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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
三幕 懸命実習

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その男はたとえ傷を負っても

 ナナシの言葉に、ユイは苦笑した。


「エクアージュって……いつまで、それにこだわるわけ?」

「こだわるも何も、それが貴様の名前なだけだろう」

「まぁ、名前なんて何でもいいけどさ」


 ユイは鼻で笑ってから、ルイスに笑みを向けた。


「まぁ、そんなわけで君を連れて帰ることになったから。大人しくしてないと、ついうっかり殺しちゃうかもしてないわよ?」


 そう言って、ユイは指を鳴らす。


「痛っ」


 同時にルイスの手から銃が離れ、弧を描いて飛んできたそれをユイは両手で受け止めた。


「なに今の⁉ いきなりバチッて!」

「静電気じゃない?」


 銃を片手で弄びながら、ユイは部屋から出ようとする。

 やることは、この場所の破壊。徹底的に壊す。跡形もなく壊す。すべてを無にする勢いで壊す。

 それは、すごく簡単で、痛快なこと。


 なのに、後ろから邪魔する声がかかる。


「いいのか? このガキを連れたままで」

「しょせん子供でしょ。子供の言うことなんて、大人はろくに聞かないものよ」


 ユイが扉の開閉ボタンを押そうとした時だった。


「こいつ、十六だぞ」

「へ?」


 ユイの手が寸で止まる。ユイは振り返って、相変わらずナナシに襟首掴まれた少年を見直した。どう見ても、十歳くらいの子供である。短パンから伸びるスラリとした生足が羨ましい。その少し垂れ気味の大きな碧眼は、可愛らしさと少しの色気が相まって、彼の兄同様に将来有望だ。


 ――言われてみれば、確かにルキノにそっくりね。


 髪の色が違うだけで、すぐに気付けなかった。ユイは自分の漆黒の髪に触れながら、ナナシに向かって首を傾げる。


「どう見てもまだ子供なんだけど。十六歳っていったら、メグと同い年よ?」

「そうだな。あの性格悪そうな女と同じだな」


 ――確かに、メグもちっちゃいけどさ……。


 あのいつも女の子然とした少女と比べてみるものの、少年は彼女よりも小柄で幼い。ユイが異論を続けようとした時だ。 ユイの背後で扉が開く。そして、背中に何か突き付けられた。


 ――また銃?


 ユイが視線を動かすよりも早く動いたのは、ナナシだった。彼は目を見開いた瞬間に、ルイスをユイの方へ投げ飛ばす。ユイとルイスの顔がぶつかる寸前で、いつの間にか移動したナナシが横からユイの手を引く。


 ユイが避けた先には、場に不釣り合いの地味なスーツを着た女教師がいた。腰まで伸びた青い髪が穏やかそうな女がルイスを優しく受け止めている。


「やっぱり……ナナシ先生の動きは人間離れしていますね」


 そう言って微笑む教師の瞳が、鈍く光る。


「どうやってここに侵入したのですか? この施設は、すでにメサイアが制圧しているはずですが」

「モナ教師よ、覚えておくといい。私が望んで行けぬ場所はない――それだけだ」


 格好つけているナナシに抱き留められたまま、ユイは思案していた。

 目の前に現れた、歴史教師のモナ先生は、さりげなく銀色の拳銃を持っていた。形状からして光線銃(レーザーガン)か。殺傷能力は実弾より調節が出来るものの、密着した状態ならば心臓を撃ち抜けばどんなレベルでも人は殺せる。


 そんな容赦のない女教師が、この施設は反政府組織(メサイア)が制圧していると発言した。

 その事実に、ユイのこめかみから冷たい汗が流れ落ちる。


 ――モナ先生も反政府組織(メサイア)の一員だったの……?


 ナナシがそんなユイを見下ろた。


「なんだ、エクアージュよ。ようやく彼女がメサイアとかいう組織の者だと気付いたのか?」

「ようやくって……あんたは前から気付いていたわけ?」

「無論。知った上でこの実習の同行を許可したが」


 いつもと変わらず輝く瞳は、何か問題があるのかと言わんばかりの自信に満ちている。


「なら、教えといてくれてもいいじゃない」

「それを知ったところで、貴様のやるべきことに変わりはなかっただろう? 邪魔者は排除する――それだけだろうが」


 ――それはそうなんだけどさ!


 言い返しても無駄だと分かりきっていることを言うわけにもいかず、ユイは唇を噛みしめるしかない。

 そんなユイに、


「あら、ユイさん。驚いていますか?」


 かけられた教師の声音は、いつも通り眠たくなるほど穏やかだった。

 そんな彼女に、ルイスは「ごめんなさい」と何度もすすり泣きながら抱きついている。そんな少年の頭を、彼女は「大丈夫ですよ」と声をかけつつ、ゆっくりと撫でていた。まるで我が子を撫でる母のように、慈愛に満ちた慣れた手付きで。


「まぁ言われてみれば、生徒にも一味がいるんだもの。教師の中にいたって、おかしくはないわよね」

「あなたのその切り替えの早さ、私は高く評価しています」


 そしてモナはそっとルイスを下ろし、再びユイへと銃口を向けた。


「なので、あなたも私たちの仲間になりませんか?」

「嫌」


 ユイの即答の後に、話す者はいなかった。


 ジリジリと壊れた機械の音。ルイスのすすり泣く声。パイプから流れ出す水が滴る音。

 そんな無駄なものを聴きながら、ユイは嘆息する。


「なんか前の副生徒会長かなんかも言ってたけど……黒髪だからって同志扱いするの辞めてもらえる? 神様だかメシア様だか、見知らぬ他人に助けてもらおうなんて甘ったれた根性、私持ち合わせていないのよ。どんなに軽くても持ちたくないけどね」

