇所巻き終わり、キュッと包帯を引っ張るとルイスが顔をしかめる。それを意図もせず、今度はユイは足を引っ張り、同じことを始めた。
「私もさ、こないだ唯一の友達に裏切られたのよ」
「それとおれが何の関係が――」
「好きな人取られてさ、ちょっとデート尾行してやったら、何か殺されそうになってさ……まぁ返り討ちにしてやったけど」
「……お姉ちゃん、何してんの?」
「その挙げ句さ、私からの告白断ったあんたの兄ちゃんは調子よく私に弟助けてくれなんて頼んでくるのよ? やってられないわよ。みんな私を何だと思ってるわけ? 黒髪だからオモチャにしていいとでも思ってんの? 冗談じゃないっつーの」
手を動かしながら愚痴を続けるユイをよそに、ルイスは顔を上げナナシを見やる。しかし、ナナシは「諦めろ」と言わんばかりに腕を組むのみ。
そして、ユイは言う。
「だからね、私、こんな世界を破滅させようと思って」
「…………はぁ?」
あんぐりと口を開いたルイスの足を、ユイは「はい終わり」と叩いた。歪みなく巻かれた白衣の裾にどんどん血が滲んているものの、何もしないよりはマシだろう。ただし、怪我の箇所を叩かれたルイスは苦痛に顔を歪めていた。
ユイは立ち上がって、そんなルイスを仁王立ちで見下ろす。
「可哀想って同情されてたいんだったら、永遠に泣いてなさい。ただ、私はそんなのご免だわ! そんな惨めな人生過ごすために、生まれて今まで生きてきたわけじゃないもの」
真っ直ぐに艶めく髪を大きく払い、ユイは踵を返して長い操作卓台へと向かった。
一面ガラス越しの眼下には、とても巨大な結晶体。
この塔の半分以上のサイズを誇る結晶体の中には、鮮やかすぎる水色の液体で満たされていた。さらに収まらない分が隣のタンクへと流れ、コポコポと浮き上がる水泡の白さが、まるでそれが脈動しているようにも見えた。
「まるで寓話世界の産物ね」
「人間の想像力なんぞ、しょせんは夢や希望を超えられないということだな」
「それ、カッコいいこと言っているようで当たり前の話じゃない?」
ユイは後ろから憮然と答えるナナシに苦笑し、「さて」と手を前に掲げる。
指を鳴らすだけで。
あの綺麗な結晶体が粉砕されれば、中に溜まったマナが噴き上がるだろう。
ついでにここの機械も壊してしまえば、噴き上がるマナを止める術はない。タンクへ流れようにも、途中で破裂するだろう。そのマナの水流に呑まれ、この設備もあっという間に倒壊。修繕しようとしても、通常の機械はマナで腐食し、作業もままならないことになる。
この設備とて、いくらの費用と時間が費やされて作られたことか――その先人の苦労を、ユイは今から一瞬で壊そうとしているのだ。
ユイは想像する。
あの青白い結晶体が粉々に砕けるイメージ。
キラキラと乱反射する欠片が飛び散り、きっとそれは目が眩むほど美しい光景だろう。遠慮はいらない。湧き上がる好奇心と欲望のまま、無邪気に合図をすればいい。
「お姉ちゃん、死んじゃうよ!」
そう叫んだのは、涙で目を腫らしたルイスだった。立ち上がろうとしているのだろうが、足に力が入らないらしい。さっきまで絶望で陰っていた瞳が、宝石の原石程度には光っているように見えた。
「おれが十六歳にも関わらずこんな見た目なのは、大量のマナを薬として投薬されたせいだ! お姉ちゃんも今、中毒症状なりかけただろ⁉ さっきその男が言っていたように、色素が黒に近ければ近いほどマナの吸収率は上がる! ただでさえ寿命が短いのに、こんな近距離でマナを直接浴びたら――」
そんな彼に、ユイは口角を上げる。
「あら、敵に対して優しいじゃない? どういった心境の変化?」
「だって、だってお姉ちゃんは――」
「でもごめんね――君の優しさだけじゃ、私もう満たされないや」
――だって理不尽すぎるでしょ。
魔法が使えるようになっていたからすぐ治ったものの、自分はまたこの黒髪のせいで中毒症状になりやすいらしい。そしてさらに、ルイスの言うことが本当なのだとしたら、ただ生きているだけでも余命は他の人より短いのか。
――私が、一体何をしたっていうのよ。
「こんな理不尽な世界を破滅させたらどんな世の中になるのか――ちょっと見てみたくない?」
そしてユイは強気な笑みを浮かべたまま、パチンと指を鳴らした。