「し……しかし、神の御使いである救世主(メシア)様は、必ずあなたにも救いの手を……」

「そもそも誰よ、その救世主(メシア)っていうヤツの正体は……」


 言いかけて、ユイの膝から力が抜ける。視界がぼやけた。眩暈がする。甲高い音が耳の奥で鳴っていた。


「なに……これ……」


 倒れそうになるユイを、ナナシが支える。ユイは反射的にナナシの首元にしがみついた。

 寒かった。全身がガタガタ震える。体中から嫌な汗がどんどん出てくる。


「やだ……なに……?」

「マナの中毒症状だ。長居しすぎたな、脱出するぞ」


 青白いユイを、ナナシが力強く抱きしめる。身体が冷え切っているにも関わらず、彼の温もりはまるで感じない。

 床に溜まっていく蛍光色の水が、モナやルイスの足元からどんどん外へ流れ出ている。唯一の出入り口の前には、彼らがいた。


「出るって言っても……出口、ないじゃない……」


 弱々しくも毒づくユイに、ナナシはきっぱりと言い切る。


「奴らの頭をぶち抜くか?」


 ――こんな気持ち悪い時に、より気持ち悪いのなんて見たくないわよ。


 それを言うのも苦しくて、ユイは無言で指を鳴らそうと時だった。モナが、彼女にしがみついていたルイスをこちらに突き飛ばしてくる。ナナシとユイがそれに気を取られた一瞬。


「撃て!」


 モナが鋭く命令を発した。それとほぼ同時に、雪崩込んできた数人の兵士もどきが光線銃(レーザーガン)を発砲する。青白い光線の幾筋がユイに届く直前に、ナナシはユイとルイスを抱え込んで丸くなった。


「エクアージュ!」


 その声に、ユイは慌てて指を弾く。ユイたちの前に現れた虹色の壁が、光線を全て受け流した。その様はまるで巨大防護壁(シールド)。まさにユイが想像しうる鉄壁の盾だ。


「ナナ……シ?」


 だけど、ユイは目の前の光景が信じられなかった。絶対無敵的存在のナナシの白衣が破れかぶれとなった背中からは、焼け焦げた服から滲み出た血がダラダラと流れている。光線の威力上貫通はしなかったようだが、それでも見るからに痛々しく、焼けただれた背中は傷まわりが紫に変色し、凄惨な傷となっていた。


 それでも、ナナシは「なんてことない」と一言述べて、ユイとルイスを両手で軽々抱き上げる。


「突っ切るぞ。エクアージュ、突破口は開けるか?」

「……やる」


 目眩と耳鳴りは未だに治まらないが、ユイは歯を食いしばって生成した盾の奥で驚愕の目を広げている一同を睨みつけた。だけど、そのパフォーマンスを楽しませている暇はない。ユイは今一度指を鳴らすと、モナたちが塞ぐ扉の横の壁が、暗闇でも鮮やかに赤く染まる。浮き出るようなその赤さは、数秒のうちに弾け飛んだ。


 飛び退くように避ける兵士たち。ユイが巨大防護壁(シールド)モドキを解除した瞬間、ナナシがモナや兵士たちの横をすり抜け、そこに出来た大穴を駆け抜けた。


 さして広くない広間には、さらに武器を持った兵士モドキ。中には作業着のような服を着ていて恐怖で引きつった顔をしている彼らに、それらの武器は不釣り合いだった。


 ――あーもう、キツイ!


 胸中で毒づきながら、ユイは何回もパチンと指を弾く。そのたびに彼らは耳から血を流し、倒れて行った。もしかしたら爆発で耳がもげてしまった人もいるかもしれないが、ユイにはそれを見ている余裕はない。


 気持ちが悪いのだ。

 吐き気がするほど、おぞましい。

 補給地点を守っていた時もそう、背に大怪我を負ったナナシに担がれている今もそう――大義名分さえあれば、自分はこうも簡単に人を殺せるのだ。


 それなのに、怪我を意図もせず走るナナシは言う。


「優しいな、エクアージュよ」


 ――何が?


 喋る気力のないユイの視線をくみ取って、ナナシは言葉を紡ぐ。


「貴様を殺そうとした相手を極力殺さないように、耳元で小さな爆発を起こす程度にしたのだろう? その状態で制御するのも難しかろうに」


 ナナシはユイを抱えたまま、螺旋階段を上がっていく。ユイは振り落とされないように、ナナシの胸元のシャツをキュッと掴んだ。


「……気のせいよ」


 どこも薄暗く、隅々まで行き渡るかのように張り巡らされた管には青白い水が流れていた。


 これらをすべて砕けばいいのだ。そして、その源泉を壊せばいい。


制御室(コントロールルーム)は最上階のようだな」


 ナナシは風のような速さで、駆けあがる。


 ペタッ、ペタッ、という状況に不釣合いな足音が響く中、ユイの隣で震えている少年は壊れたように「どうして」と何度も呟いていた。 






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